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2008年11月

2008年11月29日 (土)

青山テルマ「ママへ」と森進一「おふくろさん」

妙な比較をするものだと思われるかもしれない。しかし、青山テルマの「ママへ」を聴いていて、森進一の「おふくろさん」を思い出したのである。同じく「母」を歌った歌である。が、この母親像の違いは何なのだろう?

もちろん、世代が余りに隔たっている。違うのは当たり前である。と、そう言ってしまえば身も蓋もないのだが、この違いはちょっと立ち止まって考えるてみるに値すると思われる。森進一の「おふくろ」の何か揺るぎがたい安定感と、青山テルマの「ママ」の不安な懸命さとの間にある時の流れは、いまのわたしたちの現実を知る上で、一定の意味を持っていると思うのである。

■森進一「おふくろさん」と母親像の共同了解

森進一の「おふくろさん」がヒットした頃、たぶんわたしは中学生になったばかりだったと思うが、レコード大賞の最優秀歌唱賞を獲って、マイクスタンドを握り締めて熱唱していた姿をいまも覚えている。この70年代初めごろ、まだ社会には自明な前提とでも言うべきものが存在していたように思う。「母」とはこういうもの、「父」とはこういうもの、「子供」とはこういうものといった「あたりまえ」がまだまだ残っていたのである。その後、70年代を起点にして、これは急速に崩壊していったのだが、70年代の初めは、おそらくその前夜だったのではないかと思う。

わたしの知る限り(まだ子供だったが)、あの頃、「母」とは子供に限りない愛情を注ぐのが「当然」の存在だった。「母」は子供のためなら自らを犠牲にすることも厭わないもの(それがあたりまえ)。「母の愛」は疑うべからざるものであり、そしてもっとも尊いもののひとつであった。もちろん、現実の母親一人ひとりがすべてそうだったなどと言っているのではない。実際にはいろいろだったろう。注意したいのはそうした統計的事実ではなく、社会的にそのように信じられていたという共同了解の方なのである。

「おふくろさん」はこうした共同了解をよく表している。

おふくろさんよ、おふくろさん。空を見上げりゃ、空にある。雨の降る日は傘になり。――

作詞者の意図はわからないが、わたしには、母はあらゆるところにいて子供を守ってくれる、と歌われているように受け取れる。空を見上げれば、そこにも母はいる。そして、雨が降って困っているときは、傘になってくれる。母とはそういう存在なのである。

その次の詞は、さらに当時の社会の共同了解の一端を表している。

お前もいつかは世の中の、傘になれよと教えてくれた、あなたのあなたの真実、忘れはしない。

「世の中の傘になれ」とは、つまり、人の道を諭しているのである。人間としてのあるべき生き方を教える母。人の世の真実を語る母。昨今のように何が人の道なのか不透明になってきている状況を考えるとき、まことに隔世の感がある。いま、母にしろ、父にしろ、教師にしろ、これこそが人の道だと心底確信して語れるような、そんな普遍的真実が社会的に共有されているだろうか。残念ながら、ノーであろう。大体、「人の道」という言葉自体、死語に違いない。人の道を説く母とは、やはり当時の社会的共同了解を前提としているのである。

■青山テルマ「ママへ」に見る共通の母親像の解体

さて、その後、70年代終わりから80年代にかけて、母原病なる言葉が生まれ、母の子に対する深い愛情と見えるものも、実は母のエゴから出たもので、むしろ子供をダメにするなどと言われ、90年代ぐらいから母の子に対する虐待がクローズアップされて、母親も追い詰められれば子供に暴力を振るい、虐げるということが明らかにされてきた。こうして、母性神話が崩れていくとともに、「母の愛」という共同了解は急速に解体して行った。

とは言っても、ここでもやはり実際はいろいろだということに変わりはない。すべての母親が子をダメにしたり虐待したりするわけではない。子供のためならどんな犠牲も厭わない母親はいまもいる。いや、いまもそうした母親の方が多いであろう。注目したいのはやはり統計的事実ではなく、「母とは子に無限の愛を注ぐものだ」といった共同了解が消失したことの方なのである。おそらく、いま人々はふつう、「いろいろな母親がいる」という暗黙の了解を持っているのではないだろうか。子を虐待するひどい母親もいれば、愛情深い母親もいる。要はそれぞれの親子関係の問題なのだ、と。

青山テルマの「ママへ」はこうした了解を前提しているように感じる。

20 years of my life 育ててくれた、たった一人で支えてくれた、強がりなとこ、泣き虫なとこ、全部私はママに似ているね。私が寂しくないかと不安抱えながら、毎日私を守ってくれた。

まず、この曲にはひとつ「おふくろさん」には出てこなかった言葉が見られる。「私」という言葉である。「私」と「ママ」。不思議なことに「おふくろさん」には「私」という主体がまったく出てこない。そこで歌われているのは「私」不在の「おふくろ」であり、「空を見上げりゃ空にある」といったいわば理念的な母である。しかし、「ママへ」においては、単なる「ママ」ではなく、まさに「私」と「ママ」との具体的な関係性こそが歌われている。具体的でかけがえのない二人の固有性こそが問題なのだ。

しかし、この関係は一筋縄ではいかない。

泣いた日も笑い合った日々もケンカをしてしかられたことも、ママ our time 無駄じゃないよ。――

あるいは、

ぶつかり合って困らせて弱い私でも、いつでも深い愛で包んでくれた。――

「私」と「ママ」の間にあるのは安定した揺るぎない関係ではない。泣き、笑い、ケンカをし、ぶつかり合い、困らせる。むしろ、そこにあるのは日々手探りの不安定な関係である。しかし、その手探りの中にあって「ママ」は「いつでも深い愛で包んでくれた」。場合によっては、関係の破綻へと流されていったかもしれない、その不安定さの中で、「私」の「ママ」は流されることなく「深い愛」を持ち続けた。だから、葛藤の日々も決して無駄じゃなかった。

共に流した涙も今はかけがえのない宝物だよ、ママ、聞こえる? 心からありがとう・・・。

共に涙を流すような歩みの中で、いつも変わらない「ママ」の愛があったからこそ、「私」は「ママ」に心からにありがとうと言えるのである。

ここでは理念的な「母親像」が歌われているのではない。「私」と「ママ」が実際に歩んだ葛藤の日々が、そしてその中で「ママ」が「私」を愛で包んでくれたという事実が歌われているのである。

この「私」とこの「ママ」。では、別の母子はどうなのか? もちろん、わからない。自分たちはこういう関係であったというだけのことだ。別の母子にはまた別の関係がありうるだろう。いや、母子の数だけかかわり方の数もあるだろう。言えるのは、自分たちはこうだった、それだけなのである。

別の母子は葛藤の日々に堪えきれず、苦いかかわりになったかもしれない。到底、ありがとうなどと言うことはできない、という関係もあろう。実際、母子関係で傷を負い、母への恨みを抱えたまま癒されずにいる若い女性も少なくないという。 結局は、それぞれが葛藤し、模索し、もがく以外ないのである。

■関係性の創造

ここにわたしたちが生きる現代の状況があるように思う。美しい「母親像」が一般に共有されていた時代を、昔は良かったと正当化する人もいるかもしれない。しかし、わたしはそうは思わない。そうした虚構の下で、多くの不幸な関係が隠されていたのではないか、と思うからである。むしろ、いまわたしたちは、現実のかかわりの中で自分たちの手で関係性を構築して行かねばならない状況に立ち至っている。「母とはこういうものだ」とか「子とはこういうものだ」といった通念は存在せず、あったとしても何の力にもならない。他人を見ても参考程度だ。結局、自分たちの関係は自分たちの手で造っていく以外ない。

かけがえのない関係を、葛藤の日々の中で、自分たちの手により造っていく。ここにこそ、創造的な人生の本領があると思うのである。

2008年11月23日 (日)

