近代における自由と秩序の変遷④~20世紀の国家主義~
近代の体制には、自由至上主義、自由主義、保守主義、共同体主義(アナーキズム)、社会主義があり、それぞれ、自由至上主義は17世紀、自由主義は18世紀、保守主義も18世紀、アナーキズムは19世紀、社会主義も19世紀という起源を持つのであった。(「近代における自由と秩序の変遷③~自由と秩序をめぐる5つの体制~」)。次のテーマは、これらが20世紀に入ってどのような変遷をたどっていくのかということである。
■近代の政治体制と国家
鈴木謙介氏によれば(「情報社会の倫理と民主主義の精神」)、20世紀において巨大な存在となるのが国家である。20世紀に入って帝国主義的な動きとあいまって、国家はそれまで以上に大きな存在感を持つようになる。
わたしなりに再整理をすれば、20世紀的国家と整合性をもっていたのは、自由主義と保守主義と社会主義である。自由至上主義はそもそも自由に対する統制を認めない以上、当初国家との整合性は低かった。また、アナーキズムは中間集団を中心に社会を構成することを信条としている以上、国家を容認するはずはなかった。20世紀になって国家との結びつきをもったのは、自由主義、保守主義、社会主義であった。
まず、社会主義(正確にはボルシェヴィキ)はそれ自体プロレタリアート独裁という形ですでに国家を志向していた。つまり、国家という形態をとらなければ、そもそも実体を持たないということになってしまうのであり、それゆえ国家という形態をとるのは必然であった。1917年レーニンによるロシア革命により社会主義国家が出現する。
次に自由主義と保守主義であるが、これについては、近代化先進国と後進国について確認しておく必要がある。後進国とあえて書いたが、これは現在の開発途上国のことではない。19世紀後半に遅れて近代化した国のことである。具体的にはドイツと日本である。
近代は国民国家の時代である。さまざまな部族や民族を「国民」として一つの国家に統合しなければならない。問題はこの統合をいかにして行なうかである。近代化先進国、すなわちイギリスやフランスは分厚い中産階級の台頭によって統合を実現していった。紆余曲折はあったものの、最終的には豊かな中産階級が国民国家の中核をなしていく。彼らの自由な経済活動と、それを維持する法的秩序こそが国民国家を形成したのである。その背景にあるのはリベラリズムと言える。
それに対し、近代化後進国、すなわちドイツや日本は、十分な中産階級が育っていなかった。したがって、彼らの経済活動とその秩序をもって国民国家を統合していくということがまったく望めなかった。そこで統合の要としたのが共同体的な共通価値だったのである。ドイツの場合はたとえば「ドイツ民族の崇高な精神」といったものであり、日本の場合は言うまでもなく天皇制である。
江戸末期の日本は、いわば諸藩の連合体であった。今で言えば都道府県単位で武装して対峙しているようなものである。一歩間違えば、泥沼の内戦状態になる可能性もあった。そこで持ち出されたのが天皇である。天皇を父とし、国民を子とする家父長制的な秩序を形成することにより、国民国家としての統合を生み出そうとしたのである。天皇が本来どのような存在であったにせよ、神武以来の皇統を日本固有の伝統と見なすことにより、国民の統合の源泉としたのである。
ドイツにしろ日本にしろ、国民国家形成の土台となったのは何らかの「伝統」である。その意味でその背景にあったのは一種の保守主義であったと言える。
こうして19世紀から20世紀にかけて、社会主義の国家、自由主義の国家、保守主義の国家が誕生する。だが、これらの国家が真に支配力を持つのは、何と言っても世界恐慌をきっかけにしてであったと言えるであろう。
■世界恐慌と国家主義
世界恐慌は、自由な経済活動がいかに大きな破綻をもたらすか、それゆえ、人為的な秩序構築がいかに不可欠かを露わにしたと言える。近代とは自由と秩序の相克なのであった(「近代における自由と秩序の変遷①~叙任権闘争からホッブスへ~」)。自由を絶対視する自由至上主義から秩序に大きく比重を置く保守主義までいくつかの立場があったが、世界恐慌ほど自由の欠陥と秩序の必要性をあからさまに示した事例はないであろう。この事態が自由主義と保守主義に決定的な作用を及ぼすのである。
保守主義の国家においては、世界恐慌はよりいっそう秩序の厳格化を加速した。経済の破綻を国家による統制と植民地獲得によって乗り越えようとしたのである。たとえば、ドイツにおいては1933年のナチスによる政権奪取に始まり、日本では1932年の満州建国、1933年の国際連盟脱退、1937年の日中戦争勃発と進展し、いずれも第二次大戦終結に至るまで続いたのである。厳密な定義は別として、一般にこうした極端な保守主義をファシズムまたは全体主義と呼ぶ。
自由主義の国家においても、世界恐慌は秩序重視の方向への動きを生み出した。典型的なのはアメリカのルーズベルトによるニューディール政策である。ケインズ経済学を背景に、市場の自由に単純にゆだねるのではなく、国家が積極的に介入し、公共投資を中心として市場にお金を注入しようとしたのである。国家が一定の統制の中で経済をコントロールして、必要なところにお金が回るようにすることによって経済的秩序、ひいては政治的秩序を生み出そうとした。こうした国家による再配分の体制を一般に社民主義と呼ぶ。
さて、こうして1945年の第二次世界大戦終結を迎える。それと共にファシズム国家は消滅する。残ったのは社民主義と、世界恐慌を厳格な計画経済とブロック化で乗り切った社会主義の2つの国家群であった。では、それらは戦後どのような変遷をたどったのであろうか?


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