文化・芸術

2009年9月13日 (日)

生きることに意味はあるのか?

香山リカの「しがみつかない生き方」がベストセラーになっている。わたしも、新聞広告にあった「<勝間和代>を目指さない」にひかれて読んだ。「本当に「無趣味」はおすすめか?」等で書いたが、キャリアを磨いてビジネス上の成功を目指すといった生き方を一義的に奨励する言説にはどうも違和感を感じる。その象徴としての<勝間和代>。それを「目指さない」と言う。興味をひかれた。

■生きることに意味はない?

第6章には「仕事に夢をもとめない」というのもある。「夢をめざせ」といった煽りが横行する中で、ポイントを衝いている。同感である。(たとえば、「なぜ「好きなことを仕事にしよう」と言われるのか?」)。

だが、この本を読んでいてさらに本質的な次元について考えさせられた。第9章の「生まれた意味を問わない」である。わたしには、これこそが本書で最も根本的な次元でないかと思われる。仕事に夢を求めることはもとより、恋愛にすべてを捧げようとするのも、自己PRをして他者に認められようとするのも、白黒はっきりつけようとするのも、子どもにしがみつくのも、お金第一になるのも、結局、生きている意味が欲しいからではないのか。何でもいい、自分の人生に意味があると思いたいからではないのか。

いま、日本列島に暮らす人々にとって、もっとも一般的で広範な問題は、この「生きている意味が見当たらない」というとではないだろうか。

「生きることに意味があるか?」と問うたとしよう。(こんなややこしい問いを問わなくて済む人は幸せだ)。さて、その答えは?

答えがこれほど自明で、しかも言うのをはばかられる問いというのも珍しいのではないかと思う。あまり大きな声では言えないが、当然、答えは、「ない」、であろう。

「あるわけないじゃないか、生きる意味なんて」ということだ。しかし、何と言いにくい回答か! 世の中には本当のことを言ってはいけないということもある。こうしたこともあまり声高に言わないほうがいいのだろう。しかし、香山リカはあっさりと言ってのける。「なぜ生まれた価値、生きる意味が必要なのか」と。

彼女はこの本全編を通して、ひたすら、生きる意味を求めるな、そんなこと求めるから何かにしがみつかなきゃならなくなる、で、苦しくなる、病気になる、やめたほうがいい、生きる意味なんていらないじゃないか、と語り続けているように感じられる。

しかし、その言葉にすんなりと従える人はどれだけいるだろうか?

■自前で調達しなければならなくなった「生きる意味」

「生きることに意味などない」という言い方には、少し解説がいる。私見では「意味がない」というのは、社会が生きる意味を提供してくれないということを指している。昔、高度経済成長期という時代があった。そのころは、会社で働いているだけで日本の発展のために尽くしていると思えた。現に、本当に日本はどんどん豊かになり、生活環境はみるみる良くなった。社会に帰属しているだけで生きる意味を感じられたのである。

ところが、そんな時代も終わり、特に90年代には平成不況の暗闇の中で方向性が全く見えなくなった。どっちに希望の光があるのか全くわからない。働いても働いても、どこへ向かっているのか、この先に良いことがあるのか、そもそも日々の苦労に何か意味があるのか、まったく見えなくなった。社会が生きる意味を供給してくれなくなったのである。

とすれば、意味は自分で調達する以外ない。実際、自分で調達することに成功した人たちもいる。その代表が「好きなことを仕事にした」人であろう。小さいころから動物が好きで好きで、猛勉強の末獣医になった、とか。昔から機械いじりが大好きで、工学部を経てエンジニアになった、とか。今は天職だと思っています、といった具合である。こうした人たちは確かにいる。彼らは仕事に喜びを見出し、生きがいを感じ、それゆえ生きる意味を見出している。生きる意味は、社会が供給しなくたって、自分で調達できているのだ。

だが、これは思うようにコントロールできることではない。子どものころ動物を好きになったのは、意図してではないだろう。いわば、気が付いたら好きだったということに違いない。特に動物好きでもない人が、計画的に動物好きになって獣医になるなどということはできまい。

つまり、「好きなことを仕事にする」ことは意図的、計画的に達成できることではない。とすれば、それは、ほとんど偶然に巡り合う以外ない、ということになる。子どものころたまたま子犬を飼って動物が好きになったといった具合で、たまたま何かのきっかけで思いもよらずそうなる、といったことが必要になる。ということは、その「たまたま」が訪れない人には永遠に「好きなことを仕事にする」ことはできない。好きなことを仕事にできない人は、これはもう、どうしてもできないのである。

敷衍して言えば、生きる意味の調達は偶然のめぐり逢いによるのであって、その僥倖が訪れない人は、永遠に生きる意味を調達することはできないのだ。

■「生きる意味」格差社会

かくして、いわば、「生きる意味の獲得格差」とでも言うべき格差が生じる。生きる意味を調達できた人は、ポジティブに希望を持って生きがいある人生を歩んでいける。しかし、調達に失敗した人は、生き方が定まらず、居場所がなく、空しく、だから、香山リカが言うように、何かにしがみつき、一歩間違えばメンヘルになる。

いまは経済格差が深刻だと言われる。しかし、実は、この「生きる意味」格差のほうがよほど深刻ではないかと思う。生きる意味がない、方向性がないという事態こそがいまの社会のもっとも根本的な次元に横たわっている。そのことを知っておくことは重要だと思うのである。

2009年8月15日 (土)

「かけがえがない」ということ

「やりたいことが何もない」というとき、どうすればいいのか。実は、「やりたいことをやる」ということの背後には、「かけがえのなさ」を求める思いがあるのではないか。ならば、もう少し広い視野で「かけがえのなさ」について考えてみる必要があるのではないか。「「やりたいこと」の脆弱さ」でそう述べたのであった。

■あらためて問われる「かけがえのなさ」

そもそも「やりたいこと」とは、人間が継続的に行う行為・行動の対象について言われている。しかし、「かけがえのなさ」はそれだけに限定できるものではない。むしろ、それは、人間関係などについて言われることのほうがよほど多いであろう。

かけがえのない親子関係、夫婦関係、恋人関係、等々。たとえば、必ずしも「好きなこと」を仕事にしているわけではないが、かけがえのない家族がいるという場合、その人は十分に生きる意味を感じられるであろう。あるいは熱中できる趣味があるわけではないが、恋人といる時間が何よりも充実しているという場合にも、生きるに十分な喜びがあろう。

なぜ「好きなことを仕事にしよう」と言われるのか?」で、社会的共同体の機能消失について書いた。70年代以降、夫婦関係や親子関係の自明性が急速に失われ(母になるってどういうこと? 子供らしいってどういうこと? 等々)、それが90年代の企業における終身雇用・年功序列の解体とあいまって、社会全体で共同体を形成する機能が急速に弱まった。それに伴い、かけがえのないのが当たり前であった関係が、必ずしもそうではなくなった。

共同体の本質は自明性だ。共有している価値、そこで与えられる役割など、成員全体を支える土台は共同体においてはふつう疑われない。親になるとは、夫になるとは、子供であるとはなど、考え方から振舞い方まで疑問の余地のない規範があって、みな暗黙のうちにそれに従う。しかし、共同体的機能が低下していくとき、この規範が自明ではなくなる。親になるってどういうこと? 夫婦ってどういうこと? すべてが問いの対象になる。それに答え、一定の根拠を見出さなければ、どう考え、どうふるまっていいかわからなくなる。

だから、お互いがかけがえのない関係であることも、問いの対象になる。共同体的規範の内部にいる夫婦は、自分たちの関係についてことさら問う必要はない。しかし、その共同体的機能が衰退した状況においては、夫婦関係は必ずしも共同体が設定してくれないので、自分たちで構成していかねばならない。よって、かけがえがあるにしろ、ないにしろ、自分たちの関係がどういう状態なのかがたえず反省とチェックの対象となる。「空気のようなものだ」ではすまないのだ。お互いの関係がかけがえのないものかどうかが問われるのはこうした文脈で、だ。

夫婦に限らず、自分たちで関係を構築し、そこから自己責任で喜びや充実感を引き出さねばならない。ここに現代の人間関係のしんどさがあるように思われる。そうした状況の中で「かけがえのなさ」もケースバイケースということになる。

■それでも大切な「かけがえのなさ」

かくて「好きな仕事」を探すことが一つの独立のテーマになるように、「かけがえのない関係」を見つけることも一つの大きなテーマとなるのである。

だが、このことはまた、「かけがえのない関係」を見出すことが、コントロールできないものであることを暗示している。恋愛関係を考えたらわかるが、本当に「かけがえのない」相手を得られるかどうかは、結局のところ、そういう相手と出会えるかどうかにかかっている。そして、出会いは、一定の方法に沿って手続きを踏めば確実に得られるといったものではない。出現するときは望むと否とにかかわらず出現するし、しないとなればいくら望んでも出現しない。出会いがある人はあるが、ない人はない。

しかし、それでも「やりたいこと」よりも「かけがえのないもの」のほうがずっと広い射程も持つことに変わりない。かけがえのないのは人間関係だけではない。人間関係を中心として、たとえば、かけがえのない場所、かけがえのない物、かけがえのない思い出など、人生を彩る様々なものが「かけがえのないもの」となる。「やりたいこと」もそのうちの一つである。「かけがえのなさ」こそが人生の意味の根幹にあるといってもいいのではないか。

だから、「やりたいこと」を探すことだけに固執しないほうがいい。「自分にはやりたいことがない」と思い悩むことはない。それよりも、自分の人生に「かけがえのないもの」を増やしていくことのほうが大切だと思う。

もちろん、上に書いたように、「かけがえのなさ」も自由に作れるわけではない。しかし、それはコントロールはできなくとも、ある種の誘発はできるのである。

たとえば、初めて子供を持った母親。最初、どうしていいかわからず、マニュアル本を読み、母親教室に通い、子育てを始める。子どもはどの子でも大筋同じ。だから、マニュアル本のやり方でやってみる。しかし、そうして子育てを続けているうちに、自分の子供がマニュアル通りいかないことが見えてくる。あれこれ試みる中で、独自と言っていい関係性が育ってくる。母であるとはこういうことだったのか、子とはこういう存在だったのか、あらためて固有の実感が生まれる。こうして「かけがえのなさ」に達するのである。

仕事も同じだ。「やりたいことを仕事に」などと大げさに考えず、とりあえず与えられた仕事をしていく。最初は業務マニュアルに沿って誰でもやれる仕方でやり始める。それを繰り返していくうちに、自分なりの工夫が芽生える。誰もやっていないようなアイデアを仕事に盛り込んでいく。仕事に自分固有の内容が浸透していく。こうしてそれは「かけがえのない仕事」になるのある。

日々の生活の中で当たり前のようにやっていることに「かけがえのなさ」を見出していくこと。それはもちろん、自由に思うどおりにできることではないが、しかし、そういう方向へいろいろなことを誘発していくことはできるであろう。そういうことが人生の意味を生み出していくのである。

2009年8月12日 (水)

「やりたいこと」の脆弱さ

「好きなこと」「やりたいこと」に理由はない。それはいわば、何かに憑依されるような感じだと書いた。(「「仕事」の外という世界」)。しかし、このことについてはもう少し公平に考えておかねばならない。「好きなこと」や「やりたいこと」を必ずしも絶対視することはできないからだ。

■本当にそれが自分の「やりたいこと」?

