哲学・思想

2009年11月14日 (土)

共同体性の解体と「小さな文脈」の併存

高度経済成長という「大きな文脈」が70年代以降縮減していった。そのことが「終わりなき日常」としての日本という「悪い場所」を露わにした。(「高度経済成長という「大きな文脈」)。それについてもう少し見ておきたい。

■60年代までの共同体性の解体

70年代以降の変容については他のエントリーで書いた。ここでは関係するいくかの点を挙げておきたい。

まず最初に経済的要因を指摘しておく必要がある。(「近代における自由と秩序の変遷⑥~70年代以降の経済的変容~」)。やはり、一番大きいのは市場が成熟化したことだ。少なくとも先進国では、モノが行き渡ったのである。つまり、あれほど望んだ「豊かさ」が達成されてしまったのだ。高度経済成長という大きな文脈が求めてきた目標が実現し終わったわけである。

とすれば、この文脈を支えてきたベクトルも消失する。人々は生きる方向性を失い始める。「豊かさ」だけを目指してお父さんは懸命に働いてきた。お母さんは家事にいそしんできだ。子どもは勉強してきた。

しかし、その「豊かさ」という目標はリアリティを失っていった。父は働く意味を見失う。母は家事に縛りつけられる理不尽に耐えられなくなる。子どもは勉強する動機を失う。こうして家族はバラバラになる。家族というものを結合していた求心力が急速に失われたのである。

さらに地域共同体や血縁共同体も解体する。(「近代における自由と秩序の変遷⑦~70年代以降の社会的・文化的変容~」)。共同体は同質性を本質とする。村落に見られるように、何代もに渡って互いに熟知の間柄を保ち、同じ生活価値を共有し、同じ掟を守る。しかし、都市化や郊外化に伴って、異質性が人間関係の基本となっていく。故郷を後にして都会に出てきた人々は互いに見知らぬ者である。生活価値観も異なり、習慣や風習も違う。この異質な者同士が社会を形成して公共的生活を営んでいくところに近代の特質がある。

同質性の関係から異質性の関係へ。このプロセスで地域社会や血縁の分厚い絆も解体していったのである。

かくて、60年代にはまだかろうじて残っていた共同体性が消えていった。高度経済成長という大きな文脈を支えてきた価値の源泉が消失し、それゆえ、家族や血縁、地域社会に支えられて駆動されてきた高度経済成長のベクトルは無力化していった。すなわち、「豊かさ」という意味、共同体的絆という価値、両者の結びつきとしてのベクトルがスパイラル的に相互作用するなかで解体を起こし、全体として大きな文脈が縮減していったのである。

■小さな文脈の併存

では、そのあとで何が起こったのか? 大きな文脈はいくつもの小さな文脈に分裂したのである。

高度経済成長という大きな文脈においては年々豊かになることを実感できたし、それによって家族の幸せ度が増していると感じられたし、さらに言えば、日本の発展に寄与していると信じることもできた。しかし、この大きな文脈が消失したいま、残ったのは小さな文脈だけ。たとえば、会社勤めの一人の人を考えてみよう。会社で一生懸命働いても、給料も上がらず、家族の幸せにつながっている実感もあまり持てないが、しかし、仕事は仕事でまずまず面白い。家庭は、仕事とは別に、それなりに充実感を与えてくれるし、苦労もあるが楽しみもある。日本の未来なるものには関心もないが、今は学生時代の仲間とのバンド活動に結構熱中している。とまあ、こんな感じである。

つまり、仕事は仕事の文脈、家庭は家庭の文脈、友達関係は友達関係の文脈と、それぞれ小さな文脈が複数あって、それぞれに小さな価値や小さな意味がある。しかし、それら全体を統合するような大きな文脈がない。そのため、小さな文脈は互いに乖離的に併存している。緊密にはつながっていない。

この乖離的状況は、価値序列の解体を意味する。大きな文脈があれば、仕事、家庭、友人は、たとえば豊かな未来といった意味のもとに有機的に結びついて、大きなベクトルを成すであろう。そのベクトルの向こうからはたえず新しい世界が出現し、これまでなかった意味が現れるであろう。

しかし、小さな文脈が乖離的に併存する状況では、それらを結びつけるベクトルはなく、それゆえ、その彼方から現れる新しい世界もない。もちろん、新しく小さな文脈が現れることはある。しかし、それは併存する小さな文脈が一つ増えるだけのことである。中身は違っても、小さな文脈であることに変わりはない。人生や社会や国に統合的な未来を与えてくれるような新たな意味などではありえない。小さな文脈が一つ増えたところで、人生全体が大きく変わることなどないのだ。なぜなら、小さな文脈はごく限定された些少な力しか持たないからだ。

こうして一つの逆説が生まれる。小さな文脈は場合によっては次々と現れる。新しいライフスタイル、新しいファッション、新しいブランド、新しい趣味、新しいレジャー、新しいゲーム、等々。すべてはめまぐるしく変化する。しかし、人生を根本から変えるような新しさを持ったものなど一つもない。その意味では新しいものなど何もない。目まぐるしく変化しているのに、何も変わらない。人生にとっての意味という点では、どれもこれも似たり寄ったりだ。結局、手を変え品を変えさまざまなものが現れてくるように見えるが、すべては同じなのである。

このことは、実は、人間の行動を理論化するという近代における本質的事態を加速するのである。

2009年10月31日 (土)

高度経済成長という「大きな文脈」

先のエントリー(「現代日本にまで至る目的なき現状肯定の思想」)で紹介した福田和也の「混然一体」や椹木野衣の「悪い場所」の思想(佐々木敦「ニッポンの思想」)についてもう少し考えたい。

■文脈とは何か

「悪い場所」とは、「閉じられた円環」という日本に特有な生の空間のことであった。目標とと思い進んでいっても、結局それは元あった現実の別の現れに過ぎない。新しいと思っても、結局同じものの別の姿にすぎない。結局、根底ですべてのものは「混然一体」であり、あらゆるものは同じ源泉から手を変え品を変えて現れてくるにすぎない。どんなに見た目が違っても、元をたどればみな同じで、新しいものは何一つない。延々と続く同じことの繰り返し、「終わりなき日常」、それが「悪い場所」なのであった。

こことは異なる別の世界の不在。今とは異なる未来の消失。だから目指すべき方向性も生きる意味もない。

なぜこうなってしまうのか? よく言われるのは、大きな物語の消滅ということである。大きな文脈の消滅といってもいい。

文脈、コンテクストという言葉を少し定義してみよう。大きな文脈の消失と言うとき、それはわたしたちに生の方向性を与えてくれるような前提が消えるということである。ということは、文脈とはそうした生の前提のことである。

それは本質的に一定のベクトル、方向性を内在させている。そこに身を置いていれば、どちらに向かて生きるべきかおのずとわかるような方向性である。目指す目的を与えてくれる、それが文脈である。ピアニストにとっては、たとえば、ピアノへの情熱に駆られてショパンコンクールでの優勝を目指しているといことが文脈となる。

■価値と意味

この方向性を構成する要素は、大きく二つある。意味と価値である。比喩的に言うなら、意味とはハンドルで、価値とはエンジンである。(上の例で言えば、ショパンコンクールでの優勝が意味で、ピアノへの情熱が価値である)。意味は方向を指し示す。どちらに向かえばいいかを教える。それに対し、価値はその方向へ向かって人を駆動する。いくら方向を示されても、そこに価値があると心底思えなければ人は動かない。内奥から湧き上がる価値の働きがあればこそ、その方向へ向かって人は進む。価値は力である。

価値が駆り立て、意味が導く。両者のこうした連動が一つのピンと張りつめたベクトルを生み、このベクトルを中心に文脈という一つの生きる場が形成される。

文脈形成においてより決定的な役割を果たすのは価値であろう。価値が湧出しなければ何も始まらない。価値が湧出して初めて一つの生きる場が形成され始める。「価値がない」とはそもそも生きるに値する何ものもないということである。何らのベクトルをも生み出す力がないということである。

そのうえで、意味が価値とともにベクトルを形成する。ある事柄がこの方向性に合致しているとき「意味がある」ということになり、合致していないとき「意味がない」ということになる。つまり、いったんベクトルが形成された上で、その方向性に合致しているかどうかで意味のあるなしが決まる。上記のピアニストにとっては、言うまでもなく、ショパンコンクールでの優勝は大きな意味を持つ。

(以上の言葉づかいはあくまで「文脈」を定義するための便宜にすぎない。実際、意味や価値といった日本語は必ずしもこうした用いられ方をするわけではない。また、そもそも意味と価値はベクトルを介して不可分に結び付くので、区別することは難しい。実際、これまで「生きる意味」と言ってきた事態は、上の定義では「生きる価値」とも言える。そこで、「文脈」等の定義にかかわるときにのみ上記の内容でこれらの言葉を使い、他は日本語の自然な使用に従うこととする。)

■高度経済成長を支えた共同体性

さて、以上の定義をもとに、大きな文脈とは具体的に何を指しているかを考えてみよう。まず、高度経済成長期を考えてみよう。確かに、この時期は大きな文脈といえるものが存在していた。人々はたいてい社会全体が一定の方向へ向かっていることを自明なこととして了解していた。全体としては(欧米のように)豊かな社会になることが目指された。そのブレークダウンとして、各企業では飽くなき成長が目指された。さらに各家庭では欧米風の消費と生活の豊かさが目指された。もちろん例外はあろうが、多かれ少なかれそうした方向性が自明のことであった。この方向性に合致することは意味のあることとされた。カラーテレビを買うことも、マイカーに乗ることも意味のあることであった。

では、このような「意味」を生み出した「価値」とは何であったのか。高度経済成長期という大きな文脈を生み出した力は何だったのか。この問いに答えるのは要因が複雑すぎて極めて難しい。しかし、この後の議論を考慮して、一つ挙げておく。それは、「共同体性」の持つ力である。

当時は古き共同体の崩壊途上であった。と言うことはつまり、まだ古き共同体が残っていたということである。都会へ出て働くとしても、故郷には両親はもとより祖父母もいて、「辛くなったら帰っておいで」と言ってもらえた。実際辛くなって帰っても、当座の仕事ぐらい町の顔役が世話してくれた。就職するときも、両親や祖父母、将来の妻や子供のことを考えて、みんなが豊かになっていけるよう一生の仕事として職を選んだ。実際、家族の豊かさと幸せを信じて、懸命に働くことができた。

高度経済成長を駆動したのは、実際はこうした古き共同体的な絆であったように思う。地域社会や血縁の分厚い結びつきのもと、家族の幸せが素朴に信じられたからこそ、無心で働けたのだ。このような共同体的価値が「豊かになる」という目標設定を可能にし、その意味を活性化して一つの方向性を生み出し、高度経済成長という大きな文脈を形成したのである。

さて、この大きな文脈は70年代以降縮減して行った。そのことが、「終わりなき日常」としての日本というこの「悪い場所」を露わにしたと想定することができる。では、それはいかにし起こったのか?