そもそも情報とは何か?その大枠の見取り図

先のエントリー「情報システム構築ではまず行動は定義されねばならない」において、情報システム構築は行動定義に基づかねばならないこと、その行動定義は最終的には知識化に至ることを述べた。

だが、システムと行動定義(知識)の間には、もう一つ、重要な要素が介在する。情報である。情報システムなのだから、情報が重要なのは当たり前であるが、だが、そもそも情報とは何なのか、ビジネスにおいてどのような役割を果たしているのか、必ずしも自明ではない。

そこで、情報とは何かについて見て行きたいのだが、そのために、いくつか整理しておきたことがある。

■ITマネジメントと情報マネジメント

まず、ITマネジメントと情報マネジメントの区別である。ITは字義通りに訳せば「情報技術」であるが、それゆえ、ITは情報を前提としている。情報あっての情報技術である。ビジネスにおいて情報が重要であり、その活用が不可欠であるからこそ、それを効率的に流通させるための技術(つまり情報技術)が必要となる。だから、ITをマネジメントする前に、まず情報をマネジメントする必要がある。自社のビジネスにとって、どのような情報が重要でかつ不可欠なのかを定義し、活用し、たえず見直していく。それがあって初めて、そのために必要な技術インフラ(IT)のマネジメントが問題となるのである。

■情報マネジメントにおける規定的情報と触発的情報

その情報マネジメントにおいて、さらに2種類の情報を分けておく必要がある。規定的な情報と触発的な情報である。前者は、行動を規定する情報という意味であり、マニュアル化され標準化された行動を取るときに決まって必要となる情報のことで、情報システムで取り扱われるのは主にこの情報である。それに対し、後者は、思いもよらない発想や行動を生み出すような情報、すなわち、その情報に触発され、ひらめいて、新たなアイデアが生まれるといったタイプものである。これはふつう、情報システムにはそぐわない。

ビジネスにおいては両方とも不可欠である。規定的情報と触発的情報は車の両輪であって、どちらがなくてもビジネスは成り立たない。コンプライアンスや品質管理の観点からは、規定的情報がきわめて重要である。しかし、それだけでは新たな価値を生み出すことはできない。一定品質の製品を生産し続けることはできても、市場を創造するような斬新な製品は生み出せない。それでは、企業として未来はないであろう。新たな発想やアイデアを触発するような情報を社内に供給し続けることが、企業の未来を開くのである。

規定的情報と触発的情報は、情報内容によって区別されるのではない。まったく同じ内容の情報が、ある人にとっては規定的で、別な人にとっては触発的ということがありうる。決まりきった経費項目の情報が、人によっては劇的なコスト削減のアイデアを生み出すきっかけになるかもしれない。内容が必然的に規定的か触発的かを決めるのではなく、むしろ、それを受け取る人(感性、問題意識、文脈等々)の違いによって、規定的にもなり、触発的にもなるのである。

このことから見えてくるのは、触発的情報のマネジメントのしにくさである。上に見たように、触発的情報は偶発性をもつ。どの情報が誰のもとで触発的な機能を果たすかは、なかなか見通しがたい。それは偶然の僥倖のように新たな着想を生み出すように見える。また、このような情報は、ビラミッド型組織における上下伝達にはあまりそぐわない。むしろ、横方向のネットワーク的な伝達によく合う。休憩室でタバコを吸いながら喋り合ったことで新たなアイデアがひらめくということもありがちなことだ。正式な組織よりも、非公式なグループでのやり取りが自由な着想のもとになることもあるのである。となれば、さらに触発的情報の全体は見通しがたくなる。

実際、触発的情報のマネジメントには限界がある。それは、偶発的であるがゆえにマネジメントすることが難しい。しかし、まったく不可能なわけではない。企業において触発的情報は価値創造と結びつく。それゆえ、価値創造と関りのある企業領域は触発的情報と親和性が高いということになる。たとえば、顧客の声やマーケットの情報は新製品や新規事業と結びつく。あるいは、他社のベンチマーキング情報などは自社の業務改善のアイデアに繋がる。こうした情報領域に豊富な情報が入ってくる仕組みが触発的情報のマネジメントにおいては重要になろう。これについては、また、別の機会に書きたいと思う。

それに対し、規定的情報は、はじめに見た行動定義(知識)に密接にかかわる。触発的情報が偶発的要素を持っているのに対して、規定的情報は行動定義に基づいてフィックスされている必要がある。それぞれの業務行動は必ず何らかの情報に基づき、かつ何らかの情報を生み出す。業務行動定義には情報定義が必ず伴う。規定的情報はあらかじめ定義され、誰が、いつ、どのように活用し、どのような行動に結びつくかが設計され、その通り運用され、また改善されねばならない。その意味で、規定的情報こそが、情報マネジメントの主要な対象となる。

■ITマネジメントにおける情報システムとコミュニケーションプラットフォーム

情報マネジメントのこうした区別に対し、ITマネジメントも2つの領域に区別される。情報システムとコミュニケーションプラットフォームである。ふつう、ITマネジメントは情報システムを主要モデルとして展開される。システム監査も情報システムを念頭においているし、情報セキュリティも情報システムにおいて扱われる情報が主な対象である。J-SOXにおけるIT全般統制もCOBITも、IT戦略から、システム開発、運用全般、すべて情報システムが基本前提となっている。

しかし、企業のITを考えるとき、情報システム以外に重要な領域がある。それがコミュニケーションプラットフォームとしてのITである。情報システムが、インプットされる情報、アウトプットされる情報が定義されており、それが使用される業務行動も設計されているのとは対照的に、コミュニケーションプラットフォームは、字義通りプラットフォームしかない。その上をどんな情報が流れるかは完全には定義されない。大枠はあるものの、決まった情報が必ず流れるわけではない。だから、その情報からどのような発想や行動が生まれるかも事前に決めることはできない。

メールにしろ、社内掲示板にしろ、ある程度の枠はあるにしても、基本的には発信自由である。そこでは思い思いに情報がやり取りされる。インプットもアウトプットもふつう定型化されない。メールシステムもグループウエアも、それ自体が情報を生み出すのではなく、あくまで情報が流れる土台に過ぎない。

そもそも、一つの業務を進めていく上で、コミュニケーションは不可欠の要素である。どれだけマニュアル化され、行動定義がなされていても、実際に人と人とが協力して業務を進めていこうとすれば、そのつどの状況に適応するためにさまざまなコミュニケーションをとらねばならなくなる。各人の業務習得の度合いも違うであろうし、個性や性格も違う。当該業務の置かれた社内、社外の環境も違うし、顧客の要求レベルも違う。その違いに適合するためには相談し、連絡し、教え合い、議論等々する必要がある。そのとき対面だけでなく、メールやグループウエアが重要な役割を果たす。

さらには、いろいろなアイデアを出し合ったり、そこから新しい着想を得たりすることも、コミュニケーションの重要な役割である。ブログやSNS、wikiなどのWeb2.0のツールを社内で立ち上げるケースも見られる。グーグルが社内の日報にブログを使っていることは知られているが、これによって、新しいアイデアが提案され、そこに他の人が新たな着想を付け加え、大きなプロジェクトに育っていくのである。

上で見た規定的情報と触発的情報で言えば、情報システムが主に規定的情報を扱うのに対し、コミュニケーションプラットフォームは主に触発的情報の流通に資する傾向が強い。それだけに、コミュニケーションプラットフォームはITマネジメントにとって重要である。先にも触れたように、ITマネジメントはふつう情報システムばかりに目をやる傾向が強い。しかし、コミュニケーションプラットフォームを計画的に導入していくことは、それに劣らず重要なのである。