そもそも、「これこそ自分のやりたいことだ」というのは何によってわかるのか? 

たとえば、こんなことはないのだろうか。誰かに勧められてやり始め、やっていくうちに結構面白くなって「これこそ自分のやりたいことだ」と思うようになる。が、そのうちつらい目に遭ったり苦しい思いをしたりして気持ちも冷めてきて、結局人にあおられてそう思い込んだだけだったと気づく、といったことである。

とするなら、いったん「これこそ自分のやりたいことだ」と思ったとしても、その気持ち自体、当てにならないということになる。「ひょっとして、そうじゃないかもしれない」という可能性につきまとわれることになる。

では、どうすればいいのだろうか? その気持ちが確かであることは、どうすればわかるのか?

■たえず問い続けるしかない

それをあらかじめ検証する方法などあるまい。あえて言うなら、「この気持ち、本当か?」と問い続けることだけが、唯一の確認方法であろう。なぜなら、それを客観的に定義することは誰にもできないからだ。

誰かが当人の外的な行動をつぶさに観察したとしても、それでその気持ちの本物度を証明することなどできはしない。せいぜい、個人的心証として「たぶん本物だ」と言えるにすぎない。あるいは当人の話をいろいろ聞いたとしても同じである。個人的に心証は得られても、客観的に証拠立てることはできはしない。いや、そもそも当人にしても、「やりたい」という力に捉えられているだけであって、それが客観的に定義可能な原因に基づいていると思っているわけではない。

人がどう言おうと、わたしを捉える力が湧き出してくる、それがすべてだ。否定されようと、肯定されようと、無視されようと、その力の湧出だけがすべてを決する。逆にいえば、どれだけ多くの人が勧めてくれようと、その力の湧出が欠如すれば、すべて無である。

力の湧出に依拠する。だから確かだとも言えるし、不確かだとも言える。だが、少なくともそれを確かだと感じ続けるためには、その力の湧出に対して問い続ける必要がある。この「やりたいこと」を本当に続けてもいいのか、後悔しないか、人生不利にならないか、気持ちは変わらないか、誰かにあおられているだけではないのか、等々。「やいたいこと」にとって反証となるようなあらゆる問いを投げかけてみるのである。で、それでもどうしても「やりたい」というのであれば、その限りでその気持ちに従う以外ない。文字通り、それ以外の選択肢がないからである。

こうしたことを繰り返し、その力を感じ続ける限り、「やりたいことをやる」ことは継続する。結局、そういうことであろう。

■そもそも「やりたいこと」がないときは?

この関連で、もう一つ重要なことがある。それは、そもそも「やりたいことがない」というケースである。以前から何度か言っているように、「やりたい」に理由がない以上、「やりたい」を引き起こす定義可能なメカニズムもなく、したがって、それを人為的に発生させることもできない。3か月間、あるマニュアルに沿って一定の手順を踏めば誰でも「やりたいこと」が出てきますというようなものではない。

わたしを捉える力が何も湧出しないというこの欠如は、さしあたってどうしようもない。しかし、「やりたいことがない」ということで悩んでいる人が多いのも事実ではないかと思う。どうすればいいのか。

わたしは、もっと間口を広げる必要があると思う。そもそも「やりたいこと」がもつ意味とは何なのか。それは、ある種のかけがえのなさだと思う。たとえば、どんな仕事でもいいというのではなく、この仕事でなければならないというかけがえのなさこそが「やりたい仕事」の本質を形成するのではないか。Aでも、Bでも、Cでも何でもいいというのではなく、これでなきゃだめなんだというとき、ひとはそこに何にも代えがたい価値を感じるのである。こういうかけがえのなさに意味を感じるからこそ、ひとは「やりたいことをやる」ということに固執するのである。

しかし、「かけがえのなさ」は何も「やりたいこと」だけにかかわるのではない。「かけがえのなさ」自体はもっと広い射程を持つ。これについてもう少し広く考えてみる必要がある。

2009年8月10日 (月)

アマチュアの時代

前のエントリー(「「仕事」の外という世界」)で、アマチュアについてあらためて考えてみるべきと書いた。確かに、仕事の中で危機やリスクに直面しながら苦労して成果を上げることの達成感や充実感はもちろんわかる。わたしもITを生業にしている者として、仕事に真剣に取り組むことの喜びは知っているつもりだ。わたしのIT関係のエントリーはそれを書きとめようとしたものだと言ってもいい。しかし、それだけが生きることを濃密にする唯一の方法かと言えば、そうではないと思うのである。

■プロとアマチュアの違い

仕事には、クライアント(顧客、ユーザー)が不可欠である。クライアントの要望に応えて「なんぼ」の世界である。自分が楽しむことは第一義ではない。このクライアントとの関係から危機もリスクも苦労も生じる。いくらがんばっても、クライアントが「ダメ」と言ったらそれまでだからだ。プロである以上、クライアントに「ダメ」と言われたら終わりなのである。逆に、クライアントから評価されれば、達成感や充実感が生まれる。それがプロというものだ。

それに対して、仕事の外部においては、クライアントは存在しない。まずは、自分が楽しむことが第一である。楽しむと言っても、チマチマした喜びを言っているのではない。クライアントがいない以上、自分の内から湧き上がってくるエネルギーに忠実に身をゆだねることができるということなのだ。思うがままに、思う存分打ち込む。ここに仕事外の土台がある。

確かにそこには、クライアントの要望に応えられた時のような達成感や充実感はないであろう。むしろ、そこから生まれる充実感は別種のものである。では、それはどのようなものなのか?

■無根拠こそが生きる「意味」を生み出す

何かに取りつかれるとき、そこに合理的理由などない。あるミュージカル俳優のように、小学校4年の時に「キャッツ」を見て、その虜になったというとき、合理的に説明できるような理由などない。気が付いたら虜になっていた、そういうことだ。あえて言えば、運命だとか、宿命だとかいうことになるのだろうが、それはつまり、合理的理由がないということの言い換えにすぎない。

この理由のなさ、根拠のなさ、無根拠さこそが、驚くべき力を生む。根拠のあることが強力で、無根拠なことは無力であるというのは嘘だ。むしろ、逆。根拠のあることは合理的に反論され、根拠をひっくり返されたらそれまでだ。理由や根拠に基づくことは、つねに反論され反証される危険にさらされている。

根拠の存在がこうした脆弱さをまとっているとするなら、根拠の不在こそが不倒の強さを持つことになる。なぜそれほどミュージカルがやりたいのかと訊かれて、なまじ特定の理由など言ったら、「そんなことでこんな無謀なことをしようとするのか。やめたほうがいい」などと説教されかねない。しかし、「とにかくやりたいものはやりたいのだ」と言い続けたなら、結局のところ、誰も彼を止められないだろう。

この無根拠こそが生きる「意味」を生み出す。「わけもなくやりたい」ことのもつ絶対性は誰も侵害しようない。「何と言われようが好きなのだ」という絶対的な力の噴出は、動揺や不安や空虚とは無縁なのである。こうしてはじめて、疑いようのない生きる意味が出現するのである。

■これからのアマチュア

ある人が仕事外で音楽をやっているとする。心の向くままに作りたい曲を作り、少数であるが熱心なリスナーもいる。音楽仲間もいる。仕事外だけに経済的利害は一切なく、ただ音楽について語り合い、一緒にプレイする。誰一人「なぜこんなことをやっているんだろう?」と問う者はいない。つまり理由を求める者はいない。理由などない。みんな、わけもなく楽しく、自由で、充足しているのである。

このようなおのずとあふれ出てくる力は、仕事という領域に限定することはできない。仕事の外部、仕事との亀裂からも、止めようもなく噴出してくるのである。このような可能性を低く見積もってはならないと思う。確かに、これまで、一定の納得のいく水準に達するのはプロで、アマチュアは所詮下手の横好きだと思われてきたであろう。いくら好きだの何だのと言っても、レベルが低ければつまらないじゃないか、やっぱり高いレベルへの到達感、充実感を得ようと思えば、プロしかない、というのが大方の考え方かもしれない。しかし、そうした常識を覆すような人たちもすでにいるであろうし、今後ますますそなっていくであろう。

70年代以降、人々の欲望を生み出すのはメディアであり情報であるという事態がますます顕著になってきた。人々に欲望を植え付け、欲望させ、消費させる、そうしたメカニズムがはっきり見てとれるようになってきたのである。ボードリヤール的な消費社会は、腹が減ったから食べ物を買うといった素朴な欲求充足から、人為的に形成された欲望が消費を生み、消費がさらに欲望を肥大化させるという仮想的な無限ループへの転換を前提としている。そこには欲望の無反省な画一化と際限のない差異化、多様化の奇妙な同居がある。

音楽で言えば、青山テルマが売れれば、同じような歌い方や曲調が市場に広まるというトレンドの画一化と、CDショップでは到底手に入らないようなニッチな曲がネットで手に入るというマニアックな細分化とが同居しているのである。実際、ロングテール化したネットは、細かく差異化した好みにも応えてくれるし、SNSなどによってリアル社会では到底出会えないような同好の士を見つけることもできる。

こうした時代おいて、メジャーとはいったい何なのか。おそらく、メジャーは画一的トレンドの生産にひたすら従事するしかないであろう。しかし、音楽好きは自らの感性と好みでどんどん多様化していくに違いない。とすれば、トレンド化された音楽を思う通りに消費してくれる人々の数は減らざるを得ず、そのため、現在すでに構造不況業種となっている音楽業界は今後ますます苦戦を強いられていくに違いない。

つまり、音楽のプロはその存在価値を低下させていかざるを得ないのである。逆に、少数の人によって支えられる多様化した領域は、むしろアマチュアの活躍の場になり得る。多様化し細分化した領域ではもちろん採算がとれず、食えない。そこはプロの世界ではない。つまりアマチュア固有の領域である。しかし、それは音楽のレベルが低いことを必ずしも意味しない。なぜなら、差異化した領域であるがゆえに、その世界でのリスナーの耳は肥えているであろうし、常に濃密な批評が繰り広げられるであろうからだ。