2009年10月25日 (日)

現代日本にまで至る目的なき現状肯定の思想

先のエントリー(「本覚思想と即の思想に見る日本の本質」)で、本覚思想と即の思想の中に、目指すべき目標との距離がどんどん縮まり、最後は消滅し、結局今ここにそのままで真理が見出され、現状が肯定されるという日本に特徴的な考え方について見てきた。もちろん、本覚だの即だのと現代の日本人が意識しているわけではない。しかし、それは底流としてわたしたちの生の場に流れている。次にそれを、現代の日本の思想の中に探ってみたい。

■福田和也に見る「混然一体」の思想

そこで、佐々木敦氏の「ニッポンの思想」を参照しようと思う。この本は80年代のニューアカからはじめてゼロ年代の東浩紀に至るまで、現代日本の思想の場の展開をポイントを絞ってまとめたもので、わたしには非常に面白かった。その中で、今の文脈からして、福田和也と椹木野衣の項を取り上げる。

佐々木氏によれば福田和也の思想の核心は「日本とは空無である」という点にある。福田はやまと歌の本質として「みやび」という概念を抽出し、それを宮廷の歌舞の儀がにぎにぎしくたおやかに行なわれているさまを示すものとしたうえで、福田の言葉を引用している。

古事記を彩る神々や大王の激しく賑やかな振るまいにおいては、政治や神事、あるいは暴力や性の放埓は混然一体としており、麗しい仁政も、浮かれすぎた逸脱も、その総てが「みやび」である。倫理や人知を超えた神話や伝説の生まれる時に、この「みやび」な空間で人獣草木らのあらゆる存在が奏でる調べが、「やまと歌」である。

注意したいのは「混然一体」ということである。政治・神事と暴力・性はふつう区別するだろう。麗しい仁政と浮かれすぎた逸脱もふつう区別するだろう。もちろん、政治・神事が良くて、暴力・性はダメ、仁政は良くて、逸脱はダメ、というように区別するのである。しかし、「神々や大王の激しく賑やかな振るまい」においては、これらは「混然一体」で、区別されない。それらすべてが一つとなって、踊られ、歌われ、奏でられる。この状態が「みやび」であり、そこで歌われるのが「やまと歌」だというのである。

先のエントリーでわれわれは穢土と浄土が区別されず、色と空が区別されないという日本思想の特徴を見た。それと同じ構造がここにも見いだされれる。政治・神事と暴力・性が区別されない。仁政と逸脱が区別されない。区別しようとすれば、政治・神事の方が良い、仁政の方が善という価値を掲げなければならない。掲げればそれを目標として達成のためのプロセスを歩むということになろう。ヨーロッパ的思想はそういう構造を持つ。(佐々木氏の描く浅田彰や柄谷行人もポストモダニズムを通過しながらも、ヨーロッパ思想的区別立ての立場に立つ)。しかし、福田の説く日本の核心はそうした区別立てのない世界、一体の世界なのである。

もし、古事記の段階ですでにこうした「混然一体」が日本の本質となっていたとするなら、歴史の順番からして、仏教の方がこの本質の中で本覚思想の改変や即の思想の強調へと変質したと言うべきであろう。古事記成立の段階ではすでに仏教は確かな地歩を確立していたと思われるが、それでも、仏教は日本的「混然一体」の本質の中で元々とは異なる姿へ変貌していったのである。ならば、この「混然一体」の本質は日本にとってよほど根深いということになろう。

しかし、理念を掲げず、それへ向かって進んでいくということがないなら、一体、何を目的に生きていけばいいのか? それでは生きる意味もないではないか? そう、その通りである。だから、福田はこの本質を「空無」と呼んだのであり、佐々木氏はさらに福田がそれを「虚妄」と呼んでいることに注目している。

そこで福田は「みやび」の「家郷」である、美しく豊かなる「やまと=日本」は、しかし同時に「虚無=空無」なのだ、と言ってのけます。福田和也の「日本」観、つまり彼の「思想」の最大のユニーク・ポイントは、ここにあります。

確かに、それは虚無であり、空無である。しかし、佐々木氏によれば、浅田彰や柄谷行人はこうした日本の本質を「無の場所」や「自然=生成」として批判しているのだが、福田はそれを肯定した。現実を見ろというわけである。良くも悪くもそれが日本なのだ。抽象的な理論でいくら批判したところで、この日本という場から逃れられるわけでもない。ならば、この日本の空無と対面すべきである、と。

ここからわかることは、「混然一体」という日本の本質から、わたしたちはそう簡単に逃れられるものではないといことである。肯定するかどうかはともかくとしても、それを無視して済ますことは到底できないのだ。

■椹木野衣に見る「閉じられた円環」としての日本

こうした日本についての状況認識を引き継ぐ者として「ニッポンの思想」からもう一人、美術評論家の椹木野衣を引こう。彼は端的に「日本」を「悪い場所」と呼んでいる。佐々木氏はそれについて次のように述べている。

椹木は同書の第一章で、彦坂尚嘉のエッセイから抜き出した「閉じられた円環の彼方」というフレーズを元に、この国の美術においては、「閉じられた円環」の「彼方」をめざそうとする(つまり何らかの意味で「前衛」を志向するような)運動は、なぜか必ず、その「起源」としての「閉じられた円環」へといつのまにか回帰してしまうのだと指摘します。つまりそれは「美術史」の「展開=回転」が成立し得ないということ、いわば大文字の「歴史」が生起し得ないということです。椹木はこの「非=歴史性」を、「日本」という国に本質的なものだと論じ、それを「悪い場所」と名付けます。

この一見美術史について書かれてあることは、この後の箇所でオウム事件への言及にもあるように、結局日本全体の歴史にかかわる。「閉じられた円環」による「歴史」の不在ということは日本自体の本質なのである。

「今ここ」から、「彼方」を目指そうとする。しかし、気が付いたら「今ここ」に戻っている。結局回り回って戻ってしまう。円環である。しかも「彼方」へ突破できない以上、それは閉じている。「閉じられた円環」それが「日本」なのである。

浄土を目指して歩もうとする。しかし、結局、この現世の只中に浄土はあるという。仁政を目指して歩もうとする。しかし、結局、仁政も逸脱と変わらずこの「空無」の世界に混然一体としてあるという。わかるだろうか。つまり、本覚思想、即の思想、そして福田和也の「空無」の中に見てきたのと同じ構造が、この「悪い場所」においても説かれているのである。

そもそも、「彼方]は「今ここ」とは異なるものである。異質なものであり、その意味で他者である。今ここの現実とは明確に切断された別の世界があるからこそ、そこに目的を見出し理念を見て、一つの強力なベクトルが生まれる。そのベクトルに従って、そこを目指して進んでいくということが生じ、その果てに別世界に到達し、まったく新しいものが現れ、それによって歴史が刷新され、展開する。これがいわばヨーロッパモデルである。

しかし、日本は違う。「彼方」だと思い進んでいき、到達したと思っても、結局それは元あった現実の別の現れに過ぎない。新しいと思っても、結局同じものの別の姿にすぎない。なぜなら、根底ですべてのものは「混然一体」だからだ。あらゆるものは同じ源泉から手を変え品を変えて現れてくる。どんなに見た目が違っても、元をたどればみな同じなのだ。だから、新しいものは何一つない。それゆえ歴史も刷新されない。展開もしない。だからむしろ歴史はない。「悪い場所」とはそういう日本の本質を言っているのである。

■現在も続く「生きる意味」の不在

こうしてわれわれは現代の日本に達した。真に他者性を持った「彼方」がなく、それゆえ、そこを目指して歩んでいくということが実質的に意味を持たず、何一つ新しいものが生じず、どれだけ頑張って動いても同じところをめぐっているにすぎない。宮台真司はそれをオウム事件の時に「終わりなき日常」と呼び、あえてそれを「生きろ」と言った。また、上述書に椹木による福田和也のインタビューが引用されているが、そこで福田は、日本に生まれたことは書き換え不可能な宿命であり、その宿命性をもう一回きちんと取り上げねばならない、と言っている。

その通りだと思う。そもそもわたしは香山リカの「しがみつかない生き方」に端を発して、生きる意味を社会が提供してくれない現在をいかに生きるかを問うたのであった。そして、そもそもそうした社会の歴史的位置づけを問題にし、日本の思想をさかのぼったのであった。