最後にまとめておこう。

◎情報マネジメント : 規定的情報と触発的情報の区別

◎ITマネジメント : 情報システムとコミュニケーションプラットフォームの区別

◎そして、規定的情報≒情報システム、触発的情報≒コミュニケーションプラットフォーム

それから、もう一つ付け加えておきたい。規定的情報と触発的情報の区別は、情報マネジメントやITマネジメント(つまり、企業という枠)から完全に離れて、インターネットの領域においても妥当する。たとえば、Web3.0で言われているパーソナライゼーションとリコメンデーションについて言えば、前者は主に規定的情報に、後者は主に触発的情報に親和的である。なぜなら、パーソナライゼーションは、自分が欲しい情報をピンポイントで求めるが、そのときその情報を必要とする行動が事前に想定されていると考えられるからであり、また、リコメンデーションは、思わぬ情報との出会いの側面が強く、そのつど新たに考えや行動を誘発すると考えられるからである。

2008年11月22日 (土)

コブクロはどうしてこれほど希望に満ちているのか

コブクロの歌をよく聴く。ボーカルのレベルが高く、ハーモニーも完璧。メロディーラインも人の心を捉える。とてもいいアーチストだと思うし、人気があるのもわかる。しかし、わたしは聴きながらも、何かずっと違和感のようなものを感じてきた。詩の内容が何かしっくりこないのだ。

■コブクロの歌のリアリティは?

なぜだろう? メロディと、それを歌い込むボーカルの確かさは心を捉えるのに、なぜ詩が心に入ってこないのだろう? コブクロの詩には、人間に対する信頼のようなものを感じる。人生に対する信頼と言っていいかもしれない。悲しいことや辛いことがあっても、最終的には生きることの価値を決して疑わない。失望しない。最後は希望を持って生きていこうとする。そうした、生きることへの肯定のようなものを感じるのである。

ならば、いいではないか。 違和感など、感じる必要がないではないか。確かにそのとおりである。だから、わたしもよく聴くのだ。しかし、逆に言えば、だからこそ違和感を感じるとも言えるのである。だって、本当に生きることはそんなに希望に満ちているのか? 生きることはそんなに信頼に足るのか? 希望と信頼を歌い上げることは、わたしたちの生活のリアリティと本当に呼応するのか?

たとえば、「永遠とともに」。たぶん、いま結婚しようとしている二人、その未来への希望を歌っている。「共に歩き、共に探し、共に笑い、共に誓い、共に感じ、共に選び、共に泣き、共に背負い、共に抱き、共に迷い、共に気づき、共に願い」と、畳み掛けるように、共に生きることの意味を歌い込んでいく。「きれいなことばかりじゃないだろう」としつつも、「すべてを君と越えていこう」と語る。それは「偶然という名の運命」である。今この時は「かけがえのない瞬間」。「ささやかな幸せを願い」未来へ向かって生きていこうとする。それは「永遠」を目ざしているのである。

ことさらに結婚の現実を云々したいのではない。現代において、恋愛する男女は本当に共に生きることの意味をこれほどまでに信頼しうるのであろうか? 運命といえるほどに、永遠に連なるほどに、二人の絆を確信しうるのであろうか? そこに何かどうしようもなく躊躇を感じるのである。

■mihimaru GT「幸せになろう」に埋め込まれた不安や辛さ

mihimaru GTの「幸せになろう」も同じように二人で共に生きることを歌っている。そこでも信じること、愛することが歌われている。しかし、「永遠とともに」ほど、ナイーヴな信頼が歌われているようには思えない。明るいメロディとボーカルヒロコの少し幼い声質でごまかされそうになるが、そこには不安や疑いに抗いながら、あえて「幸せになろう!」と宣言せずにはいられない現実のリアリティが埋め込まれている。

「運命」や「永遠」は問題にならない。生きていれば「何が大切かわからなくなる」、「信じることも怖くなる」。そして、「愛することを忘れて、逃げ出すこともある」。

確かに、二人の関係はかけがえのないものであろう。しかし、そのかけがえのなさは寄る辺がない。何か確かな地盤に立脚しているわけでもない。ただ、二人がそういう想いで懸命に繋がろうとしている、それだけなのである。

そんなふうに繋がることが世間的常識なわけではない。どのカップルもそんなふうに繋がっているといった共通の現実があるわけでもない。社会の中にそんな共通の前提はないし、友達の間でもいろいろな考え方があるし、自分の中でもさまざまな思いが錯綜している。頼るべきは自分たち二人だけである。二人がそう想い続けられるかどうか、ただその一点にすべてがかかっている。二人の愛は、まるで薄氷を踏むような脆弱さの上に、かろうじて立っているのである。

そうでなくても、生きていればいろいろある。「悲しいこと、嬉しいことすべてある」。人生を脅かすようなさまざまなことに遭遇する中では、愛だの信頼だの、言ってられないこともあろう。結局、「疑うこと、信じることを繰り返す」しかないのである。

しかし、そういう日々だからこそ、「あなたさえいればそれでいい」というところに絶えず立ち返らざるを得ない。そういう現実の中にあるからこそ、二人がともにいることにすべてを託す以外ない。「あなたさえいれば」――、その想いに繰り返し立ち返る中で、「愛する力がわたしを変えていく」。実際にともにいることによってのみ、未来は一歩一歩開けていくのである。

この曲の明るさに反して、その言葉一つひとつの中に、現実の辛さや不安が少しずつ少しずつ浸入してきている。それは避けようがない。振り払っても絡み付いてくる。だから抗い続けねばならない。「幸せになろう」とはその抗いのための宣言とも受け取れるのである。

■コブクロの楽天性をどう評価する?

さて、コブクロに戻ろう。mihimaru GTの「幸せになろう」に比べ、「永遠とともに」は、偶然の中にも運命を見出し、それが永遠へ連なっていく、そういう確かな信頼がはじめから前提とされているように思われる。現実の辛さや不安の浸入も感じられない。互いの存在のかけがえのなさが安定感を失い、無根拠にさらされていることも、それゆえ絶えず互いに確かめ合うことによってしかそれを維持し得ないということも、コブクロには無縁であるように思われる。

もちろん、ここは評価が分かれるところだ。こんな寄る辺ない日々だからこそ、コブクロの歌の持つ楽天的とも言える人生への信頼が励みになるのだ、という人もいるだろう。たぶん、コブクロの人気の秘密はそうしたところにもあるだろうと思う。しかし、わたしは、mihimaru GTの能天気とも言える明るい歌声に折り込まれた日々の不安や辛さへの抗いのリアリティにこそ、深い共感を感じるのである。

2008年11月16日 (日)

情報システム構築ではまず行動が定義されねばならない

「情報システムと「行動」」というエントリーで、業務行動が明確に定義されて、はじめてシステム仕様が固まると書いた。しかし、情報システムが行動に基づかねばならないのはなぜだろうか?