とすれば、アマチュアの中からこそ、とんでもない才能が生まれるかもしれない。その才能はトレンドとは相容れないためにメジャーにはなれないであろう。しかし、聴く人が聴けばその水準は抜群に高い、そうしたことがあり得るのである。

以上は、音楽を例にとったが、それは他の領域でも当てはまるのではないだろうか。

これが、わたしの考えこれからの時代のアマチュア像だ。村上龍の言う「真の達成感や充実感」(「本当に「無趣味」はおすすめか?」)はプロだけのものではなくなるであろう。

2009年8月 2日 (日)

「仕事」の外という世界

人間は機械ではない。とはありふれた言い方だが、ついそう言いたくもなろう。自己の情報化とマネジメント化。自分自身に関する情報を参照し、成長と変化のための計画を立て、自己をマネジメントすべし。(「仕事はなぜキツいのか」)。しかし、そのシステマチックなマネジメントサイクルにどうしても自らを組み込みきれない自分がいる。その運動に入り込めず、外へ投げ出される自分。いわば企業との、仕事との亀裂。

■仕事との亀裂

この亀裂が一定以上になるとき、村上龍が「仕事」について言うような、リスクや危機感の中で成果を出し達成感や充実感を味わうといったことは、望むべくもないということになる。

自分のやっている仕事は「本当にやりたいこと」なのだろうか? 「好きな仕事」なのだろうか? 「本当にやりたいこと」だ、「好きな仕事」だとなぜ言えるのか? そう思い込もうとしているだけではないのか? もしそうなら、思い込みを続けるというのも大変なことだ。そんなふうに自分をモチベートし続けるのも並大抵ではない。なぜなら、そうモチベートし続けなければならない理由が、実は、ないからだ。

思えば、「やりたいことをやる」というのは現代の憧れである。今日、人もうらやむ特権階級は、「やりたいこと」をやっている人たちであろう。生きる意味は、社会システムが供給してくれない以上、自分で調達する以外ない。それに成功した人たちが「やりたいこと」をやっている人たちである。なせなら、「やりたいこと」「好きなこと」は、かろうじて生きる意味といったものを供給してくれる数少ないものの一つだからである。

しかし、それに成功する人はむしろ少数派であろう。多くは自分を鼓舞し、動機づけ、これこそ「やりたいこと」だと思い込もうとするが、成功しない。それでも仕事で高いパフォーマンスを出すために自分をマネジメントし続けねばならない。疲れるのである。鬱にもなろうと言うものだ。これが仕事との亀裂となるのである。

■理由などない「やりたいこと」

しかし、考えてもみよう。この亀裂はそんなにダメなことなのか? あってはならないことなのか? むしろ、この亀裂の中からこそ、何かが生まれてくるのではないか?

そもそも、一つ大きな疑問がある。なぜ、「やりたいこと」を仕事に見出さねばならないのか? 仕事以外でもいいではいか。そこで、村上龍が「老人のものだ」と言い切る「趣味」に注目する必要が出てくるのである。

もともと「やりたいこと」の本質は自明性にある。なぜそれをやりたいのか、結局理由などない。やりたいものはやりたいのだ、としか言いようがない。つまりそれがやりたいということは自明なのだ。

それゆえ、「やりたいこと」との出会いは、いわば理由もなく現れる。あるミュージカル俳優の話を聞いたことがある。彼は小学校4年の時に、親に連れられて「キャッツ」を見た。そのとき、「これだ! これしかない!」と思ったのだそうだ。小学校4年である。何か合理的理由があったわけではない。突然捉えられたのだ。まるで憑依のようなものである。

理由がないがゆえに、それを人為的に起こすことはできない。しかし、確かにそういうことは起こり得る。突然出現するがゆえにコントロールはできないが、止めることもできないのである。出現するときは、やはり出現すのだ。

■「好きなこと」は仕事だけではない

そこで、この出現ということについてさらに考えてみよう。すると、それを仕事にだけ限定することは不可能であることがわかるであろう。なぜなら、出現に理由がない以上、仕事にだけ現れて、それ以外では現れないと断ずる理由もないからだ。それは、仕事の外部、仕事からの亀裂においても出現しうるのである。

その大きな理由の一つは、プロになることは幸運と偶然に大きく左右されるからだ。村上龍は趣味は老人のものだと断じた後で、「好きで好きでたまらない何かに没頭する子供や若者は、いずれ自然にプロを目指すだろう」という。確かにそうかもしれない。しかし、目指したとしても、実際にプロになれるのは一握りだ。特に芸能、芸術、スポーツといった分野は宝くじ的確率であろう。「好きで好きでたまらない」ことは、プロになることの保証にはならない。

では、プロになれなかったらどうするのか? 知り合いの息子が音楽でメジャーデビューを目指していて、30歳までやらしてくれと言っているのだそうだ。30歳になったらキッパリ音楽をやめると。え?と思って聞き返したが、やっぱり音楽自体をやめて就職すると言う。なんで、音楽をやめるの? メジャーデビューだけが音楽を続ける方法か? 好きでやっているんだろう? どんな形でも続ければいいではないか? とわたしは思うのである。

■仕事の外部に噴出する「好きなこと」

何かよくわからない勘違いがあるように思える。どうしてプロにならなきゃ続けられないのか。mF247というサイトがある。アーチスト登録すればだれでも自分の曲を配信できる。もちろん、100万ダウンロードというわけにはいかない。100ダウンロード、500ダウンロードといった調子である。しかし、たとえ、500人でも自分の曲をダウンロードしてiPodとかで聴いてくれるなら、それだけでも曲を作り続けるには十分ではないだろうか。曲を通して500人の人とつながれるのだ。

実際、本当に音楽が「好きで好きでたまらない」なら、プロになれなかったという程度の理由でやめられるはずがない。音楽がこのわたしに憑依し、否応なくわたしを突き動かすとするなら、どうしてその力を抑え込むことができるだろうか。

かくてその人は音楽を「趣味」にすることになる。もちろん、彼は老人ではない。たとえ仕事ではなくとも、真剣に音楽をやっている。なぜなら、何百人かの人たちが彼の音楽を聴いてくれるから、そして音楽仲間たちがいるからだ。仕事は別にある。プロではない。しかし、仲間と一緒に音楽をやり、何百人かの人がそれを聞いてくれるとき、確かに彼の人生の一時一時は満たされるのである。

仕事は、現代の巨大な機能システムへの不断の同化を要求してくる。この同化の力との間に亀裂が走るのも不思議ではない。が、この亀裂の中から、機能システムの力とは異質な力が噴出してくるということは、あり得ることなのだ。それを「趣味」と呼ぶなら呼んでもいいが、実際にはそんなかわいいものとは限っていない。それは仕事内部よりもはるかに強烈な力であることもあり得るのである。機能システム的なマネジメントのタガがはまっていないだけに、とんでもない噴出をすることもあり得るのだ。もちろんその噴出は広く一般に理解されるようなものではないかもしれない。所詮数百人にしかわからないかもしれない。しかし、はっきりしていることは、その噴出はだれにも止められないということなのだ。

もしそうであるなら、そもそもアマチュアというものの定義を変える必要があろう。

2009年7月26日 (日)

仕事はなぜキツいのか

仕事においては、常に一定の機能を果たすように要求される。そして、そのためには自分をマネジメントしなければならない。(「なぜ「好きなことを仕事にしよう」と言われるのか?」)。では、自分自身をマネジメントするとはどういうことか。

■自己情報のデータベース化

自分をマネジメントする際にも必要なものは情報である。自分をマネジメントするための情報? それはどんなものか。

たとえば個人特性分析というものがある。コンピテンシー分析と言ってもいい。筆記検査等により各人の仕事上の成果に対する能力適性を分析するのである。あるいは人事考課の能力評価において上司が職務上必要とされる能力レベルを評価する。こうした情報はたいていの場合データベース化され、本人もいつでも参照することができる。こうした情報に基づいて、自分の特性と現状の能力レベルを認識し、どこをどのように成長させていけばいいか、そのためにはどのような研修を受け、自己啓発をすればいいか、自分で計画を立て、実施するのである。

さらには、自分のモチベーション状態を日々チェックするといったことも、企業によっては行われる。いくつかの項目について毎日の心理状態や意識レベルなどを記録していき、その変化によって自分の内的状況を認識し、常に高いモチベーション状態を維持できるように自己コントロールするのである。これらの情報も、コンピューターを使ってやる場合には、当然データベース化されることになる。

日々の業務の進捗なども、日報等の形で記録し、チェック・アクションしていくことなどは、いまさら言うまでもない。

このように、自分自身についてのさまざまな情報が記録され、データベース化される。各人は、必要な時にそれを参照して、自分自身をマネジメントしていくことになるのである。それはすべて、常に高いパフォーマンスを要求されるからなのである。

■データベースによる監視と求められる高パフォーマンス

しかし、いまひとつ考えておくべきことがある。データベース化された自分自身の情報は当然会社側も見ることができる。人事部であったり、上司であったり、経営層であったり。日頃から、あるいは何かあったとき、さらには昇進や昇給に際して、常に参照され得る。つまり、不断に会社側から監視されているということなのである。高いパフォーマンスを出し続けるためにデータベースから自分の情報を参照するが、同時に同じデータベースを通してそうした自分の行動は常に会社側から監視されているわけである。

そんなことは当たり前だ、と考えることもできる。特に現実に高いパフォーマンスが出せる人であれば、それにかかわる自分の情報が会社側から常に参照可能であるとしても、別段問題ないかもしれない。

いや、優秀であればあるほど、むしろ参照してもらったほうが好都合であろう。わたしは、村上龍が言うような、リスクや危機感の中で成果を出し達成感や充実感を味わえる人間というのは、まさしく、こうした高いパフォーマンスを出せる人だと思う。

確かに高いパフォーマンスを出せる人も、常にリスクに囲まれているであろう。いや、高いパフォーマンスを目指すがゆえに、多くのリスクを負うことになろう。そのため、時に絶望したり失望したりすることもあろう。しかし、その中で高度な成果を出し、大きな達成感と喜びを味わうことができるなら、それはそれでOKである。そういう人は自己の情報化とマネジメントという現代的状況の中でも立派にやっていけるのである。

しかし、わたしが問題にするのは、お世辞にも高いパフォーマンスを出せるなどとは言えない多くの人たちである。自分自身をうまくマネジメントできず、そのためなかなか成果があげられない。その状況の中で、同時にそれが会社側にも監視され、評価されている。そのことがもたらす精神的プレッシャーはそれ相応のものである。その中で滅入ってしまえばさらに成果が出せないから、自らをモチベートしようと躍起になる。が、そうすればするほどうまくいかず減り込んでいく。

そして、こうした悪循環の中で思うのである。「これは自分が本当にやりたかった仕事だろうか?」と。「自分にはほかにもっと合った仕事があるはずだ」と。そして、会社を辞め、フリーターになって、「本当にやりたい仕事」を探すことになる、というわけである。

こうした事態をいったいどう考えればいいのであろうか。

2009年7月18日 (土)

なぜ「好きなことを仕事にしよう」と言われるのか?