その結論はこうである。「生きる意味」が供給されないという状況は何も70年代以降に始まったことではない。むしろ、日本は古事記の時代から「生きる意味(目的、理念)」など問題にしてこなかった。だが、唯一例外があった。それが、明治以降から戦後の高度経済成長期に至る欧米に追い付け追い越せの時代である。このときにはまがいなりにも明確な目標があり、それへ向けて突き進むということが行なわれた。それゆえ、国民もこの目標を共有できた。しかし、オイルショック以降、それも消失した。しかし、それは元の状態に戻ったにすぎない。何も目新しい状況に直面したわけではない。

だから、この「宿命」を受け入れて、あらためてこの「終わりなき日常」を生きるすべを考えるべきであろう。

次は、別の視点からこの生き方を考えたい。

2009年10月12日 (月)

本覚思想と即の思想に見る日本の本質

先のエントリー(「ヨーロッパ思想の根底にある目的志向」)で見たように、ヨーロッパ思想の核心には他者性(異質性)と階梯の思想がある。旧約聖書においては、神の声を直接聞いたら人は死ぬと言われるような神の絶対的な他者性が語られた。プラトンにおいては、遥か彼方の神に至るための困難ではあるが不可能ではないプロセス(階梯)が語られた。こうした思想が底流となって、今日においても、「目指すべき理念と目的を掲げ、そこへと至る最も有効な道筋を決定し、それを実行する」という合理性と戦略性が欧米の特徴となっている。そして、日本が不得意とするのは、ほかでもないこうした合理性と戦略性であり、その不得意さの背景を日本の思想の中に探りたいと思うのである。

■本覚思想

本覚思想という仏教の考え方がある。たぶん、最澄の悉有仏性説(一乗思想)や空海の即身成仏思想あたりに源を持ち、日本仏教に独特な思想とされるもので、ありのままの現実がそのままで悟りであるとする考え方である。悟りを遠い先の目標とは考えず、今現在をそのまま悟りとして肯定するのである。(つまり、理念や目的は掲げないのである)。

一般的に(とはつまり日本以外では)、仏の悟りは現世だけで得られるものではなく、幾度も生まれ変わり修業をしてはじめて到達できる遠い目標とされた。しかし、空海は現世だけで直ちに仏にになれると説いた(即身成仏)。それが可能になるのは人間がありのままですでに仏の本性を持っているからである(悉有仏性説)。現実の人間が仏としてありのままに肯定されるのである。

同様のことを浄土仏教を例に見てみよう。源信あたりの浄土仏教は極楽浄土と人間の間にまだ大きな距離があった。たとえば、念仏というのは、主に、何昼夜にもわたる苦行の末、ありありと阿弥陀仏が観想されるようになるある種の高度な精神的境地を意味した。それに対し法然は阿弥陀仏の名を称えればいいという称名念仏に決定的に力点を置いた。つまり、自力修行は不要で、「南無阿弥陀仏」と称えるだけで極楽往生できると主張したのである。ここにおいて、現世と極楽浄土との距離は一挙に縮まるのである。

しかし、称えるとしても、往生のためにはどのぐらい称えれば十分なのか。できるだけ多く称えるべきか(多念義)、それともただ1回称えればそれでいいのか(一念義)。1回で十分であると強く主張したのが親鸞である。多く称えなければならないとしたら、それがまた自力修行となる。他力こそが弥陀の本願の本質だとするなら、当然、ただ1度で十分のはずである。1度「南無阿弥陀仏」と称えるだけで、極楽浄土に往生できる。かくして、現世と極楽浄土の距離はぎりぎりにまで縮まるのである。

この距離を完全に取り去ったのが一遍である。一遍は民衆に配る「南無阿弥陀仏」のお札の下部にある時期から(熊野の示現のあと)「六十万人決定往生」と書きいれるようになる。六十万人とは「一切衆生」、つまりすべての人間という意味である。したがって、「六十万人決定往生」とは、すべての人間の往生は決定してしまっている、ということだ。誤解を恐れずに言えば、修業はもとより、念仏を唱えることさえ不要である。すでに往生は決定しているのだから。こうなると、もはや現世と極楽浄土とを区別することさえ必要なくなる。

実際、一遍は生前から阿弥陀仏の化身とされた。これは、法然や親鸞には考えられないことだ。彼らはあくまで念仏者であるにすぎず、阿弥陀仏を拝する身である。彼ら自身が阿弥陀仏であるなどという発想は逆立ちしたって出てこない。しかし、一遍は阿弥陀仏の化身と目されたのである。それは、現世と浄土との区別がほとんど消失していることの表れである。踊り念仏もいわば極楽浄土のパワーが今ここに噴出しているということであろう。浄土が今ここで噴出しているからこそ、踊躍歓喜したのである。この現世がそのままで浄土である。それが一遍の浄土思想の核心である。(もちろん、それが一遍のすべてではないだろうし、そもそも現世を極楽浄土として生きる生き方が「捨て果てて」という途方もない苦行を招くという逆説に注目する必要があるが、ここでは割愛する)。

源信においては、極楽浄土は西方の遠い彼方の目標であった。その距離が法然と親鸞で称名のゆえに一挙に縮まった。そして、一遍においてはこの距離はほぼなくなったのである。日本の浄土仏教の歴史は、現世と浄土の距離が縮まり、ほぼ消失するプロセスであったと言える。それは日本における仏教消化の一つの典型であろう。まさに本覚思想の好例がここにあるのである。ここではないどこかに掲げられた理念が消えるのだ。

■即の思想

このことから、直ちに、即の思想が導き出される。現世がそのまま浄土である、とは、また、「穢土即浄土」とも言われる。日本仏教は昔から宗派を問わす般若心経を好んできたが、そこに有名な「色即是空、空即是色」という言葉がある。「即」ということでもっとも有名なのはこのフレーズであろう。「穢土即浄土」はその一つのパラフレーズと考えてよい。

形ある世界(色)がそのままで空であり、空がそのままで形ある世界である。色とは一応わたしたちの生きているこの世界と考えていいであろう。空はいわば真の世界、実相である。ふつう、わたしたちのこの凡俗の世界から真の世界に到達しようとすれば大変なプロセスが必要と考えるが、般若心経は違う。この凡俗の世界がそのままで真の世界であり、逆に、真の世界などと言っても結局この凡俗の世界以外にはないのだ、と説くのである。

凡俗の世界と真の世界の間に距離はない。両者は一つである。「即」の思想とはこういう考え方を指す。この穢土がそのままで浄土であるというのもまさに「即」の思想である。(もちろん、凡俗の世界は文字通りの凡俗には凡俗としか見えない。そこに真の世界が見えてくるためにはやはりとんでもない修業が必要になるわけで、結局プロセス抜きには考えられない。が、そうした点については割愛する)。

■日本の底流に流れる現状肯定の考え方

以上、本覚思想と即の思想について見た。そこにおいては、目指すべき目標との距離がどんどん縮まり、最後は消滅する。すなわち一つには、ここではない、今ではない、わたしたちと隔てられた異質などこかに、目指すべき目標があるという生の構造が消滅する。いま一つには、目指すべき目標と現状との区別が消滅する。残るは、今ここにそのままで真理が出現するという現状肯定である。

ある異質な何ものかを目指して、1ステップごとに登って行くというヨーロッパ哲学思想と比べるとき、これがいかに正反対の考え方であるかわかるであろう。ヘーゲルに「精神現象学」という書物がある。感覚的確信から出発して絶対知に至る精神の運動をながながと記述した分厚い本である。これなども、上記の日本思想にすれば、「感覚的確信即絶対知」と、一言で終わってしまう。あんな太い本はまったく必要ない。身も蓋もないのである。

もちろん、現代の日本人が本覚思想だの、即の思想だのを自覚しているわけではない。しかし、それは日本列島に生まれ育った者の生の場に底流のように流れ、影響を与えていると思われるのである。そこで、次に、その底流を現代の日本の思想の中に探ってみたい。

2009年10月 6日 (火)

ヨーロッパ思想の根底にある目的志向

なぜ、わたしたち近代の人間は生きる意味や方向性を問わないでは生きられないのか。それは、ひょっとして近代の発祥の地であるヨーロッパに何らかの起源があるのではないか。そんなことを考えたのであった。(「「生きる意味」を問うのは近代に特有なこと?」)。そこで、ヨーロッパの思想について少し考えてみたい。

■ヨーロッパ思想に内在する「距離」

方向性とは、目的の存在を含意している。ここではない別のところに、あるいは今ではない未来に、目指すべき目的があって初めて方向性というものが生じる。そして、それが意味となる。この空間的・時間的距離こそが方向性の一つの本質である。

ヨーロッパ思想は、実はこの距離を担保し続けてきたとわたしは考えている。

よく言われるように、ヨーロッパ思想には2つの源流がある。ヘブライズムとヘレニズムである。結論を言ってしまうと、ヘブライズムが他者性あるは異質性にかかわる思想の源流となり、ヘレニズムが階梯にかかわる思想の源流となった。そして、この他者性と階梯こそが件の距離を担保したのである。

■ヘブライズムにおける他者性の思想

まず、ヘブライズム。膨大な旧約聖書の中で、一か所だけ引こう。申命記5・24-27である。モーセが十戒を語ったときにイスラエルの民がモーセに言ったとされる言葉である。