それは、そもそもビジネスにおいて行動は定義されているはずのものだからある。そのつど行き当たりばったりで業務が行なわれるなどということはありえない。特に、今日のビジネスは、組織的に行なわれる度合いが高く、しかも、一定品質の安定したアウトプットを必要とするからだ。組織的であるということ、安定した品質ということ、この2点のために、業務において行動は一定の定型をもたなければならない。とすれば、情報システムもその定型に基づかなければならない。

■ビジネスにおける行動定義の必要性

まず、組織で行なうとは、個人の思いつきで成果は出せないということだ。1960年代ぐらいまでなら、スーパービジネスマンが孤軍奮闘してビジネスプロセスを回すといったことがあったかもしれない。しかし、そんな時代はとうに過ぎた。市場ニーズの把捉から分析、商品企画、設計、製造、プロモーションに至るまで、商品を産み出して売るプロセスはきわめて複雑なものとなった。もはや、それぞれ専門的な組織が自らの機能を果たしつつ相互に連携することによってしか、ビジネスプロセスは回らない。たとえ斬新なアイデアがあったとしても、商品の形にして最終顧客に届ける全プロセスを考えると、個人ではどうしようもないのである。

また、安定した品質という意味でも、そのつどの思いつきはゆるされない。ましてや各機能が相互に連携してはじめて最終的なアウトプットが可能となるのであれば、なおさらである。ビジネスプロセスにおいては、各機能は連接する次の機能に対して必要とされるアウトプットを確実に渡さねばならない。商品企画の品質が低ければ、まともな設計はできないし、設計が一定品質に達していなければ、製造に入れない。リレーのバトンのように、確実な品質で手渡していかねばならないのである。そのためには各プロセスが常に一定の品質でアウトプットを出せるよう、同一の手続きで運用されねばならない。「今回たまたま出来が良かったんですよ」では、通用しない。

だから、行動は、もっとも安定したアウトプットを組織的に出せるように標準化され定義されていなければならないのである。実際、各機能プロセスを構成する最小単位は、各個人の行動である。個々の行動が繋がってはじめて各プロセスが成り立つ。この各個人の行動がそのつどの思いつきやその時々の都合でたえず変動していたのでは、各プロセスのアウトプットが不安定化し、それゆえプロセス間のバトンリレーは成り立ちようがない。それは、基本的な点では常に同一の手続きでなされねばならないし、そのように定義されていなければならないのである。

■業務行動定義の4段階

では、もう少し踏み込んでみよう。行動の定義にはどのようなものがあるのだろうか。実際、それにはいくつかの段階がある。

まず第一に、そもそも業務行動には何らかの定型がつきものである。私たちが仕事をするとき、さしあたって何をどのようにするか、決まっているのがふつうである。一から十まで全部新たに自分で考え出さねばならないなどということは通常ない。引継ぎがあったり、先輩から学んだりして仕事を覚えるのである。確かに明文化されていないといったことはあろう。しかし、たとえ暗黙知であったとしても、一定の方法がある。この意味で仕事にはすでに暗黙裡の定義が備わっていると言える。

次に、その暗黙知が明文化されるという段階がある。マニュアル化である。業務が複雑になってくると、単なる口頭了解では各人の業務にばらつきが出てきて、同一のアウトプットが出せなくなる。その場合に、手続きを整理し、確定し、明文化すると同時に、学習という明確なプロセスを経ることによって、それを習得し、一義的な行動を取れるようにする。こうして行動は明示的に定義される。

さらにその上に、知識化がある。専門性が高くなってくると、マニュアルとその学習では必要な手続きが習得できなくなってくる。なぜなら、手続きの背後にある前提的知識が不可欠になってくるからだ。表面上の手続きを理解するだけでは、業務上のさまざまケースや変化に対応できない。背景にある原理や原則に遡ってはじめて複雑な判断が可能になる。その場合、一連の行動は背景にある根拠にまで遡って知識化されなければならない。行動は背景の深みに至るまで定義されるのである。

最後が学問(知識体系)化である。マーケティング理論や経営理論、ITの世界ではPIMBOKやISMSなどもそれに相当する。知識をさらに一般化し、想定されるあらゆる場合に適用可能なように高度化することである。これに則ることにより、行動はきわめて複雑で変化する環境の中でも常に同一のアウトプットが出せるようになる。これが行動定義の最も高い段階である。

■情報システムにおける業務行動定義

さて、4段階の知識定義を見てきたが、情報システムは第2段階のマニュアル化の水準で構築されるのがふつうであろう。つまり、暗黙の定義を顕在化し、整理し、明文化する(業務分析)ことに基づいてはじめてシステム構築が可能となるのである。実際問題として、最低限、このレベルで行動定義がなされていなければ、情報システムは作れない。

ありがちなのが、ろくに行動定義もできていないのに、システム化の話だけが先走るというケースである。新しい部署を立ち上げたばかりで、とにかくその事務処理手続きをシステム化したいというような場合である。この段階では事務処理も試行錯誤で、いまだ定型化の水準にまで至っていない。そういう場合にはわたしは「とにかくExcelか何かで処理をしてみてください。それが軌道に乗り、処理プロセスが固まったらシステム化を考えましょう」と言うようにしている。すでに業務行動が定義可能な状態になっているか、それを見極めることは、システム開発者にとって基本の基本なのである。

2008年11月15日 (土)

音楽への情熱が招いた小室哲哉の破滅

小室哲哉が逮捕され、マスコミは大きな反応を示し、さまざまな報道が飛び交った。いまは一応ひと段落というところか。もとよりわたしは、報道されている以外、詳しい事情など知る由もないが、朝日新聞の「小室が飽きた小室サウンド」という記事には妙にうなづくものがあった。それは、香港進出で70億円もの資金を投じた(つまり放漫経営)とか、家賃350万円のマンションに住んでいた(やめられない贅沢)とかいった自堕落なイメージではなく、むしろ、音楽への情熱こそが小室を破滅させたという視点である。

■なぜ小室は売れなくなったのか?

記事は、同じく90年代にヒットを連打したプロデューサー小林武史と小室を比較している。小林がメロディー重視のJ-POP路線で国内にターゲットを絞ったのに対し、小室は「外」を志向したと分析している。それによれば、小室サウンドの基礎は、英国で出会ったユーロビートやレイブで固まった。英国から帰国後、95年に黒人移民のダンス音楽ジャングルを取り入れた「WOW WAR TONIGHT」が大ヒット。その年から4年連続で日本レコード大賞。94~97年には20曲が100万枚以上を売り上げた。人気絶頂の中、ロサンゼルスに拠点を移し、フランスでも活動、香港にも拠点を作っていく。

さて、この記事で特にわたしが注目したのは、99年朝日新聞の音楽担当記者に語った小室の言葉である。「プロデューサーとして、ある時期の日本の市場を作った自負はある。でも近年、ミュージシャンとして方向転換の必要を感じた」「海外の要素を日本流に取り込んでヒットを出す手法は、いろんな人がやるようになった。もっと濃度の高い、最新型の音楽を出したい。日本の一般のリスナーには突拍子もない音かもしれませんが」。

これを読んでわたしは、人気が低落していく時期にテレビで聴いた彼の演奏を思い出した。確かにこんな感じだった。ヒットを連発した頃の輝きがない。ただし、それは一般受けしないということであって、音楽の姿勢自体の問題ではなかった。つまり、どうひいき目に見ても「売れそう」ではないのだが、音楽自体は、凝りに凝った感じで、おそらく本人はものすごく思い入れをもって作っているんだろうなあと思わせる、そんな感じだったのである。

小室自身はたぶん最先端の音楽をやっているつもりなのだろう。しかし、ひとりでどんどん袋小路に入り込んでいる。誰もついてこない。先頭を走っているつもりで、ふと振り返ると自分だけ。言ってみれば、高級なオタク少年。そんな印象だった。わたしなどが心配すことではないが、これはマズイんじゃないの、本当に売れなくなるよ、そう思ったのである。

そして事実売れなくなった。それが、今回の事件の結局の引き金となったと言える。お金がなくなって詐欺を働いたのだから。確かに、音楽にとって「売れる」ということをどう考えるかという問題はある。しかし、プロなら売れなきゃしょうがないだろうと思う。実際、彼の生活の全体は音楽からの収入によって支えられていたのである。その収入が激減したとき、大きな負債を抱え、それでもその生活を維持しようとすれば、詐欺しかなかったということであろう。音楽が売れることが前提の生活、それはプロであれば当然だ。しかし、それなら売れるための努力をするのがプロというもの。「日本の一般のリスナーには突拍子もない音かもしれませんが」ではどうしようもない。