「好きなことを仕事にする」。そこには2つのタイプがあろう。1つは、本当に好きなことを仕事にしている人。いま1つは、「好きなことを仕事にする」という脅迫観念に追い立てられている人。この2つのタイプを区別しないと話がややこしくなる。

■「好きな仕事」という強迫観念

本当に好きなことを仕事にしている人。アーチストや芸能人、起業家、ある種の職人さん、等々。そこまでいかなくても、例えばわたしなんかも、結構好きでITをやっているので、そのレベルぐらいまでは入れてもいいのかもしれない。

そういう人はそれでいい。そうしたタイプは村上龍が言うように「多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中」で、「真の達成感や充実感」を得ることができるのであろう。しかし、こうした人たちがあるべき規準型のように言われるとき、話がややこしくなってくる。どう見積もってもそれは少数派だからだ。

「やりたいことを見つける」というのは、事の本質上、コントロールできない。マニュアル通りやれば半年で見つかる、といったものではない。いつ見つかるとも知れぬものを延々と待ち続ける。結局、いつまでたっても見つからないというのが大半であろう。

では、「好きなことを仕事にする」など、やめればいいではないか。そう年長者は思うであろう。しかし、この強迫観念はそう簡単には止められないのである。

「本当に「無趣味」はおすすめか?」ですでに書いたように、現在、就職は共同体的意味を失いつつある。70年代ぐらいまでは、就職は結婚し、家庭を持ち、豊かな人生を形成していく基盤として、社会的共同体全体への参与を意味していた。ところが、特に90年代以降、年功序列と終身雇用の崩壊に伴い、就職してもいつ職を失うかもわからず、低賃金で結婚もできず、将来の見通しもたたず、就職の共同体的意味は解体していった。そして、就職は個人的問題に集約されてしまうことになったのである。それが、「好きなことを仕事にする」なのである。

たとえ辛くとも、家族のために、将来の豊かな生活のためにがんばるんだ、といった動機付けは今や困難である。がんばって働いたって、結婚もできない、子どもをまともに学校にもやれない。まして老後なんてどうなるかもわからない。じゃ、それでもがんばって働くとしたらなぜなのか? 好きな仕事だから、というわけである。

したがって、納得して働き続けるためには、何としても好きな仕事を見つけねばならない。でなければ、こんな大変なこと到底続けられない。しかし、話は元へ戻るが、好きな仕事を見つけることは、思うようにコントロールできることではないのだ。

■仕事における共同体機能の消失

しかし、そもそも考えてみよう。なんでそんなに働くことはつらいのか? 確かにいま職場で鬱などメンヘルになる人が増えているという。働くことは昔から辛かったのではないか。それとも今に特有な問題でもあるのだろうか。

この点も共同体的なものの希薄化と関連している。70年代ぐらいまでなら、企業に就職することは、ある種ベルトコンベアーに乗ることを意味した。新卒はみな横並び。受ける研修はもとより、昇給のタイミングも同じ。昇格も係長ぐらいまでは同じ年齢。管理職以上はある程度の差は出るものの、しかし、みなそこそこ豊かな生活ができるぐらいの給料はもらえる。要するに会社の方針に沿って無難に務めあげれば、定年まで保証されたのである。企業は一種の共同体的機能を持っていたのだ。

しかし、90年代以降、企業はこうした共同体的機能を失っていった。市場の流動化とグローバル化の中で、企業も絶えず変化しなければならない。市場ニーズの変化に対応して常に新たなアイデア、新たな商品が求められ、またグローバルな労働市場との競争の中で人件費の圧縮が避けられなくなる。非正規雇用の増大とともに、社員といえども安定性を失っていく。常に変化を求められ、また、高度な機能を要求される。誰でもできるようなことは非正規雇用で十分。社員は高度な専門性と柔軟さが不可欠となる。それが果たせなければ、明日はない。そんな切迫感に日々さらされることになるのである。

企業共同体に覆い包まれ、安心して働ける。そんな時代はとうに過ぎた。むしろ、各人それぞれが要求される機能を必死になって果たし続けなければならない。入社したての社員でも、セルフマネジメントを求められる。要求される機能を果たすために自分自身をマネジメントしなければならないのである。

しかし、自分をマネジメントしていくとはどのようなことなのだろう?

2009年7月17日 (金)

本当に「無趣味」はおすすめか?

村上龍氏の「無趣味のすすめ」が話題になった。広告にも出ていた有名なくだりがある。

だから趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。・・・略・・・。真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。つまり、それらはわたしたちの「仕事」の中にしかない。

■そんな「仕事」にどれだけの人が就けるのか?

力のある言葉だ。そこには人生の意味を感じさせる何かが示されている。自分を脅かすものに直面しながらも、人生を揺るがす何かと出会う。リスクに身を曝しながらも、真の達成と充実を得る。リスクを取らなければ生きるに値する人生は手に入らない。そして、それは仕事の中だけにある。

だから、趣味はいらない。「無趣味のすすめ」というわけである。

だが、ひとつ、どうしても感じる疑問がある。そんな風な「仕事」に就けている人がどれだけいるのか? 

2対6対2の法則を思い出す。組織論などで言われることで、簡単に言えば、組織を引っ張っていく層が上位の2割、そのリーダーについていく平均的な層が真ん中の6割、後の2割は組織のお荷物という法則である。

村上龍が言うような人は、どう考えても上位2割の人々であろう。いや、その2割の中でもさらに上位かもしれない。なにせ、「仕事」を通して「人生を揺るがすような出会いや発見」を得るというのだ。相当なレベルである。

企業にいるとヒシヒシと感じるが、巷間称揚されるような、自らビジョンを描き、自分のキャリアパスを自分で切り開いていくようなタイプの人間は、そうごろごろいるわけではない。そうした人間は上位の2割に集中する。真ん中の6割は笛を吹かれればようやく踊るといった状態で、笛を吹かれても踊りもしないとなると下の2割になる。

しかし、「人生を揺るがすような出会いや発見」を得られる「仕事」をしているとなると、上位の2割の中でもさらに経営層など一握りに限られるのではないだろうか。あとはフリーで仕事をしているような人たちで、やはり小さいながらも「経営者」である。いずれにせよ、一般的なことではない。

■「やりたいこと」という袋小路

村上龍がこのおおよそ一般的とは言いがたい1タイプを特に「すすめ」るのはなぜだろうか。わたしの印象で言えば、「小説家だから」ということになる。小説家は何と言っても特殊な職業だ。彼が「限りなく透明に近いブルー」で華々しくデビューしたときのことを今でも思い出すが、あのような特異な仕方で社会との関係を取り結んだ人が、こうした1タイプをまるで誰もが目指すべき基準パターンのように思っているとしても、確かに不思議はない。

実際、「13歳のハローワーク」で村上龍は「好きなことを仕事にする」ということを称揚していた。本当に好きなことを仕事にできたなら、確かに「人生を揺るがすような出会いや発見」を得ることも難しくはないであろう。その意味で彼の主張は一貫しているとも言える。しかし、「好きなことを仕事にする」という幸運に恵まれる人間が、そもそもそう多くはない。むしろ、こうした「あおり」を受けて、多くの若者が空回りしてうまく社会に入っていけないという事象が発生しているようにも見える。

非正規雇用問題を解説するつもりはないが、フリーター問題で「やりたいこと」に固執する若者がよく取り上げられる。「やりたいこと」をするためにフリーターをしている、のではない。「やりたいこと」を”探すため”にフリーターをしているというのである。しかし、「やりたいこと」を確実に見つける方法論などない。よって、それはいつ見つかるかもわからず、実際はほとんどの場合見つからない。しかし、「やりたいこと」を探すことは肯定されるべきこととして事の全体を正当化する。で、いつまでもフリーターから抜け出られない、というわけである。

■「やりたいことを仕事に」という思い込み

これは、若者の責任といった話ではない。わたしが学生であったころ、70年代ぐらいまでは、まだ就職は単に個人の問題ではなかった。当時は終身雇用で、就職は一生ものであった。だから、結婚し、子をなし、家族を形成し、両親にも孫の顔を見せ、社会の中に自らを組み込む、その第一歩だったのである。それは社会という共同体に組み込まれることそのことなのであって、個人だけの問題にはならなかった。むしろ、「やりたいこと」を願う「個人」を捨てて就職したのである。

80年代以降、特に90年代に入って、こうした産業共同体とでも言うべきありかたは急速に希薄化した。終身雇用は崩壊し、年功序列も骨抜きにされていった。そのため、いつ雇用を失うかわからず、雇用を維持したとしても、年収は一向に上がらず、結婚も家庭形成も思うように望めなくなった。子どもができても、まともに学校にやるお金もないなら結婚などできないのである。かくして、就職の持っていた共同体的意味は崩れていく。

残るのは? 個人である。「やりたいこと」を仕事にする。自分のやりたいこと、自分に向いていること、それだけが就職へ向けた唯一の頼み綱になる。

しかし、そうそう「やりたいこと」などうまく出てこない。大体、企業の内情などろくに知らないのに、そこで何がやりたいかなどと言われても、わからないだろう。しかし、面接のときには聞かれる。「あなたは当社でどのようなことがしたいですか?」と。

そこで、あとは適当にでっちあげるしかない。いや、でっち上げとわかっていてでっち上げる若者はまだしも見どころがある。多くの若者は、無理に自分でこれがやりたいと思いこもうとする。

こうした状況の中で、村上龍のような人が「好きなことを仕事にしよう」と言い、仕事の中にこそ「人生を揺るがすような出会いや発見」があると言うのである。

とすれば、そういう言葉にあおられた者はどうなるのだろう?