「我々の神、主は大いなる栄光を示されました。我々は今日、火の中から御声を聞ききました。神が人に語りかけられても、人が生き続けることもあるということを、今日我々は知りました。しかし今、どうしてなお死の危険に身をさらせましょうか。この大きな火が我々を焼きつくそうとしています。これ以上、我々の神、主の御声を聞くならば、死んでしまいます。一体誰が火の中から語りかけられる、生ける神の御声を我々と同じように聞いて、なお生き続けているでしょうか。どうか、あなたが我々の神、主の御もとに行って、その言われることをすべて聞いてください。そして、我々の神、主があなたに告げられることをすべて我々に語ってください。我々は、それを聞いて実行します。」

十戒は神がモーセを通してイスラエルの民に語った言葉である。なぜ、モーセを通してなのか? 人間が神の声を直接聞いたら死ぬと信じられていたからである。このあたりは、日本人には非常にわかりずらいのだが、そこには神に対する想像を絶する恐れがある。実際、十戒は火の中で語られた。神の声は火の中から響いたのである。その火は民を焼き尽くす火でもある。うかつに近づき、万一直接その声を聞こうものなら、火で焼き尽くされ命を落とすことになる。神と人間とはそれほどに深い亀裂によって隔てられているのである。(この点、出エジプト記19・10-22の方が詳しい。参照されたい)。

人間は神に安易に近づくことはできない。近づくというのなら、死をも覚悟しなければならない。神は人間にとって決して慣れ親しむべき存在ではなく、本質的に異質な存在であり、絶対的な他者なのである。

そもそも旧約とは古い契約のことで、それは神との契約の書なのである。この契約という考え方も日本人にはなじまない。そもそも慣れ親しんだ間柄では契約などしないであろう。手の内がわかっている仲間同士では契約は不要である。必要になるのは手の内がわからない外部の者との間においてである。つまり、異質な者、仲間でない者、つまり他者との間で初めて契約を結ぶことが必要になるのである。

村落共同体的関係性が中心であった日本では契約という考え方はあまり発達しなかった。しかし、異質者との遭遇が頻繁であったヨーロッパは契約社会でもある。そして、その原型がこの神との契約という考え方にある。

つまり、神は決して「仲間」ではないのだ。それは異質者であり、決して慣れ親しめない者であり、徹底的な他者なのである。そして、ここにヨーロッパ思想を貫くもっとも根本的な考え方の一つがある。神は人間にとって不可欠な存在である。たが、それにもかかわらず、それは決して人間社会の中に取り込むことができず、人間の外部に異質者としてとどまり続ける。このような絶対的な他者を、他者であるにもかかわらず思考と生の中心に据えなければならない、ここにこそヨーロッパ思想の一つの核心があるのである。

■ヘレニズムにおける階梯の思想

さて、次にヘレニズム。プラトンについて考えてみよう。「国家編」の中に有名な洞窟の比喩がある。真理(イデア)の認識を、洞窟という暗闇から一歩一歩這い出て最終的に明るい太陽の光に接する歩みに譬えた話である。この場合、洞窟の中が肉体にとらわれた通常の人間世界、太陽が善のイデア(要するに神)を意味している。

プラトンの場合、旧約聖書ほどに神との断絶は決定的ではない。旧約の場合には、モーセという特別な存在を介しない限り、人間にとって神との接触は死を意味した。つまり、接触不可能なのである。しかし、プラトンの場合、確かに神は洞窟から見れば遥か上方の別世界に属するものの、人が神へ至る道筋は存在しているのである。その歩みがどれほど困難に満ちていようと、一歩一歩登って行けば、神の光にあずかることは不可能ではないのだ。

ここにプラトニズムの本質がある。神との断絶は決定的ではないものの、しかし、その距離は遠い。神に至ることは不可能ではないが、その道は険しい。それゆえ、一歩一歩段階を踏んで近づいていかねばならない。幾重もの段階を踏んでようやく神に至ることも可能になるのである。

すなわち、階梯の思想である。ヘレニズム思想の中心をプラトニズムにおくとするなら、階梯の思想こそがその本質である。

■欧米的合理性の本質

かくして、ヨーロッパ思想の核心にはヘブライズムに由来する他者性の思想とヘレニズムに由来する階梯の思想があると言える。両者ともヨーロッパ思想の核を形成するが、哲学および神学の歴史を見る限り、その時々で、重心が他者性の思想に行ったり、階梯の思想に移ったりしてきたと考えられる。たとえば、アウグスティヌスは他者性の思想の方に重心があるのに対し、トマス・アクィナスは階梯の思想に重心があるといった具合である。

アウグスティヌスやトマス・アクィナスといった古めかしい名前を出したが、なにも中世に限られることではなく、この本質は現代にいたるまでヨーロッパ思想の根底に生き続けていると思われる。さらには政治家からビジネスパーソンに至るまでヨーロッパの人々の考え方の根幹に影響を与え続けている。

つまり、こういうことだ。目指すべきは今こことは異なる(異質性)別のところ、あるいは未来にある。そこへ至るのは困難であるとしても、確実に到達できるプロセス(階梯)が存在する。そのプロセスを定義し、その歩みを実行すれば、必ず目的に到達できる。

これが、欧米的な合理性の一端なのである。目指すべき理念と目的を掲げ、そこへと至る最も有効な道筋を決定し、それを実行する。これが欧米的合理性であり、彼らの持つ戦略性もここから生まれてくるのである。

実は、日本が苦手とするのは、この合理性と戦略性なのだ。

次に、そのことを日本の思想の中に探ってみたい。ちなみに、先取りして言うなら、ヘブライズム的他者性に対しては本覚思想が、ヘレニズム的階梯に対しては即の思想が対置できるであろう。

2009年9月27日 (日)

「生きる意味」を問うのは近代に特有なこと?

先のエントリー(「生きることに意味はあるのか?」)で、香山リカの「しがみつかない生き方」に関連して、生きることに意味があるか?と問うた。答えは、結局、人による、ということになろう。好きなこと(ひと)ややりたいことに出会った人は、人生に意味を感じられるだろうが、でなければ、どこからも意味はやってこない。高度成長期のように、日本全体が一つの方向性を持っていた時代とは違い、社会が意味を調達してくれることもない。生きる意味は自分で調達してくるしかない。

■70年代以降失われた「生きる意味」

少し考えてみよう。人間の歴史の中で、生きる意味を自前で調達してこなければならない時代があっただろうか? わたしたちが生きているこの社会は、過去の社会と比べて何が違うのか?

わたしは大阪万博の時に小学校6年だった世代だ。小学生の間が高度成長期。そして、中学生になって以降、日本社会はある種の崩壊に見舞われていった。60年代の革命幻想が完全に消滅したのが72年の浅間山荘事件。高度成長が低成長へ転落したのが73年のオイルショック。それまで自明であった日本社会の方向性が、急激に目指すべき目標を失っていったのである。

意味とは方向性のことである。意味があるとは、生きる方向が明確で、かつ希望があるということだ。意味がないとは、生きる方向があいまいで、どちらに向かっていけばいいかわらかず、よって希望が見えないということだ。日本社会は70年代以降、急速に意味を、方向性を失っていった。

おそらく、わたしの世代は、思春期に「生きることに意味などない」と知らされた最初の世代であろう。

だが、この問題は考えている以上に根深いと思う。おそらく、「わたしの世代」などという言葉で片付けられるようなことではない。日本列島上で営まれてきた歴史の中に深く潜行してきた問題だと思う。

■そもそも明治以前の日本は?

そもそも、高度成長期とは戦後復興に端を発する日本の再近代化であったが、考えてみればこの「先進国に追いつき追い越せ」という動きは、何も戦後に始まったことではない。戦前も日本は「一等国」をめざして駆り立てられてきた。日清戦争に勝ち、日露戦争に勝ち、「一等国」の仲間入りと小躍りし、列強との競り合いの中でついには敗戦に向かって突き進んでいったのではなかったか。さかのぼれば、明治期の富国強兵、殖産興業以来、日本は戦前も戦後もひたすら「列強」、つまり欧米諸国の仲間入りを目指してきたのだ。

欧米諸国に追いつき、そして追い越すこと。ただそれだけが日本の「方向性」と意味を支えてきた。結局、そういうことではなかったか。

とすれば、明治以前はどうだったのか? 日本列島に生きる人々にとって方向性とか意味はどのような姿をとっていたのであろうか?

こう考えると、ひょっとして、生きる意味とか方向性といった問題は、近代に特有なものではないかという疑いが生じてくる。なぜなら、前近代の共同体社会では生きることの何であるかは自明なこととして共有されており、誰も事あらためて問いはしなかったと考えられるからだ。

■前近代における「生きる意味」

親孝行をし、自らも子孫を残し、村のために尽くし、死ねばご先祖のもとへ逝く。それは多くは自明なものであったろう。もちろん、こうした生き方に反す者もいただろうが、そうした者は共同体から排除されただろうし、少なくとも、この生き方そのものが根底から疑われることはなかったであろう。

実際、「なぜ親孝行をしなくちゃならないんだ」とか「なぜ、結婚しなくちゃならないんだ」といった物言いは近代に特有なものであって、こうした個人主義的な理性使用は前近代のものではないのである。

とすれば、あえて生きることの方向性が問題になり、それを問わないではいられないというのは近代人の宿命といえるかもしれない。しかし、そうだとしても、前近代に戻れるわけでもないのであってみれば、わたしたちは、生きる意味と方向性に取りつかれた者として生きる以外ないであろう。

しかし、考えてみれば、近代とはそもそもヨーロッパに端を発するものである。とすれば、意味や方向性もヨーロッパに何らかの源を持つのではないだろうか。実際、ヨーロッパでは日本とは事情が異なり、前期代においても意味や方向性の原型となるものが脈々と受け継がれてきたと思われるのである。

次はその点について考えたい。

2009年9月13日 (日)

生きることに意味はあるのか?

