近代における自由と秩序の変遷⑨~共同体性の衰退状況における政治体制~
70年代以降の社会と政治体制の根本的な変動は、結局のところ経済、文化、社会全般における共同体性の衰退と捉えることができた。しかし、そもそも共同体性の衰退とは近代そのものの本質である。近代それ自体が、前近代的な共同体性からの離脱として始まったのであった。では、なぜ今、あらためて共同体性の衰退を語らねばならないのか?
■近代の本質の最終的な顕在化としてのポストモダン
考えてみれば、近代の本質が共同体性からの離脱だとしても、それは根本的な潜在構造上の問題なのであって、直ちにそれが現実化するわけではない。実際、伝統的なものや継承されてきたものがそう簡単に消失するわけではない。フランス革命だけ取って見ても、王制復古があり、帝政への回帰があり、約80年の歳月をかけてようやく共和制が定着した。旧体制はそう簡単に死にはしない。
われわれは話を叙任権闘争から始めたが、そこから数えれば約900年。近代は行きつ戻りつ紆余曲折を経て進展してきたと言える。共同体性はその間盛り返し、反攻を試みつつも、次第に縮減してきたのである。そして、この70年代以降現在まで至る共同体性の目に見えた衰退は、いわばその最終局面と捉えることができるのではないか。近代という構造の奥底に潜んでいた本性がようやく誰の目にも明らかになってきたのではないか。
ニーチェが神の死と言ったとき、言うまでもなく、単にキリスト教の神の無効を宣言しただけではない。哲学の歴史が、そしてそれを背景としたヨーロッパの歴史そのものが持っていた、唯一の価値があるはずだ、絶対の真理があるはずだ、だらからみんな本来一枚岩のはずだという信念の虚妄を暴いたのである。それはおそらく近代の最終的な帰結であったのだ。
19世紀末においてさえニーチェのような鋭敏な感性を必要としたこうした認識は、いまやありふれたものとなっている。唯一の価値がない? 絶対の真理がない? 立ち位置によってみんな考えることが違う? そんなこと当たり前じゃないか。別に取り立てて言うほどのことでもない。ニーチェのような深みにまで到達することはできないとしても、その程度の認識はわれわれ庶民でさえ、誰でも持っている。
力への意志や永劫回帰について何も知らなくとも、みんな同じ価値を共有しているという感覚がどうしようもなく解体して行っていることは、誰もが感じ取っているであろう。いまや近代の隠れた本性は、そこまで露わになっているのである。いよいよ、近代はその本性をあからさまに示し始めた。われわれはそういう時代に生きている。ポストモダンとは「近代の後」ではない。近代が深く蔵していた「共同体性の消失」という本性がようやくにして明々白々になる近代の最終局面を指しているのである。
■近代の最終局面における政治体制
では、その近代の最終局面において、政治体制はどのように変貌するのであろうか。戦後、60年代までは戦後復興や物質的繁栄といった国家的目標を中心に疑似的共同体が残存していた。それゆえ、自由主義圏においては、国家の積極的関与によって再配分を行う社民主義的な意味での自由主義が主流となった。もちろん、保守主義は常に底流にあって、日本においては戦前的な価値としての保守主義が自民党の中に確実に流れ込んでいた。
そのため、自民党的な再配分主義は、古い共同体性の残る地方への利益誘導を中心に推進された。それに対して社会党的な再配分主義は、どちらかと言えば都市における疑似共同体的公平性を根拠に福祉政策的なものを中心に主張された。しかし、いずれにせよ、社会党と自民党が社民主義と保守主義を標榜しつつも、「大きな政府」による再配分主義という意味で共通していわゆる55年体制を維持してきた。そして、いずれも共同体的なものの残余に依拠しつつ、国民が一丸となって高度経済成長をひた走るという背景のもとで可能となったのである。
しかし、70年代以降、疑似共同体的な統合が衰退して行った。経済的にも、文化的にも、社会的にも共同体性は急速に失われていった。そこで自由主義も保守主義も大きく変容する。簡単にいえば、自由主義は新自由主義、すなわちネオリベにとって代わられる。保守主義は新保守主義、すなわちネオコンにとって代わられる。ここのところを次にもう少し踏み込んでみていきたい。


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