2008年12月20日 (土)

アンジェラ・アキ、再生としての恋愛

アンジェラ・アキのラブソングが、単なる「好いた惚れた」ものではないことを典型的に示しているのが「孤独のカケラ」である。愛することと孤独であること。そしてその狭間での苦闘。それは単に「好いた惚れた」では収まりきれない現代を生きる女性としての痛みを描いている。

■ただ一人であるということ

単純に人を好きになり、単純に恋愛する。確かにそんなふうになれれば幸せだ。しかし、実際にはそんな人は少ないに違いない。人を好きになれない、愛というものがわからない、そんな中に孤独がポッカリと口をあけている。好きになり、愛することは簡単ではないのだ。

愛し方がわからないだけじゃなく 人を信じる事ができないまま/ただ時間だけが過ぎてゆく 私を置き去りにして

愛せないから、愛さないから、逆に恋などたいしたことではないと思う。「恋の一つを失っても動揺する事」もない。しかし、その平静さの陰に深い悲しみと孤独が広がっている。動揺しない自分。しかし、その自分こそが周囲から置き去りにされている。

そこには何か周囲との亀裂が、埋めようのない断絶があるように思われる。

悲しみがあって 一人になって/孤独のカケラを胸に抱いて

そう歌うとき、この孤独はけっして大げさなものではない。孤独を大問題にして語るなら、それはそれで周囲との一つのコミュニケーションになるだろう。しかし、本当の孤独はカケラのようにひっそりと胸に抱かれている。誰に言えるわけでもない。知ってもらえるわけでもない。ただ悲しく、ただ一人なのである。

■再生の始まり

しかし、ここでアンジェラ・アキは「あなた」との出会いを語り始める。

あなたに出会って初めて気づいた/幸せがある事を

カケラのような孤独の中で「あなた」と出会う。そして気づいたことは「幸せがある事」であった。あなたと出会って幸せになったと言っているのではない。「幸せ」なるものが存在することに初めて気づいたと言っているのである。孤独は人を幸せから引き離す。幸せの存在にさえ気づかない日々とは何なのだろう? しかし、「あなた」によって幸せという世界に触れはじめる。再生が始まるのだ。

雨に濡れてたった一度二人が結ばれたあの夜/抱えた痛みもすべて忘れて正直になれたんだ

と言うのであれば、当然、正直になれなかった自分がいるはずである。痛みを抱え、心を閉ざし、自分を偽って生きる。なぜそこまで頑なにならなければならないのか? 人を信じられず、周囲を受け容れられず、痛み、悲しむのななぜなのか? おそらく、自分でもよくわからないであろう。わかるのは、ただ苦しいこと。しかし、いまや「あなた」がこの心を開くのである。

だが、もとより一筋縄でいくわけではない。痛む心が一挙に解放されるわけではない。「出かけた言葉を飲み込んでは またあなたに背を向けた」。心が解き放たれていくとしても、それは行きつ戻りつ、一歩一歩なのである。

優しさがあって 温もりがあって/孤独は少しずつとけてゆくの/裏切りがあって それでも信じたい/幸せがある事を

孤独の闇は一挙には晴れない。起死回生の特効薬があるわけでもない。必要なのは優しさであり、温もりだ。その中で少しずつ温まっていく。そうして、孤独は少しずつとけていく。この時間の流れこそが、幸せの存在を信じる気にさせる。確かに、幸せはあるに違ない、と。

■再生

そして、アンジェラ・アキは、最後に解放を歌い上げる。愛することが、幸せになることが、実際に起こるのだ、と。

悲しみがあって 一人になって 孤独のカケラを胸に抱いて/涙を流して 自分を許して 孤独のカケラを手放したら/明日は笑って あなたを愛して/幸せを感じよう/幸せになれるから

孤独は知らない間に消えるのではない。「あなた」の温もりの中でも、そのカケラは確かに胸に抱かれている。しかし、その温もりが全身を覆うとき、そのカケラを手放す瞬間が来る。そのとき涙を流しながら自分を許すのである。誰をも愛せず、心を閉ざし、偽り続けてきたこの自分をありのままに受け容れる。「あなた」が受け容れてくれるから、自分を受け容れられる。悲しみ、苦しんできた自分に、「そのままの自分でいいのだ」と言えるのである。

かくて、孤独のカケラを手放す。「あなた」を愛する日々の中で、心から笑えるようになる。いまや、確かに幸せになれると思える。なぜなら、確かに幸せを感じるからである。

「孤独のカケラ」は再生の歌である。生きることは確かに過酷だ。人とうまくかかわれず、圧迫され、痛みを負う。だからこそわたしたちは再生を願う。アンジェラ・アキはそれを愛に託している。そうわたしには感じられるのである。

2008年12月 8日 (月)

アンジェラ・アキ、闘いの歌

アンジェラ・アキには、ブレイクちょっと前ぐらいからずっと注目してきた。一般にはまだ無名、けどテレビなどには出始めている、といった時期だったと思う。はじめてその歌を聴いたのもテレビだったと思うが、そのときから何か心惹かれるものを感じていた。何に惹かれるのだろう? それが最近少しわかってきた気がする。

彼女の歌はいつも何かと闘っている。あるいは、常に何かと闘っていることがその歌の背後から基調音のように響いている。ラブソングが多いのだが、単純な「好いた惚れた」モノは、わたしの見る限りほとんどない。何かと闘っている、その現実の亀裂から恋愛がほとばしり、破れ、消えていく。あるいは、男性を愛することの中で、何かと闘い、喜び、傷つく。わたしにはそんなふうに聴こえる。

■闘う「乙女心」

取り上げたい歌はいろいろあるが、まずは典型的な歌。「乙女心」である。

「取り扱い注意」なんて/ラベルを貼られたくないから/全体の流れには/逆らわず生きていた

メロディーを取り去って、こうして言葉だけ並べてみると凡庸に見えるが、それだけに誰もが感じている現実に違いない。歌われているのは何か世間や社会といった、漠然とはしているが確実に人を縛り付ける何ものかである。「全体の流れ」とはおそらく明確な形を持ったものではない。しかし、それが「取り扱い注意」などという息苦しいラベルをこのわたしに貼り付けようとする。漠たるものが日々隙間なくこのわたしを苦しめ続ける。だから、その圧迫に押されて、逆らわずに生きることを余儀なくされてきたわけだ。

しかし、もはやこれ以上疑問を抑えきれない。

組織の中の駒にしかすぎないといつまでも/弁解しているのはなぜだ

確かに、それは弁解に過ぎない。「組織の中の駒」がどうしたというのだ? なぜそんな弁解をする? だから、ここで明確に宣言される。

どんな武器よりも自由意志のほうが強いから/恐れずに立ち上がれ

「自由意志」、それこそが最大の武器なのである。わたしはわたしの望むように生きる。誰にも左右されない。「自由意志」一本にすべてを賭けて立ち上がろうというのである。

ここまでは、よくある展開といっていい。驚くような内容は特にない。しかし、ここからなのである。アンジェラ・アキの真骨頂を示すような意外な展開をするのは。

奪い取れ やり返せ ぶつかれよ 乙女心/摘まれても 踏まれても 咲き誇れ 乙女心

「奪い取れ やり返せ ぶつかれよ」とは、確かに強烈だ。しかし、その強烈さが意外なのではない。奪い取り、やり返し、ぶつかっていくのが、「乙女心」だというのが意外なのである。

いきなり出てくる「乙女心」。ここまでの展開とは何かまったく場違いの感がある。しかし、アンジェラ・アキにとっては、ここで闘っているのは、絶対に乙女心なのである。乙女心こそが、奪い取り、やり返し、ぶつかっていくのであって、それ以外では決してない。そういう思いを、わたしは感じるのである。

■このわたしのかけがえのない闘い

そもそも「乙女心」とは、少女の純粋な心を指している。憧れに満ちた無垢な心。その憧れはもちろん異性に対する想いを含んでいる。まだ見ぬ異性を想いながら夢の中を揺れ動く穢れなき心。

しかし、その心は成長するにつれて、ただ無垢というだけでは済まなくなる。世間や社会に飲み込まれ、縛られ、圧迫され、押し潰される。幾多の憧れも、夢も「摘まれ」、何かをしようと歩み出せば「踏まれ」、汚れなき心は泥にまみれていく。

だが、それであきらめてしまうのか? それでも女性として人を愛そうとするなら、憧れを抱き続けようとするなら、夢を追い続けようとするなら、今や決意が必要である。成り行きではダメだ。ただ流されているだけでもダメだ。初期設定の「乙女心」ではすぐに潰されてしまう。「乙女心」をあらためて設定し直し、選び直し、何があろうと純真と無垢と愛で生き続けてやる。そう思い定めることが必要なのだ。

ここにアンジェラ・アキの闘いは具体化する。彼女は抽象的で一般的な社会との闘いを歌っているのではない。女性として、無垢な心と愛に賭けながら、その立ち位置で、その視線で、あらゆる圧迫と闘うのである。そのとき、すべての闘いが現実の姿を取り始める。生身の手触りをもって闘いが具体化する。他でもない、このわたしの闘い。そういう固有性が、かけがえのなさが、生きることの苦闘に込められていくのである。

アンジェラ・アキにとって、「人間」でもなく、「市民」でもなく、「乙女心」だからこそ、リアリティをもって「奪い取れ やり返せ ぶつかれよ」と叫ぶことができるし、「摘まれても 踏まれても 咲き誇れ」と鼓舞することもできる。そうしてこそはじめて、自分らしい生の苦闘の手触りが感じられるのである。

■咲き誇れ! わたしたちの一人ひとりの生の苦闘

結局、人は普遍的な真理などを求めて生きているのではない。「人間」や「市民」では範囲が広すぎる。あまりにも抽象的すぎて、どちらを向いて生きて行っていいのかもわからない。わたしたちが世間や社会から圧迫を受けて窒息しそうになるとき、そこには一人ひとりの具体的な現実があるはずだ。おそらく、女性として憧れと夢に生きようとするとき、アンジェラ・アキにとってその現実を表現するのに「乙女心」という言葉がビッタリだったのであろう。

ならば、それは一人ひとりによって違うはずだ。わたしはITに携わっているが、たとえば、SEとして「奪い取れ やり返せ ぶつかれよ」でもいいかもしれない。あるいは営業マンなら営業マンとして「摘まれても 踏まれても 咲き誇れ」でもいいかもしれない。学生でも、主婦でも、その他何であろうと、それぞれのかけがえのない闘いがあるはずなのである。

要は、「咲き誇る」ことだ。何があろうと、自分固有の現実の中で、晴れやかに咲き誇ることなのである。

かくて、アンジェラ・アキの歌は闘いの歌だからこそ、わたしたちを勇気づけるのである。

2008年11月29日 (土)

青山テルマ「ママへ」と森進一「おふくろさん」

妙な比較をするものだと思われるかもしれない。しかし、青山テルマの「ママへ」を聴いていて、森進一の「おふくろさん」を思い出したのである。同じく「母」を歌った歌である。が、この母親像の違いは何なのだろう?