香山リカの「しがみつかない生き方」がベストセラーになっている。わたしも、新聞広告にあった「<勝間和代>を目指さない」にひかれて読んだ。「本当に「無趣味」はおすすめか?」等で書いたが、キャリアを磨いてビジネス上の成功を目指すといった生き方を一義的に奨励する言説にはどうも違和感を感じる。その象徴としての<勝間和代>。それを「目指さない」と言う。興味をひかれた。

■生きることに意味はない?

第6章には「仕事に夢をもとめない」というのもある。「夢をめざせ」といった煽りが横行する中で、ポイントを衝いている。同感である。(たとえば、「なぜ「好きなことを仕事にしよう」と言われるのか?」)。

だが、この本を読んでいてさらに本質的な次元について考えさせられた。第9章の「生まれた意味を問わない」である。わたしには、これこそが本書で最も根本的な次元でないかと思われる。仕事に夢を求めることはもとより、恋愛にすべてを捧げようとするのも、自己PRをして他者に認められようとするのも、白黒はっきりつけようとするのも、子どもにしがみつくのも、お金第一になるのも、結局、生きている意味が欲しいからではないのか。何でもいい、自分の人生に意味があると思いたいからではないのか。

いま、日本列島に暮らす人々にとって、もっとも一般的で広範な問題は、この「生きている意味が見当たらない」というとではないだろうか。

「生きることに意味があるか?」と問うたとしよう。(こんなややこしい問いを問わなくて済む人は幸せだ)。さて、その答えは?

答えがこれほど自明で、しかも言うのをはばかられる問いというのも珍しいのではないかと思う。あまり大きな声では言えないが、当然、答えは、「ない」、であろう。

「あるわけないじゃないか、生きる意味なんて」ということだ。しかし、何と言いにくい回答か! 世の中には本当のことを言ってはいけないということもある。こうしたこともあまり声高に言わないほうがいいのだろう。しかし、香山リカはあっさりと言ってのける。「なぜ生まれた価値、生きる意味が必要なのか」と。

彼女はこの本全編を通して、ひたすら、生きる意味を求めるな、そんなこと求めるから何かにしがみつかなきゃならなくなる、で、苦しくなる、病気になる、やめたほうがいい、生きる意味なんていらないじゃないか、と語り続けているように感じられる。

しかし、その言葉にすんなりと従える人はどれだけいるだろうか?

■自前で調達しなければならなくなった「生きる意味」

「生きることに意味などない」という言い方には、少し解説がいる。私見では「意味がない」というのは、社会が生きる意味を提供してくれないということを指している。昔、高度経済成長期という時代があった。そのころは、会社で働いているだけで日本の発展のために尽くしていると思えた。現に、本当に日本はどんどん豊かになり、生活環境はみるみる良くなった。社会に帰属しているだけで生きる意味を感じられたのである。

ところが、そんな時代も終わり、特に90年代には平成不況の暗闇の中で方向性が全く見えなくなった。どっちに希望の光があるのか全くわからない。働いても働いても、どこへ向かっているのか、この先に良いことがあるのか、そもそも日々の苦労に何か意味があるのか、まったく見えなくなった。社会が生きる意味を供給してくれなくなったのである。

とすれば、意味は自分で調達する以外ない。実際、自分で調達することに成功した人たちもいる。その代表が「好きなことを仕事にした」人であろう。小さいころから動物が好きで好きで、猛勉強の末獣医になった、とか。昔から機械いじりが大好きで、工学部を経てエンジニアになった、とか。今は天職だと思っています、といった具合である。こうした人たちは確かにいる。彼らは仕事に喜びを見出し、生きがいを感じ、それゆえ生きる意味を見出している。生きる意味は、社会が供給しなくたって、自分で調達できているのだ。

だが、これは思うようにコントロールできることではない。子どものころ動物を好きになったのは、意図してではないだろう。いわば、気が付いたら好きだったということに違いない。特に動物好きでもない人が、計画的に動物好きになって獣医になるなどということはできまい。

つまり、「好きなことを仕事にする」ことは意図的、計画的に達成できることではない。とすれば、それは、ほとんど偶然に巡り合う以外ない、ということになる。子どものころたまたま子犬を飼って動物が好きになったといった具合で、たまたま何かのきっかけで思いもよらずそうなる、といったことが必要になる。ということは、その「たまたま」が訪れない人には永遠に「好きなことを仕事にする」ことはできない。好きなことを仕事にできない人は、これはもう、どうしてもできないのである。

敷衍して言えば、生きる意味の調達は偶然のめぐり逢いによるのであって、その僥倖が訪れない人は、永遠に生きる意味を調達することはできないのだ。

■「生きる意味」格差社会

かくして、いわば、「生きる意味の獲得格差」とでも言うべき格差が生じる。生きる意味を調達できた人は、ポジティブに希望を持って生きがいある人生を歩んでいける。しかし、調達に失敗した人は、生き方が定まらず、居場所がなく、空しく、だから、香山リカが言うように、何かにしがみつき、一歩間違えばメンヘルになる。

いまは経済格差が深刻だと言われる。しかし、実は、この「生きる意味」格差のほうがよほど深刻ではないかと思う。生きる意味がない、方向性がないという事態こそがいまの社会のもっとも根本的な次元に横たわっている。そのことを知っておくことは重要だと思うのである。

2009年9月12日 (土)

生活の切実さと政治的関心

政治的・社会的問題に関する関心は、豊富な情報によって喚起されるか? 残念ながらそうはいかないのであった。なぜなら、情報は、それだけでは何ものでもないからだ。それがまさに政治的・社会的問題として姿を現すかどうかは、わたしたち一人一人が身を置く文脈にかかっているのである。(「政治への関心を生むのは生活の文脈」)。では、わたしたちの文脈がどのようになれば、それは姿を現すのであろうか。

■情報と知識という文脈

まず、国民の多くは政治的なものに本質的関心を持っていないという仮定に立ってみよう。すると、わたしたちが身を置く文脈には政治的問題を出現させる前提がさしあたってない(あるいは希薄である)ということになる。とすれば、政治的なものを活性化させるような文脈はいかにしてもたらされるかが当面の問いとなろう。

まず、そうは言っても、情報や知識の豊富さは重要な文脈となる。なぜなら、豊富な情報や知識が、政治問題を理解する基本的リテラシーを形成し、向上させるからである。

たとえば、現在の地方補助金が霞が関のひも付きで、無駄な出費の元凶の一つだと知ることにより、地方自治を巡る改革がなぜ言われているのか、その一端を理解することができるであろう。あるいは、戦後の再配分からネオリベ、さらにブレア政権的第三の道という世界的な流れを知ることにより、小泉ネオリベ以降の日本の政治を理解するといったこともあろう。

政治に関して豊富な情報や知識を得れば得るほど、現今の政治状況を理解しやすくなり、それが理解できればさらに文脈が豊かになって新たな知識や情報を得やすくなる。こうしたいわば解釈学的循環によって、わたしたちの生活圏に政治的なものがより一層入りやすくなるのである。

確かにこうしたことは否定できない。必要なことでもある。しかし、それで十分か? 答えは否である。なぜなら、情報も知識もそれだけでは「政治的なもの」にはなり得ないからである。政治的なものは単なる情報や知識とイコールではない。しかるに、情報や知識はどこまで行っても情報・知識にすぎない。情報・知識のレベルでどれだけ文脈が豊かになっても、それで政治的なものが出現するわけではないのだ。

■情報・知識と切実さの結合

では、何が政治的なものを出現させるのか? それはわたしたち一人一人の生活におけるある種の切実さであると思う。たとえば、年額約30万円の子ども手当てが支給されるという話を聞いたとき、子どものいない夫婦や成人した夫婦にとっては、別段意味のないおしゃべりと感じられるかもしれない。しかし、二人目の子供ができて、少ない収入でどうやって育てていけばいいのかと思い悩んでいる夫婦にとっては、それはこの上もなく大きな意味を持つであろう。

それぞれが生活の中で置かれている状況、それこそが「文脈」となる。苦しさ、希望、不安、夢。そうしたものが生活の中には深く浸みている。それがまさに「文脈」なのだ。

そうした「文脈」が政治に関する情報とある瞬間に結びつく。その時その情報は、ほかでもないまさに「政治」としての姿を現すのである。それは単に情報・知識レベルの理解ではない。むしろ、わたしの生活を変える何ものかとして出現するのである。

その「文脈」は人によって違う。どの情報がどの「文脈」と共振するのか、人それぞれである。同じ情報も、さまざまな「文脈」と呼応しながら、多様な意味を持つことになろう。同一の「政治的なもの」も、「文脈」に応じて、少しずつ違った姿で現れることになろう。しかし、いずれにせよ、そのとき「政治的なもの」は、各人の生活に重大な意味をもって出現し、生活を変容し、駆動していくことになるのである。このとき政治はわたしたちの生活圏に実際に侵入し、わたしたちと不可分のかかわりを持つことになるのだ。

情報・知識レベルの「政治」が無意味だというのではない。このレベルで文脈が豊かになり、「政治」に対する理解が深まることは極めて重要である。しかし、それもこれも、まず「政治的なもの」がわたしたちの生活を捉えていてこそ意味があるのである。それがなければ、単に知的な遊戯にすぎないであろう。

わたしたちの生活的文脈と政治的情報が呼応したとき、それを見過ごさないことが重要である。何気なく通り過ぎるに任せるではなく、確かに呼応したことを自覚的に捉え、自分の生活にとってどのような意味があるのか顧慮するのである。そのとき、その政治的情報はわたし自身の政治的問題として現れてくるであろう。

そして、政治的問題が生活圏に侵入してきたことにより、情報・知識レベルで政治的リテラシーを豊かにしていくことへ動機づけられて、次第に普遍的な政治課題に目が開かれていくことになろう。いま日本が民主主義を獲得していくためには、こうした生活に立脚する接近が不可欠であると思うのである。

 

2009年9月 5日 (土)

政治への関心を生むのは生活の文脈

わたしたちは日々の生活に精一杯で、政治に対して本質的関心をなかなか持てない。生活圏が内閉化しているため日本全体の問題や世界の問題が入り込んでこない。そこに、民主主義の危機がある(「「近代的個人」になれない日本人と民主主義の機能不全」)。しかし、本当だろうか? テレビをつければキャスターが何やらしゃべっているし、コメンテーターと言われる人たちもいろいろ教えを垂れてくれている。新聞でもネットでも情報は山ほどある。「入り込んでこない」どころではない。わたしたちは広範な問題にいつでも触れることができる。

■文脈に依存する情報

そう、情報はあるのだ。もちろん、記者クラブ制度によって肝心なところがそぎ落とされた情報かもしれない。しかし、何もないわけではない。

しかし、情報によって日本や世界の問題に触れる、これはこれで本当か? 情報を目にしただけで、政治的問題に触れたことになるのか?