■プロとアマチュアの微妙な境目

プロとアマチュアは違う。アマチュアは音楽からの収入で生活を支えているわけではないので、「売れる」ことは考えなくていい。むしろ、本当にやりたい音楽をやることを一番に考えることができる。人が聴いてくれたり褒めてくれたりするのは、その次の問題だ。まずは、自分が心から楽しく満足のいく音楽をやること。たとえ、ふと振り返って自分だけであったとしても、それが心底満足のいく音楽なら、それも仕方ない。聴いてもらえればその方が嬉しいが、そのためにやりたくもない音楽をやるのは本末転倒、まったく無意味であろう。アマチュアとは、自分の内から湧き上がって来る「やりたいこと」にひたすら打ち込める存在なのだ。

プロはまったく逆である。プロには、対価を払って音楽を聴いてくれるリスナーの存在が大前提である。リスナーが聴いてくれ、喜んでくれることが一番大切である。自分が本当にやりたい音楽かどうかは、その次の問題だ。もちろん、自分が本当にやりたい音楽をやり、その上でリスナーも喜んでくれるのが一番いいに決まっているが、そうはいかないときには、優先すべきはリスナーなのである。自分の好みではない。音楽作家として、リスナーに良い音楽(もちろん、リスナーにとって)を提供し続けることが、プロの使命なのである。

しかし、「アーティスト」という人種は、ここが微妙だ。たとえば、わたしはITマネジメントを生業とし、またITが好きであるが、わたしには上のプロの定義は厳密に当てはまる。IT好きだからといって自分の好みは優先されない。あくまで自分のミッションを果たすことが第一である。ITマネジメントの領域で結果が出せなければ、IT好きであることなど、何の役にも立たない。

しかし、アーティストと言われる人たちは、少し違うと感じる。どれだけプロだと言っても、アマチュア的要素を脱し切れないのである。だって、そうだろう。いくらリスナーが望むからといって、自分が納得のいかない音楽をせっせと作り続けることが、本当の音楽家といえるのか? 「これは自分が求める本物の音楽ではない」と想い続けながら、素人受けのする音楽を供給し続けることは、むしろ不誠実ではないのか? 真のアーティストなら、たとえリスナーから支持を得られなくても、自分が本物と信じる音楽を生み出すべきではないのか? アーティストと言われる人たちがそう考えたとしても、不思議ではない。

■ビジネスか、それともアートか?

問題は、音楽はそもそもビジネスなのか、アートなのか、という点にある。実際には両方の側面があるということだろう。重要なのは、音楽をやる本人が、どちらに軸足を置いているか、明確に自覚していることだと思う。あるいは、意識して、いずれかの方向性をはっきりと選び取っていることだと思う。

一般にヒットメーカーと言われる人たちは、ビジネスに徹する。さすがに、マーケティング手法を使う人はあまりいないかもしれないが、少なくとも、リスナーの望むものを自分の感性で鋭敏に察知し、そこへ向けて、詞、曲、アレンジ等々を組み合わせ、売れる音楽を作り上げる。マックス・ウェーバー的に言えば、きわめて目的合理的なのだ。それに対し、アートとしての音楽にこだわる人は、基本的に価値合理的である。売れることより、自分が本物と信じる音楽を生み出すことにひたすら固執するのである。

小室哲也の場合、この軸足の置き方があいまいであったと感じる。彼が香港に70億円投資したのは、ビジネスだったはずである。それなら、「突拍子もない」「最新型の音楽」などではなく、香港の人々に受ける音楽を徹底的に志向し、成功するビジネスモデルを展開すべきであった。逆に、どうしても自分の信じる「最新型の音楽」を生み出したいのであれば、そのリスクの高さを勘案して、リスクヘッジをすべきであった。彼の信じる「最新型の音楽」など、誰も望まないかもしれないのだ。そのリスクを考えて、慎重なビジネス展開が必要であった。

小室哲也は、一時100億円の資産があったと言う。ならば、もはやお金をもうける必要はなかったはずである。その資産を慎重に運用し、経済的基盤を確立した上で、「売れる必要はない」という前提のもと、本当にやりたい「最新型の音楽」に専念するということもできたはずだ。そこに徹しきれず、ビジネスに手を出してしまった。あるいは、逆に、ビジネスを展開しながらも、「最新型の音楽」に固執してしまった。ここに彼の不幸があったと見える。

彼のビジネスを妨げたのは、彼のうちにある音楽への過剰な情熱だったのではないか。音楽への情熱が音楽家小室哲哉の破滅を招いたとするなら、なんとも皮肉な話である。しかし、アマチュアリズムの根源にあるこの「内から湧き上がってくる情熱」は、実際、御しがたい力を持っているものである。なるほど、この力に身をまかせることは生きることの本質を衝いているにちがいない。が、同時にこの力のもつ危険性にも気づいておく必要があるということなのだろう。

2008年11月 8日 (土)

カップラーメン400円? 政治的リアリティとは何か

麻生首相が、国会答弁でカップラーメンの値段を訊かれて、「400円ぐらい?」と答えた話は世間の失笑を買ったが、確かに、何か聞き流せないものがある。もともとお金持ちのお坊ちゃんなんだから仕方がないだろうし、買ったことがなければ値段を知らないのもやむを得ない。世のお父さん方がほうれん草の値段を知らないのと同程度の問題として、やり過ごしてもいいではないかとも思う。

しかし、そう思うものの、やはり何かそれで済ませないものを感じる。別に庶民の生活をもっと知れ、などということが問題なのではない。むしろもっと根深いものを象徴しているように思われるのだ。

■なぜ総選挙はなされないのか?

当面衆議院の解散総選挙はなくなった模様である。当初どういうつもりがあって、それがどう変化して、結局今に至っているのか、もとよりわたしなど、知る由もない。新聞にはいろいろ経緯は書いているものの、実のところよくわからないということであろう。ただ、ワイドショー的思い込みで言えば、麻生首相が自民党総裁選が盛り上がり、しかも自身が圧勝したことで、「自民党には勢いがある。自分には人気がある」と勘違いしたところから、ボタンのかけ違いが生じたのではないかと思う。この勢いと人気をかって、国会冒頭解散でいこう、と。

しかし、ふたを開けてみれば、支持率はあの福田内閣発足時より低いありさま。解散総選挙に打って出るには無理がある。おりしもリーマンが破綻し、国際的金融危機が一挙に現実化し、懸案だった景気対策の必要性が大きくなった。そこで、それを解散先延ばしの口実に使うとともに、国民の人気取りに走る戦略をとった。何兆円単位のお金をつぎ込んで国民の生活を守る。「麻生内閣は何て国民思いの良い内閣なんだ」と思ってもらおうというわけである。人気が高まったところで、機を見て総選挙に持ち込めば勝てる。そんなところか。

こういうやり方の哀れさ、悲しさはどこからくるのだろ? 人気取り自体はいまさら不思議なことではない。小泉内閣がさんざんやったことだ。人気を取ろうとしていることが哀れなわけではない。では、何なのか?

■麻生政権の悲しさの本質

小泉内閣の時には、劇場政治と言われた。ある意味、いまも劇場政治であろう。だが、決定的に違うのは、小泉劇場で演じられたドラマには、リアリティと手に汗握る面白さがあったということだ。郵政民営化をぶち上げ、それがいかに必要なことか、正しいことかを、自らのパフォーマンスで示し、錦の御旗を立てた上で、それに反対する輩を「郵政造反組」として悪者にしたて、刺客まで送って徹底的に戦おうとした。観客(国民)は、まるで「水戸黄門」か何かを見るように、固唾を呑んでドラマの行方を見守ったのである。しかも、そのドラマに一票をもって加わることができたのだ。一種の視聴者参加型のドラマであったと言えるであろう。

いま思うとバカバカしい限りだが、しかし、当時としては手に汗を握らせるぐらいのリアリティはあったのだ。小泉元首相は政治家としてはともかく、演出家としては天賦の才があったと言えよう。実際、劇場政治には、この演出力が不可欠である。国民にそれがリアルであることを信じ込ませ、固唾を飲ませる力量が必要なのだ。もちろん、そのためには、どうすれば国民がリアルと思うのか、そのドラマに引き込まれるのか、そのつぼを十分に心得ていなければならないだろう。

幸か不幸か、麻生首相にはこの才が皆無であった。というか、小泉元首相以外に、こんな演出の才を持った政治家はいないだろう。では、その才もないのに猿真似で興行を敢行したとしたら、どうなるだろう? もちろん、茶番劇となる。ドラマには何のリアリティもない。作り物であることは見え見えだ。観客の受けを狙う意図も透けて見えるし、懸命のやらせの舞台裏も垣間見える。観客(国民)は、小泉レベルにはだまされても、こんなできの悪いドラマでだまされるほど馬鹿ではない。退屈で飽き飽きする。だから、やればやるほど支持率が落ちる。「また、つまらないこと、やっている」という感じだろう。

才能もないのにつまらない劇を必死になって上演し、観客からはあくびが出ている。あの哀れさ、悲しさは、ここから来るのだろうと思う。

しかし、このリアリティのなさは、単に演出力の欠如だけが原因なのだろうか? さらに根深い原因があるのではないだろうか?