もちろん、世代が余りに隔たっている。違うのは当たり前である。と、そう言ってしまえば身も蓋もないのだが、この違いはちょっと立ち止まって考えるてみるに値すると思われる。森進一の「おふくろ」の何か揺るぎがたい安定感と、青山テルマの「ママ」の不安な懸命さとの間にある時の流れは、いまのわたしたちの現実を知る上で、一定の意味を持っていると思うのである。

■森進一「おふくろさん」と母親像の共同了解

森進一の「おふくろさん」がヒットした頃、たぶんわたしは中学生になったばかりだったと思うが、レコード大賞の最優秀歌唱賞を獲って、マイクスタンドを握り締めて熱唱していた姿をいまも覚えている。この70年代初めごろ、まだ社会には自明な前提とでも言うべきものが存在していたように思う。「母」とはこういうもの、「父」とはこういうもの、「子供」とはこういうものといった「あたりまえ」がまだまだ残っていたのである。その後、70年代を起点にして、これは急速に崩壊していったのだが、70年代の初めは、おそらくその前夜だったのではないかと思う。

わたしの知る限り(まだ子供だったが)、あの頃、「母」とは子供に限りない愛情を注ぐのが「当然」の存在だった。「母」は子供のためなら自らを犠牲にすることも厭わないもの(それがあたりまえ)。「母の愛」は疑うべからざるものであり、そしてもっとも尊いもののひとつであった。もちろん、現実の母親一人ひとりがすべてそうだったなどと言っているのではない。実際にはいろいろだったろう。注意したいのはそうした統計的事実ではなく、社会的にそのように信じられていたという共同了解の方なのである。

「おふくろさん」はこうした共同了解をよく表している。

おふくろさんよ、おふくろさん。空を見上げりゃ、空にある。雨の降る日は傘になり。――

作詞者の意図はわからないが、わたしには、母はあらゆるところにいて子供を守ってくれる、と歌われているように受け取れる。空を見上げれば、そこにも母はいる。そして、雨が降って困っているときは、傘になってくれる。母とはそういう存在なのである。

その次の詞は、さらに当時の社会の共同了解の一端を表している。

お前もいつかは世の中の、傘になれよと教えてくれた、あなたのあなたの真実、忘れはしない。

「世の中の傘になれ」とは、つまり、人の道を諭しているのである。人間としてのあるべき生き方を教える母。人の世の真実を語る母。昨今のように何が人の道なのか不透明になってきている状況を考えるとき、まことに隔世の感がある。いま、母にしろ、父にしろ、教師にしろ、これこそが人の道だと心底確信して語れるような、そんな普遍的真実が社会的に共有されているだろうか。残念ながら、ノーであろう。大体、「人の道」という言葉自体、死語に違いない。人の道を説く母とは、やはり当時の社会的共同了解を前提としているのである。

■青山テルマ「ママへ」に見る共通の母親像の解体

さて、その後、70年代終わりから80年代にかけて、母原病なる言葉が生まれ、母の子に対する深い愛情と見えるものも、実は母のエゴから出たもので、むしろ子供をダメにするなどと言われ、90年代ぐらいから母の子に対する虐待がクローズアップされて、母親も追い詰められれば子供に暴力を振るい、虐げるということが明らかにされてきた。こうして、母性神話が崩れていくとともに、「母の愛」という共同了解は急速に解体して行った。

とは言っても、ここでもやはり実際はいろいろだということに変わりはない。すべての母親が子をダメにしたり虐待したりするわけではない。子供のためならどんな犠牲も厭わない母親はいまもいる。いや、いまもそうした母親の方が多いであろう。注目したいのはやはり統計的事実ではなく、「母とは子に無限の愛を注ぐものだ」といった共同了解が消失したことの方なのである。おそらく、いま人々はふつう、「いろいろな母親がいる」という暗黙の了解を持っているのではないだろうか。子を虐待するひどい母親もいれば、愛情深い母親もいる。要はそれぞれの親子関係の問題なのだ、と。

青山テルマの「ママへ」はこうした了解を前提しているように感じる。

20 years of my life 育ててくれた、たった一人で支えてくれた、強がりなとこ、泣き虫なとこ、全部私はママに似ているね。私が寂しくないかと不安抱えながら、毎日私を守ってくれた。

まず、この曲にはひとつ「おふくろさん」には出てこなかった言葉が見られる。「私」という言葉である。「私」と「ママ」。不思議なことに「おふくろさん」には「私」という主体がまったく出てこない。そこで歌われているのは「私」不在の「おふくろ」であり、「空を見上げりゃ空にある」といったいわば理念的な母である。しかし、「ママへ」においては、単なる「ママ」ではなく、まさに「私」と「ママ」との具体的な関係性こそが歌われている。具体的でかけがえのない二人の固有性こそが問題なのだ。

しかし、この関係は一筋縄ではいかない。

泣いた日も笑い合った日々もケンカをしてしかられたことも、ママ our time 無駄じゃないよ。――

あるいは、

ぶつかり合って困らせて弱い私でも、いつでも深い愛で包んでくれた。――

「私」と「ママ」の間にあるのは安定した揺るぎない関係ではない。泣き、笑い、ケンカをし、ぶつかり合い、困らせる。むしろ、そこにあるのは日々手探りの不安定な関係である。しかし、その手探りの中にあって「ママ」は「いつでも深い愛で包んでくれた」。場合によっては、関係の破綻へと流されていったかもしれない、その不安定さの中で、「私」の「ママ」は流されることなく「深い愛」を持ち続けた。だから、葛藤の日々も決して無駄じゃなかった。

共に流した涙も今はかけがえのない宝物だよ、ママ、聞こえる? 心からありがとう・・・。

共に涙を流すような歩みの中で、いつも変わらない「ママ」の愛があったからこそ、「私」は「ママ」に心からにありがとうと言えるのである。

ここでは理念的な「母親像」が歌われているのではない。「私」と「ママ」が実際に歩んだ葛藤の日々が、そしてその中で「ママ」が「私」を愛で包んでくれたという事実が歌われているのである。

この「私」とこの「ママ」。では、別の母子はどうなのか? もちろん、わからない。自分たちはこういう関係であったというだけのことだ。別の母子にはまた別の関係がありうるだろう。いや、母子の数だけかかわり方の数もあるだろう。言えるのは、自分たちはこうだった、それだけなのである。

別の母子は葛藤の日々に堪えきれず、苦いかかわりになったかもしれない。到底、ありがとうなどと言うことはできない、という関係もあろう。実際、母子関係で傷を負い、母への恨みを抱えたまま癒されずにいる若い女性も少なくないという。 結局は、それぞれが葛藤し、模索し、もがく以外ないのである。

■関係性の創造

ここにわたしたちが生きる現代の状況があるように思う。美しい「母親像」が一般に共有されていた時代を、昔は良かったと正当化する人もいるかもしれない。しかし、わたしはそうは思わない。そうした虚構の下で、多くの不幸な関係が隠されていたのではないか、と思うからである。むしろ、いまわたしたちは、現実のかかわりの中で自分たちの手で関係性を構築して行かねばならない状況に立ち至っている。「母とはこういうものだ」とか「子とはこういうものだ」といった通念は存在せず、あったとしても何の力にもならない。他人を見ても参考程度だ。結局、自分たちの関係は自分たちの手で造っていく以外ない。

かけがえのない関係を、葛藤の日々の中で、自分たちの手により造っていく。ここにこそ、創造的な人生の本領があると思うのである。

2008年11月22日 (土)

コブクロはどうしてこれほど希望に満ちているのか

コブクロの歌をよく聴く。ボーカルのレベルが高く、ハーモニーも完璧。メロディーラインも人の心を捉える。とてもいいアーチストだと思うし、人気があるのもわかる。しかし、わたしは聴きながらも、何かずっと違和感のようなものを感じてきた。詩の内容が何かしっくりこないのだ。

■コブクロの歌のリアリティは?

なぜだろう? メロディと、それを歌い込むボーカルの確かさは心を捉えるのに、なぜ詩が心に入ってこないのだろう? コブクロの詩には、人間に対する信頼のようなものを感じる。人生に対する信頼と言っていいかもしれない。悲しいことや辛いことがあっても、最終的には生きることの価値を決して疑わない。失望しない。最後は希望を持って生きていこうとする。そうした、生きることへの肯定のようなものを感じるのである。

ならば、いいではないか。 違和感など、感じる必要がないではないか。確かにそのとおりである。だから、わたしもよく聴くのだ。しかし、逆に言えば、だからこそ違和感を感じるとも言えるのである。だって、本当に生きることはそんなに希望に満ちているのか? 生きることはそんなに信頼に足るのか? 希望と信頼を歌い上げることは、わたしたちの生活のリアリティと本当に呼応するのか?

たとえば、「永遠とともに」。たぶん、いま結婚しようとしている二人、その未来への希望を歌っている。「共に歩き、共に探し、共に笑い、共に誓い、共に感じ、共に選び、共に泣き、共に背負い、共に抱き、共に迷い、共に気づき、共に願い」と、畳み掛けるように、共に生きることの意味を歌い込んでいく。「きれいなことばかりじゃないだろう」としつつも、「すべてを君と越えていこう」と語る。それは「偶然という名の運命」である。今この時は「かけがえのない瞬間」。「ささやかな幸せを願い」未来へ向かって生きていこうとする。それは「永遠」を目ざしているのである。

ことさらに結婚の現実を云々したいのではない。現代において、恋愛する男女は本当に共に生きることの意味をこれほどまでに信頼しうるのであろうか? 運命といえるほどに、永遠に連なるほどに、二人の絆を確信しうるのであろうか? そこに何かどうしようもなく躊躇を感じるのである。

■mihimaru GT「幸せになろう」に埋め込まれた不安や辛さ

mihimaru GTの「幸せになろう」も同じように二人で共に生きることを歌っている。そこでも信じること、愛することが歌われている。しかし、「永遠とともに」ほど、ナイーヴな信頼が歌われているようには思えない。明るいメロディとボーカルヒロコの少し幼い声質でごまかされそうになるが、そこには不安や疑いに抗いながら、あえて「幸せになろう!」と宣言せずにはいられない現実のリアリティが埋め込まれている。

「運命」や「永遠」は問題にならない。生きていれば「何が大切かわからなくなる」、「信じることも怖くなる」。そして、「愛することを忘れて、逃げ出すこともある」。

確かに、二人の関係はかけがえのないものであろう。しかし、そのかけがえのなさは寄る辺がない。何か確かな地盤に立脚しているわけでもない。ただ、二人がそういう想いで懸命に繋がろうとしている、それだけなのである。

そんなふうに繋がることが世間的常識なわけではない。どのカップルもそんなふうに繋がっているといった共通の現実があるわけでもない。社会の中にそんな共通の前提はないし、友達の間でもいろいろな考え方があるし、自分の中でもさまざまな思いが錯綜している。頼るべきは自分たち二人だけである。二人がそう想い続けられるかどうか、ただその一点にすべてがかかっている。二人の愛は、まるで薄氷を踏むような脆弱さの上に、かろうじて立っているのである。

そうでなくても、生きていればいろいろある。「悲しいこと、嬉しいことすべてある」。人生を脅かすようなさまざまなことに遭遇する中では、愛だの信頼だの、言ってられないこともあろう。結局、「疑うこと、信じることを繰り返す」しかないのである。

しかし、そういう日々だからこそ、「あなたさえいればそれでいい」というところに絶えず立ち返らざるを得ない。そういう現実の中にあるからこそ、二人がともにいることにすべてを託す以外ない。「あなたさえいれば」――、その想いに繰り返し立ち返る中で、「愛する力がわたしを変えていく」。実際にともにいることによってのみ、未来は一歩一歩開けていくのである。

この曲の明るさに反して、その言葉一つひとつの中に、現実の辛さや不安が少しずつ少しずつ浸入してきている。それは避けようがない。振り払っても絡み付いてくる。だから抗い続けねばならない。「幸せになろう」とはその抗いのための宣言とも受け取れるのである。

■コブクロの楽天性をどう評価する?