それを考えるにはまず情報とは何であったかを確認しておく必要がある。

「情報の二面性、事実と解釈」で書いたように情報はそのままで事実というわけにはいかない。情報はデータから成るが、そのデータは確かに事実に立脚する。少なくとも事実かどうか検証の対象となる。だから、情報も一面は事実を表している。しかし、他面それは一定の文脈からなされた解釈と言わねばならない。

「情報分析とは何か? まずデータとは?」で見たようにデータといえども、データを集めるという行為が前提となる以上、すでに解釈が入っている。まして情報はその本質部分は解釈なのである。

ポイントは、「文脈」にある。70年安保闘争ぐらいまでは社会を見るのにいわば「神」の視点があるかのような幻想があったと思う。マルクス主義を中心として、知識人は絶対的な正義を体現していて、彼らの語ることはそのまま現実を忠実に写していると思われた。情報はそのまま現実であった。しかし、72年の浅間山荘事件などによりこうした幻想は解体し、知識人が「神」の視点など持ち合わせていないことが露わとなった。彼らにも何らかの「文脈」があり、特定の視点に立っていることが理解されてきたのである。

人は常に何らかの文脈の中に組み込まれている。どの文脈に属するかによって、同じデータがまったく違う「現実」を浮き彫りにすることもある。立つ視点、立場の違いが同じ事実からまったく異なる現実を引き出すのである。よく言われる例であるが、デモのとき、デモ隊の側から襲ってくる機動隊を写すのと、機動隊の側から突進してくるデモ隊を写すのとでは、同じ事実でありながら、まったく正反対の政治的メッセージを持つことになるのである。

発信する側だけではない。情報を受け取る側も文脈によって左右される。そもそも、受け手も何らかの特定の文脈に属している。その文脈が受け取った情報を何らかの仕方で変容させる。言い換えれば、受け手は受け手で情報を再度解釈するのである。もちろん、解釈と言っても、情報に含まれてもいないことを無理やり引き出すことはできない。景気指数が悪化していると言っているのに、好景気だ、と解釈することは不可能である。しかし、景気指数が悪化しているということ自体をどう捉えるかはさまざまである。

情報リテラシーが一定ある人なら、そもそもこの指数が何を代表していて、どの程度景気実態を反映しているのか等、批判的に評価するかもしれない。あるいは、売り上げの大半が中国に依拠していて、国内の景気にほとんど左右されないような業種の人にとっては何の重要性もない情報だが、国内市場に100パーセント依存しているような業種の人にとっては死活を決する情報だ、といったこともあろう。つまり、属している文脈によって同じ情報でも、その意味や価値、信頼性といったものが大きく異なるのである。

■文脈こそが政治的関心を左右する

ということで、話を元へ戻そう。情報がこうしたものであるなら、日本や世界の政治的・社会的諸問題の情報が日々さまざまなメディアを通して入ってくるというとき、実際には何がもたらされているのか?

それは、文脈によって左右されるのである。選挙前の話になるが、たとえば、世論調査の結果、自民党の支持率が大きく下がり、民主党は上がったという情報を得たとしよう。さて、どんな反応が想定されるであろうか。とにかく今までの体制がいいと信じ切っている強烈な自民党支持者であれば、不安や落胆に捉えられるかもしれない。しかし、政権交代の切望する熱烈な民主党支持者であれば、小躍りして喜ぶであろう。

あるいは、支持政党はないが、ゲームを見るように政局を観察してきた人であれば、早速分析と予想にいそしむかもしれない。ビジネスの関係で景気動向に関心を持っている人なら、民主党の景気対策を調べにかかるであろう。しかし、特に政治に関心がなく、その必要性もない人なら、その情報は右からら左へ素通りするであろう。

情報自体に固有の価値があるわけではない。それを受け取る人の文脈によってその価値はさまざまに変容するのである。重要なのは文脈である。

とすれば、政治が真にわたしたちの生活圏に侵入してくるべきであるとするなら、わたしたちの属する文脈はどのようなあり方を持つべきなのか。わたしたちの文脈のどのような点に注視すれば政治との本質的かかわりが生まれるのか。

2009年9月 3日 (木)

「近代的個人」になれない日本人と民主主義の機能不全

「日本で本当に民主主義が可能なのか?」で書いたように、わたしたちの生活は内閉化し、断片化されているため、(つまり、関心が極端に偏ってしまうため)、わたしたちは「政治」的な問題に本質的な関心をなかなか持てない。政治的関心が持てないわたしたちというのは、近代が想定していた「個人」とは何か別のものだ。トクヴィルが聞いたら、こんなの、個人じゃない、というだろう。言いかえれば、わたしたちは、近代の民主主義が想定した個人にどうしてもなれないのである。しかし、それはなぜだろうか? たまたまか? それとも何か不可避な理由があるのだろうか?

■「普遍的理性」の使い手としての個人の退潮

カントが言う個人の眼目は、古き共同体から自立している点にある。なので、古いしがらみや利害から離れて、普遍的な理性を行使できるのである。確かにわたしたちも古き共同体から自立していると言えよう。いや古き共同体を失い、自立へと余儀なくされていると言ったほうがいいかもしれない。まあ、いずれにせよ、多くの場合、古き共同体内部で生きているのでないことは確かだ。

しかし、だからと言って、その代わりに普遍的理性の使い手になっているかと言われれば、いささか疑問である。なぜなら、普遍的理性なるものが、すでに自明ではなくなっているからだ。

ちょっと抽象的な話になるが、哲学を引き合いに出そう。20世紀の哲学は、ひたすら「普遍的理性」の素性を暴きたててきた。誰でもいいが、たとえばヴィトゲンシュタインを考えてみよう。前期ヴィトゲンシュタインは確かに普遍的理性に相当する思想を展開した。言語と世界の構造が一致している(写像理論)がゆえに、言語は世界を確実に指示できる(直示的定義)と考えられた。(逆に、世界との写像関係を持たない言語は無意味である)。

しかし、後期になってヴィトゲンシュタインは、こうした直示的定義による言語使用は単に多くある言語ゲームのうちのひとつにすぎないと考えた。宗教的な言語使用も、詩的な言語使用も、科学的な言語使用も、それぞれ対等な言語ゲームである。そのうち科学的な言語ゲームだけが特権的優位性をもち、他の言語ゲームを支配するということは正当化できない。単にゲームの規則が異なるだけで、特定の言語使用を絶対化する理由はない。

とすれば、「普遍的理性」(理性的言語使用)をすべてを支配する特権的能力と考えるわけにもいかない。それゆえ、「普遍的理性」の使い手としての個人は必ずしも自明ではないのである。

ならば、共同体も失い、「普遍的理性」に頼るわけにもいかないわたしたちは、どのような事態に立ち至るのか?

■共同体=普遍性の喪失と民主主義の危機

しかし、考えてみれば、日本にあっては、そもそも欧米的な普遍的理性などはじめから本質事ではなかったかもしれない。むしろ、日本においては共同体こそが一定の普遍性を担保してきたのではないだろうか。共同体においては子ども、親、兄弟、親類、先祖、また地域集団の人々など、一定の範囲の人々と価値観を共有することになる。この共有された価値観こそが入れ子状に広がって行って、一定の社会的「普遍性」を構成するのである。

とすれば、共同体を失うことと普遍性を失うことはイコールである。では共同体=普遍性を失った人間はどうなるか? 断片化する以外ないのである。

その意味で、わたしたちの生活圏の断片化は不可避である。過去において、兄弟、親、祖父母、親戚、隣近所、といった広範な結びつきの中で統一性を保っていた自己は、いまや、マンションや新興住宅地のような互いに素性のわからない環境で、自らのうちに、核家族的生活のうちに内閉化しがちである。

また、会社においても、高度経済成長期までは、日本の発展のために働いているといった大きな物語と接続していたのに、いまや、目の前の顧客と日々の生活へ目をやるのに精一杯で、自分の会社や業務に内閉化しがちである。

自分の属する共同体や日本の発展といった大きな世界との接続を切断され、家庭にしろ、仕事にしろ、趣味にしろ、隣近所にしろ、さまざまなものが断片化し、偏重化している。この内閉性は、狭い世界に閉じこもって外の広い世界に開かれないというわたしたちの抜きがたい傾向を助長する。そのため、日本の政治をどうするとか、世界の金融危機をどうするかなどという、広範囲な問題は迂遠なものとして生活圏に入り込んでこない。

そもそも、いわゆる欧米では、自生的共同体が解体して行っても、何らかの仕方で普遍性や公共性への接続が重要視され、そのための努力がなされる。(たとえば、アメリカのアソシエーショニズムによる組織的相互扶助)。しかし、日本では、共同体の解体といっしょくたに「普遍性」まで解体し、残るのは日常生活への内閉化だけなのである。そのため、本質的な政治的関心が生まれず、民主主義が機能しないのではないか? と思うのである。

では、この危機にどのように対処すればいいのか。

2009年9月 2日 (水)

日本で本当に民主主義が可能なのか?