■政治的リアリティの消失と劇場政治の不可避性

劇場政治はある種の必然性を持っている。確かに、小泉元首相という稀有な演出の才能があって初めて実現したのかもしれないが、それ自体は避けられない一面がある。疑い得ない政治的リアリティが社会的に共有されていたのは60年代ぐらいまでであろうか。たぶん、70年安保ぐらいが最後だろう。そのあたりまでは、正義と不正義の二項対立があり、どちらの立場に立つにしろ、同じ現実が共有されていた。デモ隊(反体制)も機動隊(体制)も、対峙はしていても、同じ土俵の上に立っていたのである。

しかし、その後、1972年の浅間山荘事件で反体制が崩壊し、1973年の石油ショックで体制が衰退して、従来の枠組みが衰微していった。それに伴い、現実の共有は分断化し、断片化し、多様化していった。資本家と労働者といった単純な図式で社会を捉えることは不可能になり、さまざまな利害をもった人や多様な経済状態、立場の人々がモザイク状に入り乱れるような社会へと変貌して行った。必然、人々は同じ一つの土俵に立つことができなくなた。何にリアリティを感じるか、人それぞれに異なることになったのである。

利害により、立場によって、リアリティが異なるとすれば、政治はどこに照準を合わせればいいか。50年代なら、みんな貧しいから、「所得倍増計画」と言えば、全国民がその意味を理解し、熱狂できた。しかし、2000年代になって、全国民がみんなで一緒になって熱狂できるような現実などあるはずもない。そこで、残るのは、「自民党をぶっ潰す!」とか「刺客を放つ!」とか、およそ国民生活には何ら根を持たないスペクタクルだけ、ということになる。かくて、劇場政治が誕生する。人々のリアリティから切断された架空のドラマだけが国民を一つにし、熱狂させるということになったのである。

ドラマはフィクションであり、作られた現実である。しかし、フィクションがフィクションとして認識されるのは、一方でリアルが認識されていればこそである。リアルが認識されていなければ、それがフィクションであることもわからないだろう。つまり、フィクションとリアルの区別からして、そもそも無効になるのだ。何が真のリアルかと問うても、人によって答えが違うなら、結局真のリアルなどないということになろう。とすれば、作られたリアルを真のリアルとして生きる以外、国民という集合を維持するすべはない。作り物の現実だけが唯一の現実、それが国民という集合体にとっての現状かもしれない。

■共鳴・共振するリアリティ

しかし、本当にリアルは死んだのか? 確かに、「リアル」を正確に認識することは不可能だろう。「これこそが真のリアルだ」と言っても、いくらでも反論可能である。その反論に対しても、また反論可能である。際限がない。しかし、それは、リアルが多様化したということであって、リアルが消失したということではない。わたしたち一人ひとりは自らのリアルを持っているはずである。

それは認識の領域には属さない。それを認識の俎上にのせた瞬間に、一つのリアルを恣意的に選択した、という不本意な結果に終わるだろう。そのリアルは、むしろ、共感や共鳴、共振といった領域に属するのである。明確に認識として確定することはできないが、何か社会の中で共鳴したり共振したりしている。自分の切実なリアルが、しかし孤立してるわけではなく、何か他者とつながっている。そういう次元なら、いまもわたしたちのうちに脈々と生きているのである。そして、それが広がっていくなら、見えなくなったはずのリアルが、再び見えてくることになろう。

いま、年金問題や介護問題、格差問題など、共鳴・共振する問題が多く生じてきている。小泉劇場が産んだ皮肉な結果である。確かに安保闘争のときのような明確な二項対立で認識化することはできないかもしれないが、しかし、否定しようのないリアリティがそこにはある。それは、結局、わたしたち一人ひとりのリアリティであり、それが共鳴し、共振することによって生み出されるリアリティである。このリアリティに立脚し、固執していくことこそが、劇場政治に対するアンチテーゼになると思う。

麻生首相のカップラーメン400円という認識が、このわたしたちのリアリティとの断絶を意味するのなら、やはりこの内閣に希望は持てないということにならざるを得ないであろう。

ネオリベから市場コントロールへ(身近な問題からのアプローチ)

先日新聞で、次の総選挙における政権選択について上野千鶴子、萱野稔人、大澤真幸、三氏の議論が掲載されていた。わたしがもっとも共感したのは、萱野氏の議論である。ポイントは「資本主義が新しい段階に入る」という認識である。もちろん、わたしも一サラリーマンとしてとりあえずの景気動向には深い関心を持たざるを得ない。(それに関しては「経済危機というこの「不運」を生き抜く」というエントリーで少し触れた)。しかし、他方で長期的な視点をもつことも不可欠である。特に、政権選択という文脈においては、日本の進むべきビジョンも視野に入れる必要がある。そのためには、一庶民といえども、「資本主義の新しい段階」といった大きな流れをつかんでおく必要があると思う。

■ネオリベ路線と社民路線という対立軸

まず、上野氏の議論は、ネオリベ路線と社民(再分配)路線という対立軸を明確にした上で、前者から後者への転換を説くという、素人目に見てもオーソドックスなものである。オーソドックスと言うのは、押さえるべききわめて重要なポイントを押さえている、という意味で、否定的な意味ではない。

1929年の世界恐慌以降、統治権力が公平性と社会的正義(弱者への配慮)のため市場に一定の介入をすることがリベラリズムと呼ばれるようになり、戦後もそれが受け継がれ、また共産圏への対抗もあり、大きな政府が市場をコントロールする再分配主義が自由主義圏の主流となった。

ところが、1970年代以降、共産圏への対抗の必要性も薄れ、資本主義の成熟化に伴い政府の財源も逼迫し、さらには恵まれていたはずの人々の間に逆差別感が生まれてきたこともあり、再配分主義(大きな政府)が見直され、すべてを市場の自由な競争に任せるべきという新自由主義(ネオリベラリズム=ネオリベ)が興ってきた。1980年代以降、いわゆるサッチャー・レーガンがそれを体現し、アングロサクソンを中心に、新自由主義が主流となったのである。なお、日本では小泉政権が「20年遅れのネオリベ」と呼ばれ、現在に至るまで、構造改革の名の下にネオリベ的政策が推し進められてきた。

しかし、社会的格差の広がり、年金、医療、介護などのセーフティネットの脆弱化、貧困問題の深刻化など、ネオリベ的政策の矛盾は誰の眼にも明らかであり、いま再び新たなる再分配主義が必要との認識が高まってきている。

上野氏の言うネオリベ路線と社民路線との対立図式は、おおよそ以上のような歴史的状況を前提にしているように思われる。とするならば、歴史的経緯からしても、上野氏の言うとおり、新たなる再分配主義こそが、今後の政権選択にとって鍵となることは明らかだと思う。