さて、コブクロに戻ろう。mihimaru GTの「幸せになろう」に比べ、「永遠とともに」は、偶然の中にも運命を見出し、それが永遠へ連なっていく、そういう確かな信頼がはじめから前提とされているように思われる。現実の辛さや不安の浸入も感じられない。互いの存在のかけがえのなさが安定感を失い、無根拠にさらされていることも、それゆえ絶えず互いに確かめ合うことによってしかそれを維持し得ないということも、コブクロには無縁であるように思われる。

もちろん、ここは評価が分かれるところだ。こんな寄る辺ない日々だからこそ、コブクロの歌の持つ楽天的とも言える人生への信頼が励みになるのだ、という人もいるだろう。たぶん、コブクロの人気の秘密はそうしたところにもあるだろうと思う。しかし、わたしは、mihimaru GTの能天気とも言える明るい歌声に折り込まれた日々の不安や辛さへの抗いのリアリティにこそ、深い共感を感じるのである。

2008年11月15日 (土)

音楽への情熱が招いた小室哲哉の破滅

小室哲哉が逮捕され、マスコミは大きな反応を示し、さまざまな報道が飛び交った。いまは一応ひと段落というところか。もとよりわたしは、報道されている以外、詳しい事情など知る由もないが、朝日新聞の「小室が飽きた小室サウンド」という記事には妙にうなづくものがあった。それは、香港進出で70億円もの資金を投じた(つまり放漫経営)とか、家賃350万円のマンションに住んでいた(やめられない贅沢)とかいった自堕落なイメージではなく、むしろ、音楽への情熱こそが小室を破滅させたという視点である。

■なぜ小室は売れなくなったのか?

記事は、同じく90年代にヒットを連打したプロデューサー小林武史と小室を比較している。小林がメロディー重視のJ-POP路線で国内にターゲットを絞ったのに対し、小室は「外」を志向したと分析している。それによれば、小室サウンドの基礎は、英国で出会ったユーロビートやレイブで固まった。英国から帰国後、95年に黒人移民のダンス音楽ジャングルを取り入れた「WOW WAR TONIGHT」が大ヒット。その年から4年連続で日本レコード大賞。94~97年には20曲が100万枚以上を売り上げた。人気絶頂の中、ロサンゼルスに拠点を移し、フランスでも活動、香港にも拠点を作っていく。

さて、この記事で特にわたしが注目したのは、99年朝日新聞の音楽担当記者に語った小室の言葉である。「プロデューサーとして、ある時期の日本の市場を作った自負はある。でも近年、ミュージシャンとして方向転換の必要を感じた」「海外の要素を日本流に取り込んでヒットを出す手法は、いろんな人がやるようになった。もっと濃度の高い、最新型の音楽を出したい。日本の一般のリスナーには突拍子もない音かもしれませんが」。

これを読んでわたしは、人気が低落していく時期にテレビで聴いた彼の演奏を思い出した。確かにこんな感じだった。ヒットを連発した頃の輝きがない。ただし、それは一般受けしないということであって、音楽の姿勢自体の問題ではなかった。つまり、どうひいき目に見ても「売れそう」ではないのだが、音楽自体は、凝りに凝った感じで、おそらく本人はものすごく思い入れをもって作っているんだろうなあと思わせる、そんな感じだったのである。

小室自身はたぶん最先端の音楽をやっているつもりなのだろう。しかし、ひとりでどんどん袋小路に入り込んでいる。誰もついてこない。先頭を走っているつもりで、ふと振り返ると自分だけ。言ってみれば、高級なオタク少年。そんな印象だった。わたしなどが心配すことではないが、これはマズイんじゃないの、本当に売れなくなるよ、そう思ったのである。

そして事実売れなくなった。それが、今回の事件の結局の引き金となったと言える。お金がなくなって詐欺を働いたのだから。確かに、音楽にとって「売れる」ということをどう考えるかという問題はある。しかし、プロなら売れなきゃしょうがないだろうと思う。実際、彼の生活の全体は音楽からの収入によって支えられていたのである。その収入が激減したとき、大きな負債を抱え、それでもその生活を維持しようとすれば、詐欺しかなかったということであろう。音楽が売れることが前提の生活、それはプロであれば当然だ。しかし、それなら売れるための努力をするのがプロというもの。「日本の一般のリスナーには突拍子もない音かもしれませんが」ではどうしようもない。

■プロとアマチュアの微妙な境目

プロとアマチュアは違う。アマチュアは音楽からの収入で生活を支えているわけではないので、「売れる」ことは考えなくていい。むしろ、本当にやりたい音楽をやることを一番に考えることができる。人が聴いてくれたり褒めてくれたりするのは、その次の問題だ。まずは、自分が心から楽しく満足のいく音楽をやること。たとえ、ふと振り返って自分だけであったとしても、それが心底満足のいく音楽なら、それも仕方ない。聴いてもらえればその方が嬉しいが、そのためにやりたくもない音楽をやるのは本末転倒、まったく無意味であろう。アマチュアとは、自分の内から湧き上がって来る「やりたいこと」にひたすら打ち込める存在なのだ。

プロはまったく逆である。プロには、対価を払って音楽を聴いてくれるリスナーの存在が大前提である。リスナーが聴いてくれ、喜んでくれることが一番大切である。自分が本当にやりたい音楽かどうかは、その次の問題だ。もちろん、自分が本当にやりたい音楽をやり、その上でリスナーも喜んでくれるのが一番いいに決まっているが、そうはいかないときには、優先すべきはリスナーなのである。自分の好みではない。音楽作家として、リスナーに良い音楽(もちろん、リスナーにとって)を提供し続けることが、プロの使命なのである。

しかし、「アーティスト」という人種は、ここが微妙だ。たとえば、わたしはITマネジメントを生業とし、またITが好きであるが、わたしには上のプロの定義は厳密に当てはまる。IT好きだからといって自分の好みは優先されない。あくまで自分のミッションを果たすことが第一である。ITマネジメントの領域で結果が出せなければ、IT好きであることなど、何の役にも立たない。

しかし、アーティストと言われる人たちは、少し違うと感じる。どれだけプロだと言っても、アマチュア的要素を脱し切れないのである。だって、そうだろう。いくらリスナーが望むからといって、自分が納得のいかない音楽をせっせと作り続けることが、本当の音楽家といえるのか? 「これは自分が求める本物の音楽ではない」と想い続けながら、素人受けのする音楽を供給し続けることは、むしろ不誠実ではないのか? 真のアーティストなら、たとえリスナーから支持を得られなくても、自分が本物と信じる音楽を生み出すべきではないのか? アーティストと言われる人たちがそう考えたとしても、不思議ではない。

■ビジネスか、それともアートか?

問題は、音楽はそもそもビジネスなのか、アートなのか、という点にある。実際には両方の側面があるということだろう。重要なのは、音楽をやる本人が、どちらに軸足を置いているか、明確に自覚していることだと思う。あるいは、意識して、いずれかの方向性をはっきりと選び取っていることだと思う。

一般にヒットメーカーと言われる人たちは、ビジネスに徹する。さすがに、マーケティング手法を使う人はあまりいないかもしれないが、少なくとも、リスナーの望むものを自分の感性で鋭敏に察知し、そこへ向けて、詞、曲、アレンジ等々を組み合わせ、売れる音楽を作り上げる。マックス・ウェーバー的に言えば、きわめて目的合理的なのだ。それに対し、アートとしての音楽にこだわる人は、基本的に価値合理的である。売れることより、自分が本物と信じる音楽を生み出すことにひたすら固執するのである。

小室哲也の場合、この軸足の置き方があいまいであったと感じる。彼が香港に70億円投資したのは、ビジネスだったはずである。それなら、「突拍子もない」「最新型の音楽」などではなく、香港の人々に受ける音楽を徹底的に志向し、成功するビジネスモデルを展開すべきであった。逆に、どうしても自分の信じる「最新型の音楽」を生み出したいのであれば、そのリスクの高さを勘案して、リスクヘッジをすべきであった。彼の信じる「最新型の音楽」など、誰も望まないかもしれないのだ。そのリスクを考えて、慎重なビジネス展開が必要であった。

小室哲也は、一時100億円の資産があったと言う。ならば、もはやお金をもうける必要はなかったはずである。その資産を慎重に運用し、経済的基盤を確立した上で、「売れる必要はない」という前提のもと、本当にやりたい「最新型の音楽」に専念するということもできたはずだ。そこに徹しきれず、ビジネスに手を出してしまった。あるいは、逆に、ビジネスを展開しながらも、「最新型の音楽」に固執してしまった。ここに彼の不幸があったと見える。

彼のビジネスを妨げたのは、彼のうちにある音楽への過剰な情熱だったのではないか。音楽への情熱が音楽家小室哲哉の破滅を招いたとするなら、なんとも皮肉な話である。しかし、アマチュアリズムの根源にあるこの「内から湧き上がってくる情熱」は、実際、御しがたい力を持っているものである。なるほど、この力に身をまかせることは生きることの本質を衝いているにちがいない。が、同時にこの力のもつ危険性にも気づいておく必要があるということなのだろう。

2008年11月 3日 (月)

社会システムに侵食されつつある親子のかけがえのなさ(再び韓国ドラマの視点から)

先のエントリーで、韓国ドラマ「このろくでなしの愛」に描かれた人間関係の濃密さを手がかりとして、私たちの周りの、人の繋がりの希薄さについて書いたが、それに関しもう少し。

■韓国ドラマにおける親子関係の安定感

韓国ドラマを見ていてもう一つよく感じるのが、親子関係の安定感である。まだまだ儒教文化が強いということであろうか、親の権威と、それに対する子の服従という関係性があまり疑われていない。親は子に対して絶対的な権威を持つものであり、子はそれに従うものだということを、親も子もまだまだ信じているという印象を持つ。

ドラマの中で母親が悪役になるケースがある。息子(娘)が何らかの希望(何かになりたい、誰それと結婚したい、等)を持ち、そのための行動を起こすと、決まって母親が邪魔に入る。悪気があるわけではない。母親の価値観からすれば、その「何か」になること、その「誰か」と結婚することは、息子(娘)のためにならないと固く信じているためである。(たとえば、「冬ソナ」のサンヒョクの母親)。