選挙の結果は不思議なぐらい予想通りの民主党圧勝であった。しかし、大方の論調は、民主党への積極的支持というより、とりあえず自民党に退場してもらうための方便ということのようである。で、民主党がどの程度やるのか、お手並み拝見、ということなのかもしれない。

■わたしたちは政治に主体的関心を持っているか?

しかし、それってどうよ、と思う。一応、日本が民主主義国家であると仮定しよう。というか、民主主義国家であることを望んでいると仮定しよう。その場合には、「お手並み拝見」はなんぼ何でもマズかろう。民-主-主義は、民-観客-主義ではない。デモス(民衆)によるクラトス(支配)=デモクラシーは、民衆自身が支配することを意味している。よって、主役は民衆、国民である。政党(この場合、民主党)ではない。政党は国民のエージェントにすぎない。

だが、そうは言っても、わたしたち国民は、それほどまでに政治に主体的関心を持っているだろうか?

どうも「NO」と言わざるをえないように思われる。もちろん、わたしの個人的な感触にすぎない。統計数値があるわけでもない。たぶん、以前と比べれば少しは関心度が上がっているかもしれない。しかし、それでもわたしたちの関心が本当に「政治的関心」と言えるレベルのものなのか、心許ないのである。

日々の気晴らしで、芸能人に関心を持つ。スポーツ選手に関心を持つ。で、ついでに漢字も読めない首相の動向にも関心を持つ。さらに、自民党がどうも野党になるみたいだといった話にも興味を持つ。といった具合で、確かに関心がないわけではないかもしれない。しかし、こうしたものを「政治的関心」とは到底言えないと思うのである。

■なぜ、政治的関心が薄いのか?

ということで、わたしたちは大筋において「政治的関心」が薄いとしよう。とすればそれはなぜか?

人はまず何に本質的関心を持つのだろう? というか、何をおいても関心を持たざるを得ないものは何だろう? 当然身近なものだと思う。家族のこと、仕事のこと、隣近所のこと、等々。日々の生活に直結するがゆえに、待ったなしでかかわりを要求されるからである。

こうした日常の領域を面識圏とか触知圏とか言う。顔見知りの範囲、実際に手触りを感じられれる範囲ということであろう。 実際に顔が見える、手触りがある、だからこの領域は圧倒的な存在感がある。

子どもの進学のこと、住宅ローンのこと、来週の会議のこと、今月の売り上げのこと、等々、常に私たちの関心を鷲づかみにして止まない。しかも、日々の関心は、そうしたいろいろな問題に支配されてしまうため、そこから外へなかなか向かっていけない。

その限りわたしたちの生活は内閉化していると言える。さしあたっての関心に捉えられるあまり、より広範な環境から切断され断片化されている。さらに断片化された中でも、その時々によって今は今月の売り上げのことで頭がいっぱいというように、特定の関心に偏重しがちである。

こうした状況で、はたして政治に対し本質的な関心を持つことができるだろうか?

■近代的個人の消失と民主主義の危機

トクヴィルが19世紀のアメリカの民主主義に見出した個人主義とは、古き共同体的価値にとらわれない、理性によって自立した個人であった。すべてを自分で考え、自分で判断する。こうした個人像はおそらく近代の民主主義を支える基本的人間像になったように思う。

カントが公共性について、普遍的で公共的な関心を持つ個人を前提としたのも同じ点を言っていると思う。民主主義には公共性が不可欠であるが、その前提となこるのは、利己的な利害を超えて、普遍的に理性を使用できる個人の存在なのである。(ちなみに、ここで言う公共性とは「公共の場ではモラルを守りましょう」といった「公共」ではない。民主主義が集団的決定を下すために人民の意見を一つに集約するための仕組みのことを言う)。

しかし、そんな個人像が信じられたのは遠い昔のことのように感じる。ハーバーマスを信奉しているような知識人ならともかく、わたしたち一般の人間にとっては、そんな個人になどなかなかお目にかかれないのである。 それはわたしたちの知的レベルが低いからか? たぶんそうなのであろう。しかし、会社でもまわりは大卒ばかりだし、仕事ぶりを見ても一定の知性は持っていると映る。それでも低いというのであれば、たぶん日本の教育システムに致命的な欠陥があるのであろう。

いずれにせよ、わたしたちはそうした個人像からは程遠いと言わざるを得ない。自らの面識圏、触知圏へと断片化されてしまうがゆえに、普遍的関心をなかなか持ち得ない。特定の利害関心に偏重してしまうため、公共性が視野に入らない。近代民主主義が想定した個人はわたしたちの姿ではない。

こうして、わたしたちの生活の中には「政治」が侵入してこない。政権交代が起こり、いよいよ新たな時代が始まるというときにこんなことを言うのもなんだが、これではまともに民主主義は機能しようがない。では、どうすればいいのだろう?

2009年8月23日 (日)

日本の政治に欠落している「理論的であること」

「高速道路4車線化に見る古き政治体質」で自民党の何ら変わることのない政治体質を指摘したうえで、これはそもそも日本の文化土壌や政治意識の問題ではないのか? と問うた。このエントリーで問題にしたのは、政策の首尾一貫性、民主主義の実効性、適切な目的-手段の設定、全体最適のガバナンスの4点であったが、あらためてこれを見てみると、思い浮かぶのは「理論的である」ことの欠如への問いである。

■「理論的である」とはどういうことか

一言で言えば、日本人のとる政治行動には「理論的である」ことが欠けているのではないか? ということなのである。

いったん掲げた政策が知らないうちに変わっている。定められた政治制度とは別のところで物事が進んでいく。本当に必要な目的が設定できず、有効な手段もとれず、ただなし崩しで既定事項が進められていく。全体の方向性とは関係なく、部分の都合だけで意志決定がなされる。

こうしたことは、要するに「理論的である」ことの欠如ではないのか? では「理論的である」とはどういうことなのか、まずその確認をしてみよう。

簡単なモデルを提示しておこう。バートランド・ラッセルは存在者を「もの(thing)」と「概念(concept)」に分けた。「もの」は固有名で呼ぶことのできるもので、「概念」は述語や関係である。つまり、まず「もの」があって、それが性質を付与されたり、相互に関係づけられたりするのである。

たとえば、「花」、「ミツバチ」、「蜜」といった「もの」があるとする。(正確には固有名ではないので「もの」ではなく、むしろクラス概念と言うべきだが、そうした詳細な議論はここでは必要ないので素通りする)。で、それらから、「この花は赤い」とか、「ミツバチは花から蜜をとる」とか、「ミツバチは蜜を養分とする」といった命題が構成される。つまり、「もの」が述語づけられたり、関係づけられたりすることにより、命題が成立する。

命題はまた命題同士で関係づけられる。その中で一番重要なのが推論である。ある命題が前提となり、別の結論と呼ばれる命題が導き出される。「ミツバチは花から蜜をとる。だから、ミツバチは蜜を養分としている」といった形である。もちろん、ミツバチが蜜を収集しているからといって、それを養分としているかどうかは決められないので、この命題は観察によって検証される必要がある。

要するに、「もの」同士が結び付いて命題となり、命題同士が結び付いて推論となり、推論が集まって理論的なものを構成する。簡単にいえば、まず最小単位となる「もの」があり、それが相互に関連付けられて全体としての理論を構成するのである。理論的なものとは大筋こうした構造を持っていると考えられる。(たとえば、ヴィトゲンシュタインにおいてなら、同じことが、「名」→「要素命題」→「命題世界」となる)。

しかし、こうした理論的連鎖を考えるとき、重要な点がある。それは、この理論的なものの構成は、入れ子構造、あるいはピラミッド構造を持っているということである。前提-結論連鎖は、元をさかのぼれば出発点となった根本前提に逢着するはずであり、それを究極の前提として理論的なもの全体が成り立つのである。論理実証主義では経験的検証が根本前提となるし、プラトン的論理構造では究極的概念が根本前提となる。

つまり、理論的なものは根本前提という最終審級を何らかの形で持っているのである。それは究極原因であったり、究極目的であったりするが、ともかく全体を束ねるような結束点を持っているのである。確かに、アリストテレス的論理学と比べ、フレーゲ・ラッセルに端を発する現代論理学は、対象世界から属性や関係といった論理的次元を引き離し、ピラミッド型構造をはく奪し、よほど世界をフラット化したと言えるが、しかし、理論的なものが何がしかの最終審級によって束ねられるという構造を持つという点は変わらないのである。

■理論的に破たんしやすい日本人

とすれば、理論的であるとは、常に最終審級への強い志向を維持しながら、そこへ至る連関の筋道の上を忠実に運動することだと言える。その筋道からはずれることは、非理論的と言わねばならない。まして、それらを束ねる最終審級への志向が機能しなくなったり、そもそも最終審級自体が知らぬ間に消失したりするとするなら、それは理論的であることの破たんを意味する。