上野氏の設定した対立図式がいいと思うのは、それがわたしたち一般生活者の問題意識と直結する点である。「小泉政権以来のネオリベ型改革のツケや限界を国民はひしひしと感じていますから、水と油の割合を考え直すしかない。つまり社民路線にかじを切ることです」と上野氏は言っているが、まさに、ネオリベ路線の矛盾をわたしたちは「ひしひし」と感じているはずである。年金にしろ、医療や介護にしろ、格差にしろ、わたしたちが実感できる次元の問題である。そうした諸問題を通路にして政治の構造を理解し、さらに政権選択まで視野に入れられるところに、この図式設定の良い点がある。

実際、このようなアプローチは民主主義の基本だと思う。自分たちにとって切実な問題から出発して現在の政治の布置を理解し、その理解に基づいて投票行動を取る。そこに主権者としてのわたしたちの重要なポイントがある。ちなみに、こうした国民的実感から見るとき、上野氏は「麻生政権は改革を否定してばらまき路線に戻る反改革守旧派政権ですから、論外」と断じている。

■グローバル化と資本主義の新段階

さて、この国民的実感から見えてくるネオリベから市場コントロールへの転換は、さらにグローバルな次元へと視野を広げることができる。そもそもネオリベは、一国の国民国家経済内部に属する事象ではない。むしろ、グローバル化が大前提である。たとえば、90年代半ば以降、経団連を中心に進められた非正規雇用の増大化は、共産圏崩壊により安価な労働力が世界市場へ大量流入したことが大きな要因である。それにより、国際的に労働コストが極端に下がったため、それに対抗する必要があったからである。

このように、国境を越えたひと・もの・かねの巨大な移動を前提に、グローバルな自由競争が行なわれた(つまり、ネオリベ=グローバル化)ことが、わたしたちの回りにたとえば貧困や格差を生み出しているのである。

その中で「かね」も、著しくグローバル化した。金融はもはや実物経済をスムースに回すための潤滑油の役割では満足しなくなった。自らが前面に出て、実物経済から離れて、世界中を駆け巡り自己増殖していく巨大な自立システムと化した。アメリカを中心に、たとえ実物経済で多少の貿易赤字を出しても、金融システムで巨額のマネーが流入するからOK、という仕組みを作った。マネーは自由に投資され、増殖し、一部の人々に巨万の富をもたらしたのである。

このマネー流通システムの内部から発生し、このシステムを直撃したのが、今回の金融危機である。ポイントは、今回の危機は、金融システム外部から到来したのではなく、金融システムが自ら生み出したという点である。それは、このシステムに本質的な欠陥があることを示している。だから、このシステムはいまや根本的に転換されねばならない。

ここに、萱野氏の論点がある。金融システムこそがグローバル資本主義を大きく動かしてきたとするなら、その転換は資本主義そのものの転換と言っていい。萱野氏が「今回の世界規模の金融危機で明らかになったのは、資本主義が新しい段階に入りつつあるということだ」とは、そういう事態を指していよう。

■身近な問題と政治との接続

そこで問題になるのは、「今後どういう資本主義にするのか、どういうルールを作るのか」である。ここには、上野氏が主張した「ネオリベから再配分路線への転換」のグローバル版がある。つまり、金融システムをもはや無制限な自由競争に任せておくことはできない。今回のような破綻を生み出すことがないよう、適切なルールを作り、積極的に介入していかねばならない、というわけである。

しかし、残念ながら、一国内におけるネオリベから政府による市場コントロールへの転換と違い、グローバルレベルでは政府に相当するものがない。だから、各国が協力して国際ルール、新しい枠組みを作らねばならない。だから、萱野氏は「今度こそ日本は国際社会で積極的に関与すべきだ。そうでなければ、また、欧米中心に設定されたルールに振り回されて、国民の生活を犠牲にすることになるだろう。柔道の国際ルールのように」と言うのである。このような資本主義の新しいルールを作るという議論こそが、今回の政権選択では不可欠だというのが、萱野氏の主張であろうと思う。

わたしたちの身近で切実な問題、年金や医療、介護、低賃金などを通路として、現在の日本における政治の対立および転換図式がはっきり見えてくるし、さらにその拡張版として、グローバルレベルにおける資本主義の新たな段階への転換が視野に入ってくる。繰り返しになるが、身近な問題から日本および世界の政治・経済構造へと問題意識を拡張していくことはわたしたち庶民の主権行使にとってきわめて重要なアプローチだと思う。

身近な問題抜きで政治論議などしても何の実質もない。政治への接続なくして身近な問題に悩まされるだけでは何も動かない。両者が結びつくことこそが何をおいても重要なのである。

2008年11月 3日 (月)

社会システムに侵食されつつある親子のかけがえのなさ(再び韓国ドラマの視点から)

先のエントリーで、韓国ドラマ「このろくでなしの愛」に描かれた人間関係の濃密さを手がかりとして、私たちの周りの、人の繋がりの希薄さについて書いたが、それに関しもう少し。

■韓国ドラマにおける親子関係の安定感

韓国ドラマを見ていてもう一つよく感じるのが、親子関係の安定感である。まだまだ儒教文化が強いということであろうか、親の権威と、それに対する子の服従という関係性があまり疑われていない。親は子に対して絶対的な権威を持つものであり、子はそれに従うものだということを、親も子もまだまだ信じているという印象を持つ。

ドラマの中で母親が悪役になるケースがある。息子(娘)が何らかの希望(何かになりたい、誰それと結婚したい、等)を持ち、そのための行動を起こすと、決まって母親が邪魔に入る。悪気があるわけではない。母親の価値観からすれば、その「何か」になること、その「誰か」と結婚することは、息子(娘)のためにならないと固く信じているためである。(たとえば、「冬ソナ」のサンヒョクの母親)。

見ている側は、息子(娘)に感情移入をしているので、「なんて母親だ!」ということになる。一途な希望に生きようとしている息子(娘)の人生を台無しにしようとしているように見え、ありていに言えば、日本の子供なら、「うるさい、くそババ! 黙ってろ!」ぐらいは、言うんじゃないかと思うぐらいである。いや、おそらく、そうした暴言を吐く子供は、それほど少数派とも思えない。表現は多少違うとしても、同趣旨のことを口走る子供は少なくないのではないか。

しかし、驚いたことに、韓国ドラマの中の子供は、多くの場合、「お母さん、ごめんなさい」と言うのである。何のことだかわかるだろうか? お母さんの希望にそえなくてごめんなさいということである。お母さんがせっかくボク(わたし)に期待してくれているのに、それを裏切り、お母さんの希望をかなえてあげられなくて、ごめんなさい、と言っているのである。自分の願わしい未来を打ち砕こうとしている、その相手に対してである。

日本列島に生まれ育ち、この21世紀を生きる者としては、なんとも不思議の感に駆られる。何でこんなに良い子ちゃんなのか。一人ひとりのケースはわからない。日本にだってこういう良い子ちゃんはきっといるだろう。しかし、こうした良い子の言動がごく当然のこととして受け容れられる生活前提は、日本にはないと思う。というか、とうの昔に消失したと思う。

■侵食されつつある親子の間のかけがえのなさ

もちろん、日本においてだって、親子は互いにかけがえのない存在だ。そのことに違いがあるわけではない。しかし、親子のこの「かけがえのなさ」は、日本においては侵食されつつあるように思われる。

たとえば、親が子に対して「勉強しろ」と言う。親が子の立身出世を願い、子も親の期待に応えて立身出世を望むなら、何の問題もない。しかし、この「立身出世」という死語からもわかるように、およそそんな状態になることはまずない。なぜなら、「立身出世」に類するような人生の明確な方向性が、そもそも存在しないからだ。