見ている側は、息子(娘)に感情移入をしているので、「なんて母親だ!」ということになる。一途な希望に生きようとしている息子(娘)の人生を台無しにしようとしているように見え、ありていに言えば、日本の子供なら、「うるさい、くそババ! 黙ってろ!」ぐらいは、言うんじゃないかと思うぐらいである。いや、おそらく、そうした暴言を吐く子供は、それほど少数派とも思えない。表現は多少違うとしても、同趣旨のことを口走る子供は少なくないのではないか。

しかし、驚いたことに、韓国ドラマの中の子供は、多くの場合、「お母さん、ごめんなさい」と言うのである。何のことだかわかるだろうか? お母さんの希望にそえなくてごめんなさいということである。お母さんがせっかくボク(わたし)に期待してくれているのに、それを裏切り、お母さんの希望をかなえてあげられなくて、ごめんなさい、と言っているのである。自分の願わしい未来を打ち砕こうとしている、その相手に対してである。

日本列島に生まれ育ち、この21世紀を生きる者としては、なんとも不思議の感に駆られる。何でこんなに良い子ちゃんなのか。一人ひとりのケースはわからない。日本にだってこういう良い子ちゃんはきっといるだろう。しかし、こうした良い子の言動がごく当然のこととして受け容れられる生活前提は、日本にはないと思う。というか、とうの昔に消失したと思う。

■侵食されつつある親子の間のかけがえのなさ

もちろん、日本においてだって、親子は互いにかけがえのない存在だ。そのことに違いがあるわけではない。しかし、親子のこの「かけがえのなさ」は、日本においては侵食されつつあるように思われる。

たとえば、親が子に対して「勉強しろ」と言う。親が子の立身出世を願い、子も親の期待に応えて立身出世を望むなら、何の問題もない。しかし、この「立身出世」という死語からもわかるように、およそそんな状態になることはまずない。なぜなら、「立身出世」に類するような人生の明確な方向性が、そもそも存在しないからだ。

社会システムは親にも子にも不安を吹き込んでくる。別に「立身出世」など望んでいるわけではない。だが、うまく社会システムに乗っからなければ、どこまで堕ちるかもわからない。高校中退→フリーター→ホームレスという人生のレール(?)を、ありえないと笑って済ますこともできない。そんなレールがリアリティをもつほど、ネオリベ的競争が社会システムを駆動している。

とすれば、親としては「勉強しろ!」と言わざるを得ない。しかし、子は何がなんだかわからない。大体、親がネオリベ的競争の中で疲弊し、疲れ切っているように見える。楽しそうじゃない。幸せそうでもない。なら、何で親のようにならなければならないのか? もっと、本当の自分を分かってほしい。自分が何を喜びとし、何を苦しみとしているか分かってほしい。

もとより、親だって、できれば子供のかけがえのない存在を尊重したいだろう。しかし、そんなことを言っていたら、この社会システムの中でこの子はどうなってしまうかわからない。子供のかけがえのなさを本当に大切だと思うなら、むしろ社会システムの中で生き残る方向へと子供を駆り立てざるを得ない。

こうして親は、子のかけがえなさを思うがゆえに、社会システムの尖兵となって子供を駆り立て、結果、子のかけがえなさを削り取ることになる。

■ネオリベ的競争社会を生き抜くための新たな生き方は?

ハーバーマスは、この事態を、「システムが生活世界を侵食する」と表現した。もちろん、彼はそれを批判的に言っている。そして生活世界を守ろうと言う。しかし、わたしの生活実感から言えば、残念ながらそれはどうにも疑わしい。韓国ドラマのようになろうにも、近代の大きなうねりはわたしたちをとうに追い越してしまっているのである。(もちろん、ハーバーマスは儒教的社会のことではなく、コミュニケーション的理性よる西洋的社会のことを考えているのだが)。

ある意味で、上述の親の言い分は正しい。現代の社会は実にリスキーだ。ネットカフェを転々とする日々は、誰の足元にも口を開いている。変な言い方だが、これから社会に出て行く子供たちにとってリスクヘッジは不可欠だ。そして、それはある意味で親の責任だ。リスクヘッジもなく、丸腰で社会に出て行くのはやはり危険すぎると考えるべきだ。

だから、わたしは塾通いも、猛勉強も肯定する。しかし、それはあくまで片方の車輪に過ぎない。人間が幸福に生きていくためには、もう一方の車輪が必要だ。では、それは何なのか? それこそが、人間のかけがえのなさを担保する新しい可能性なのである。

それは、韓国ドラマのような良い子の世界に戻ることではない(と言うか、それは不可能である)。ハーバーマスの言う西洋的コミュニケーションでもない。社会システムの外に出ることはできないし、そもそも「外」など存在しない。ならば、良くも悪くも社会システムを生きざるを得ない。社会システムの内部を生きながら、自分や他者のかけがえのなさを堅持できる新たな生き方を模索すべきなのだ。

重要なのは、新しい生き方、社会システムの侵食の中にあっても、かけがえのない存在を貫けるような強靭な生き方であり、それが必要とされているという状況認識なのだと思う。

2008年10月25日 (土)

なぜ、人と人との繋がりはかくも希薄なのか(韓国ドラマの視点から)

私はよく韓国ドラマを見るが、いつも感じることがある。登場する人物同士の絆が強く、それがごく自然なものとして描かれているということである。親子、友、仲間等、人と人との強い結びつきがほとんど疑われていない。そのことが逆に私たち日本人が生きている現実の希薄さを浮き立たせるように思える。

■ドラマ「このろくでなしの愛」に見る韓国での人間関係の濃密さ

たとえば、「このろくでなしの愛」。韓国のトップスター Rain とシン・ミナ共演のドラマである。Rain 演ずるカン・ボックは兄のミングと強い絆で結ばれている。そのミングの恋人、シン・ミナ演ずるチャ・ウンソクは芸能界に入り、スターとなる。あるとき、ウンソクと財閥の御曹司との婚約報道が流れたため、ミングは自殺を図り植物状態となる。カン・ボックは復讐のためチャ・ウンソクに近づいていくが、逆に二人が愛し合うようになる。カン・ボックは、兄との深い絆のため、チャ・ウンソクとの愛を生き抜くことができない。それでも二人は愛を捨てることができず、地獄へ踏み込んでいく・・・。

このドラマのポイントは、カン・ボックと兄ミングとの絆、チャ・ウンソクとの絆、いずれも他に代えがたいほど強く深いということである。どちらかが弱ければ、強い方の絆を選択すれば、それで終わる。兄との絆が強いなら、ウンソクとの愛を断念すればいい。ウンソクとの絆が強ければ、兄との関係を忘れればいい。ところが、どちらも他に代えられない。いずれも捨てることも選ぶこともできない。その狭間で苦しむ以外ない。ここにこのドラマの悲劇がある。

この濃密な関係性は、何か特殊で異常なものとして描かれているわけではない。むしろ、ごく自然なものとして描かれている。実際、カン・ボックを取り巻く他の人々との人間関係も実に強いものがある。カン・ボックが住んでいる家の人々の構成が私には最後までよくわからなかったのだが、ともかく兄以外に身寄りのないカン・ボックが、ボクシングジムのトレーナの家に同居しているのだが、その家族との関係(特にカン・ボックとの結婚を夢見るハン・ダジョンとの関係)も、一緒に同居している親友との関係も、みな暖かく、強く、深い。こうした人間関係に囲まれている中に、兄との関係も、ウンソクとの関係も存在しているのである。

カン・ボックは学歴もなく、整備工として、社会の周縁で生きている。時にけんかもする。いわば下流を生きる存在である。しかし、人間関係は羨ましいぐらい豊かだ。互いに気をかけ合い、心配し、互いのために行動し、共に笑い、共に怒り、共に泣く。それがごく自然なこととして、貧しい生活のすみずみにまで浸透している。

■秋葉原通り魔事件から見える日本における人間関係の解体

私は今年6月の秋葉原の通り魔事件を思い出す。加藤容疑者は「現実でもひとり、ネットでもひとり」と書き込んだが、この痛さを共有する人は多いだろう。まず、現実でひとり。彼女もいない、友達もいない、妻も子供もいない。加藤容疑者の場合、親とも絶縁状態だった。だから、ネットにのめりこむ。掲示板に注意を引くような書き込みを繰り返し、注目を集めようとする。しかし、それも次第に相手にされなくなる。ネットでもひとり、だ。

事件当時、派遣労働とそれをめぐる貧困の問題が大きく取り上げられ、枡添厚生労働大臣が日雇い派遣禁止をぶち上げたりして耳目を集めたが、実は、それ以上に重要なのはこの人間関係の驚くべき希薄さであると思う。たとえ日雇い派遣であったとしても、仲間がいて、気にかけてくれ、心配してくれ、一緒に飲んだり、笑ったり、怒ったりできていれば、少なくとも最悪の事態は避けられたのではないか。

この人間関係の希薄さは、派遣労働や貧困といった問題とだけリンクしているわけではない。場合によっては「勝ち組」だって、似たり寄ったりだ。携帯一つをとっても、韓国ドラマで描かれる状況は日本と大分違う。カンボックもウンソクも、その婚約者の御曹司も、携帯をよく使う。しかし、それは現実世界での濃密な人間関係を営むための補助的な道具に過ぎない。しかし、私たちの周りでは、逆に現実世界が携帯などのネット世界に引きずり込まれ、現実の人間関係が携帯やSNSなど、ネットによって変質させられている。たえず、ネットを通して人と繋がっていなければ不安で仕方がない。しかし、ネットで人と繋がっても、深い充足が得られるわけではない。ネットで繋がればつながるほど、不安が増し、不安が増せば増すほど、ネットで繋がらずにはいられない。私たちは、貧困や労働形態に関係なく、すべからく人間関係への脅迫と薄弱さに翻弄されているように思われる。

もちろん、ドラマでの話だ。実際の韓国がどうかは知らない。しかし、このような濃密な人間関係を前提にドラマが作られている(つまり、ドラマトゥルギーとしてこの人間関係がなければ、そもそもドラマが成り立たない)以上、わたしたちとは何がしか生活前提が異なると考えてもおかしくないだろう。

■新しいタイプの人間関係への模索

日本も60年代ぐらいまでは同様の生活前提があったと思う。それは、70年代以降急速に壊れていった。だからあの頃に戻ろう、と言うのではない。韓国のようになろうと言うのでもない。むしろ、希薄な人間関係を前提とした上で、いかにして新しいタイプの人間関係を構築していくか、それが模索されねばならないだろう。

それにしても、韓国も日本と同じ道をたどるのだろうか? それとも、いまのままの前提を維持し続けるのだろうか? 近代化のプロセスという視点から、私は関心を持って見ている。

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