社会システムは親にも子にも不安を吹き込んでくる。別に「立身出世」など望んでいるわけではない。だが、うまく社会システムに乗っからなければ、どこまで堕ちるかもわからない。高校中退→フリーター→ホームレスという人生のレール(?)を、ありえないと笑って済ますこともできない。そんなレールがリアリティをもつほど、ネオリベ的競争が社会システムを駆動している。

とすれば、親としては「勉強しろ!」と言わざるを得ない。しかし、子は何がなんだかわからない。大体、親がネオリベ的競争の中で疲弊し、疲れ切っているように見える。楽しそうじゃない。幸せそうでもない。なら、何で親のようにならなければならないのか? もっと、本当の自分を分かってほしい。自分が何を喜びとし、何を苦しみとしているか分かってほしい。

もとより、親だって、できれば子供のかけがえのない存在を尊重したいだろう。しかし、そんなことを言っていたら、この社会システムの中でこの子はどうなってしまうかわからない。子供のかけがえのなさを本当に大切だと思うなら、むしろ社会システムの中で生き残る方向へと子供を駆り立てざるを得ない。

こうして親は、子のかけがえなさを思うがゆえに、社会システムの尖兵となって子供を駆り立て、結果、子のかけがえなさを削り取ることになる。

■ネオリベ的競争社会を生き抜くための新たな生き方は?

ハーバーマスは、この事態を、「システムが生活世界を侵食する」と表現した。もちろん、彼はそれを批判的に言っている。そして生活世界を守ろうと言う。しかし、わたしの生活実感から言えば、残念ながらそれはどうにも疑わしい。韓国ドラマのようになろうにも、近代の大きなうねりはわたしたちをとうに追い越してしまっているのである。(もちろん、ハーバーマスは儒教的社会のことではなく、コミュニケーション的理性よる西洋的社会のことを考えているのだが)。

ある意味で、上述の親の言い分は正しい。現代の社会は実にリスキーだ。ネットカフェを転々とする日々は、誰の足元にも口を開いている。変な言い方だが、これから社会に出て行く子供たちにとってリスクヘッジは不可欠だ。そして、それはある意味で親の責任だ。リスクヘッジもなく、丸腰で社会に出て行くのはやはり危険すぎると考えるべきだ。

だから、わたしは塾通いも、猛勉強も肯定する。しかし、それはあくまで片方の車輪に過ぎない。人間が幸福に生きていくためには、もう一方の車輪が必要だ。では、それは何なのか? それこそが、人間のかけがえのなさを担保する新しい可能性なのである。

それは、韓国ドラマのような良い子の世界に戻ることではない(と言うか、それは不可能である)。ハーバーマスの言う西洋的コミュニケーションでもない。社会システムの外に出ることはできないし、そもそも「外」など存在しない。ならば、良くも悪くも社会システムを生きざるを得ない。社会システムの内部を生きながら、自分や他者のかけがえのなさを堅持できる新たな生き方を模索すべきなのだ。

重要なのは、新しい生き方、社会システムの侵食の中にあっても、かけがえのない存在を貫けるような強靭な生き方であり、それが必要とされているという状況認識なのだと思う。

2008年11月 2日 (日)

システム開発は仕様ではなく、要件を中心に進めよう

システム設計の世界では、他のエンジニアリングの世界とは異なり、用語があいまいな部分がある。要件と仕様という言葉もその一例である。この2つを同じ意味で使う人もいる。が、私は厳密に区別している。仕様はシステム開発者の側から出すべきものである。しかし、要件はユーザーから出てくるものである。

■仕様を中心に進められるシステム開発

たとえば、「申込書はこういうように集めてくるので、それを一気に入力したい」というのが要件である。それならばと、「グリッド形式で複数レコードを一挙に入力し、更新ボタンで入力された全レコードを一度にコミットするというように画面を作ろう」というのが仕様である。前者がユーザーから出てきて、後者がシステム開発者から出てくる。

この区別はふつう思われている以上に重要である。

私も情シス部門の人間として繰り返し経験してきたが、システム開発はふつう仕様を中心に進む。開発プロジェクトの会議は実質的に仕様検討会である。会議の資料は画面設計書や帳票設計書である。少し気の利いたベンダーだとプロトタイプ画面が出てくる。それをプロジェクターなどで映して、この画面はまずこのボタンを押して、こう検索して、こう入力して、最後にここのボタンを押して云々とSEが説明し、「これでいいでしょうか?」となる。

ユーザーはボタンの位置をもう少し上にしてくれとか、検索条件にこれも加えてほしいとか、入力項目にはこれも必要だとか、いくつか注文をつける。で、SEは「わかりました。ではこれでいいですね。」となって、決定である。

話されている内容はすべて仕様である。決定されたのも仕様である。「そもそもこの入力をしなければならないのはどんな業務をしているからか」、「その業務でどんな情報が発生しているのか」、「その情報のうちシステムとして管理しなければならないのはどの情報で、それはなぜか」、といった話はあまりされない。(というか、多くの場合しないであろう)。つまり、要件を主題として議論がなされないのである。

■行動→要件→仕様と進むのが本来

しかし、少しそもそも論に立ち返って考えてみよう。仕様と要件とどちらが前提であろうか。もちろん、要件である。要件があるから、それを実現するために仕様が決まる。逆ではない。にもかかわらず、プロジェクト会議ではユーザーもSEも情シス部門の者も、よってたかって仕様の話をする。仕様をどうすべきかわからなくなったときだけ、「そもそも要件はなんだったけ」となる。逆である。

前のエントリーでも書いたが、根本にあるのはユーザーの行動である。行動から要件が導き出され、要件から仕様が導き出される。行動→要件→仕様である。この基礎付け関係は変えようがない。とすれば、仕様を中心に検討が進むことはいささか異様であると言わざるを得ない。

そうしたことが可能なケースは考え得る限りひとつだけである。プロジェクトの関係者全員が当該業務に実際に携わっている場合である。よく、部門の中でITに強い人がAccessなどを使って簡単なシステムを作るケースがある。こうした場合は、そのITに強い人も含め全員が当該業務に携わっているので、日々の業務行動も、要件も、自明である。つまり、全員が間違いなく共通の業務理解をもっていて、その理解にブレがない。(あるとすれば個人差だが、それは今は省略する)。だから、あとは仕様をどう決めるかだけがポイントとなる。それなら、仕様を中心に話を進めて何の問題もない。

しかし、通常のプロジェクトの場合、ユーザーだけが業務に精通していて、ベンダーのSEはもとより、情シス部門の人間も業務の詳細はわかっていないというのが前提である。にもかかわらず仕様を中心に話しを進め、よくわからなくなったときだけ、「そもそもここの業務はどうなってましたっけ」と思い出したように訊くのは奇妙である。まるで、要件や業務の理解が全員で正確に共有されているかのようである。

■要件中心に進めるのがプロジェクト成功のポイント

しかし、実際には共有などされていないことは指摘するまでもない。にもかかわらず、仕様を中心に話しを進めるなら、当然コミュニケーションギャップが生じる。思いついたように要件を訊くのはいいが、思いつけなかったら訊かれないまま流れてしまうからだ。しかも、それに誰も気がつかない。それがテスト工程ぐらいになって発覚する。源資はもうない。つまり仕様変更のためのお金がない。いまさら追加コストは発生させられない。それで、運用カバーといった話になる。ユーザーにも不満が残り、実質的には失敗プロジェクトとなる。システムの品質の悪さはこうしたことにも起因するのである。

もちろん、プロジェクト会議を仕様中心に進めるのはやむを得ない面がある。私も散々そうやってきたからよくわかる。(とても人のことが言えた義理ではない)。しかし、だからこそ、SEも情シス部門の者も、常にユーザーの要件と背後の業務行動に意識的に注視し続ける必要があることを痛感するのである。仕様を中心に進めていても、その意識を持ち続け、常にユーザーに背景にある業務行動を問い続ける姿勢だけは失いたくないと思うのである。

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