そして、まさに日本人はこうした理論性の破たんに陥りやすい傾向をなぜか持っているように思われるのである。上記の自民党的政治体質はその格好の例である。

あれほど大々的に掲げた構造改革(究極目的)がほとんどまともな説明もなく知らぬ間に消散してしまう。定められた民主主義の制度(つまり決められた理路)がありながら、それとは別の動機づけ(癒着関係)に従って行動してしまう。地方零細業者の救済という課題に対し、究極的な目標も、本当に有効な手段も設定できず、ひたすらその場しのぎの対策に陥ってしまう。道路族は道路のことしか考えられず、国全体として真に目指すべき目標を完全に見失ってしまう。

これはたぶん、単に自民党が特別バカだといったことではないと思う。戦前の軍部の暴走と戦略性のなさなどを考えても、どうも日本列島に生まれ育った者たちの抜きがたい傾向であるようなのだ。

■単なる道具としての理論性への無理解

では、理論的であることはそんなに偉いことなのか? 哲学の文脈で言えば、実は最終審級があるなどと考える人は今どきいないだろう。論理実証主義が主張したような最終的前提としての検証は、たとえばハンソンの観察の理論負荷性、クーンのパラダイム理論、クワインの存在論的コミットメントや全体論など、徹底的な批判にさらされた。観察や経験は常にすでに何らかの理論があって初めてお膳立てされるのであって、いかなる理論的前提によっても汚されていない無垢な観察・経験などありえない、というわけである。

純粋な経験的検証にたどり着いたと思ったら、それ自体すでに一定の理論を前提としていた。そこでその理論をさらに純粋な経験で検証しようとしたら、それも理論的前提を持っていた・・・。というわけで、結局理論はいつまでたっても確定しないのだ。

ならば、究極的なものを常に問題にすることなどに、何の意味もないではないか。そもそも、小難しい哲学を持ち出さなくとも、「究極的なもの」に意味がないことなど、多くの人が感じているのではないか。欧米の政治家が究極目的があるかのごとくに振舞うのは無意味ではないか。一見バカに見える自民党的振舞いのほうが本当ではないのか。

確かにその通りかもしれない。しかし、それでも理論的に振舞うとするなら、それは戦略的な道具として十分に使えるからだ。そして、この一点が日本人には分かっていないように思われるのである。

理論的であることが絶対の価値を持つから理論的に振舞うのではない。理論的であることなど、所詮限界があるし、疑わしいし、場合によっては眉唾ものである。それ自体が根っから素晴らしいわけではない。しかし、それは、一定の方向へ向かって自国の舵取りをするのに、あるいは国際関係の中で他国に勝ち、国益を図るのに、十分に役にたつ道具なのだ。

■「理論的である」という道具を活用すべし

ならば、その道具を使えばいい。自国の利益のために十分に使いこなせばいい。アメリカにしろ、ヨーロッパ諸国にしろ、おそらくこのことを十分にわきまえている。首尾一貫していること、原理原則に従うこと、ビジョンを掲げること。こうしたことの価値を素朴に信じ込んでいるのではなく、他国との闘争のための、あるいは自国の統治のための、パフォーマンスと心得ているのである。

日本人は残念ながらこうした芸当ができないのだ。今の時点でどこが政権を取るかわからないが、民主党が政権を取ったとして、いま必要なのはこの芸当なのだ。なぜなら、国民は国家としてのビジョンを求めているように思われるからである。この先どうなるかわからない。3年後は? 5年後は? 10年後は? まさに不安が蔓延しているように思われる。そんなとき必要なのは、「10年後、日本はこんな国になろう!」というビジョンであり、そこへ向けた適切な手段の選択であり、ぶれのない首尾一貫性なのである。それがおそらく希望を生むのだ。

これから日本が本気で民主主義をやろうというのであれば、「理論的である」という道具を使いこなすことは不可欠であると思うのである。

2009年8月15日 (土)

「かけがえがない」ということ

「やりたいことが何もない」というとき、どうすればいいのか。実は、「やりたいことをやる」ということの背後には、「かけがえのなさ」を求める思いがあるのではないか。ならば、もう少し広い視野で「かけがえのなさ」について考えてみる必要があるのではないか。「「やりたいこと」の脆弱さ」でそう述べたのであった。

■あらためて問われる「かけがえのなさ」

そもそも「やりたいこと」とは、人間が継続的に行う行為・行動の対象について言われている。しかし、「かけがえのなさ」はそれだけに限定できるものではない。むしろ、それは、人間関係などについて言われることのほうがよほど多いであろう。

かけがえのない親子関係、夫婦関係、恋人関係、等々。たとえば、必ずしも「好きなこと」を仕事にしているわけではないが、かけがえのない家族がいるという場合、その人は十分に生きる意味を感じられるであろう。あるいは熱中できる趣味があるわけではないが、恋人といる時間が何よりも充実しているという場合にも、生きるに十分な喜びがあろう。

なぜ「好きなことを仕事にしよう」と言われるのか?」で、社会的共同体の機能消失について書いた。70年代以降、夫婦関係や親子関係の自明性が急速に失われ(母になるってどういうこと? 子供らしいってどういうこと? 等々)、それが90年代の企業における終身雇用・年功序列の解体とあいまって、社会全体で共同体を形成する機能が急速に弱まった。それに伴い、かけがえのないのが当たり前であった関係が、必ずしもそうではなくなった。

共同体の本質は自明性だ。共有している価値、そこで与えられる役割など、成員全体を支える土台は共同体においてはふつう疑われない。親になるとは、夫になるとは、子供であるとはなど、考え方から振舞い方まで疑問の余地のない規範があって、みな暗黙のうちにそれに従う。しかし、共同体的機能が低下していくとき、この規範が自明ではなくなる。親になるってどういうこと? 夫婦ってどういうこと? すべてが問いの対象になる。それに答え、一定の根拠を見出さなければ、どう考え、どうふるまっていいかわからなくなる。

だから、お互いがかけがえのない関係であることも、問いの対象になる。共同体的規範の内部にいる夫婦は、自分たちの関係についてことさら問う必要はない。しかし、その共同体的機能が衰退した状況においては、夫婦関係は必ずしも共同体が設定してくれないので、自分たちで構成していかねばならない。よって、かけがえがあるにしろ、ないにしろ、自分たちの関係がどういう状態なのかがたえず反省とチェックの対象となる。「空気のようなものだ」ではすまないのだ。お互いの関係がかけがえのないものかどうかが問われるのはこうした文脈で、だ。

夫婦に限らず、自分たちで関係を構築し、そこから自己責任で喜びや充実感を引き出さねばならない。ここに現代の人間関係のしんどさがあるように思われる。そうした状況の中で「かけがえのなさ」もケースバイケースということになる。

■それでも大切な「かけがえのなさ」

かくて「好きな仕事」を探すことが一つの独立のテーマになるように、「かけがえのない関係」を見つけることも一つの大きなテーマとなるのである。

だが、このことはまた、「かけがえのない関係」を見出すことが、コントロールできないものであることを暗示している。恋愛関係を考えたらわかるが、本当に「かけがえのない」相手を得られるかどうかは、結局のところ、そういう相手と出会えるかどうかにかかっている。そして、出会いは、一定の方法に沿って手続きを踏めば確実に得られるといったものではない。出現するときは望むと否とにかかわらず出現するし、しないとなればいくら望んでも出現しない。出会いがある人はあるが、ない人はない。

しかし、それでも「やりたいこと」よりも「かけがえのないもの」のほうがずっと広い射程も持つことに変わりない。かけがえのないのは人間関係だけではない。人間関係を中心として、たとえば、かけがえのない場所、かけがえのない物、かけがえのない思い出など、人生を彩る様々なものが「かけがえのないもの」となる。「やりたいこと」もそのうちの一つである。「かけがえのなさ」こそが人生の意味の根幹にあるといってもいいのではないか。

だから、「やりたいこと」を探すことだけに固執しないほうがいい。「自分にはやりたいことがない」と思い悩むことはない。それよりも、自分の人生に「かけがえのないもの」を増やしていくことのほうが大切だと思う。

もちろん、上に書いたように、「かけがえのなさ」も自由に作れるわけではない。しかし、それはコントロールはできなくとも、ある種の誘発はできるのである。

たとえば、初めて子供を持った母親。最初、どうしていいかわからず、マニュアル本を読み、母親教室に通い、子育てを始める。子どもはどの子でも大筋同じ。だから、マニュアル本のやり方でやってみる。しかし、そうして子育てを続けているうちに、自分の子供がマニュアル通りいかないことが見えてくる。あれこれ試みる中で、独自と言っていい関係性が育ってくる。母であるとはこういうことだったのか、子とはこういう存在だったのか、あらためて固有の実感が生まれる。こうして「かけがえのなさ」に達するのである。

仕事も同じだ。「やりたいことを仕事に」などと大げさに考えず、とりあえず与えられた仕事をしていく。最初は業務マニュアルに沿って誰でもやれる仕方でやり始める。それを繰り返していくうちに、自分なりの工夫が芽生える。誰もやっていないようなアイデアを仕事に盛り込んでいく。仕事に自分固有の内容が浸透していく。こうしてそれは「かけがえのない仕事」になるのある。

日々の生活の中で当たり前のようにやっていることに「かけがえのなさ」を見出していくこと。それはもちろん、自由に思うどおりにできることではないが、しかし、そういう方向へいろいろなことを誘発していくことはできるであろう。そういうことが人生の意味を生み出していくのである。

2009年8月12日 (水)

「やりたいこと」の脆弱さ

「好きなこと」「やりたいこと」に理由はない。それはいわば、何かに憑依されるような感じだと書いた。(「「仕事」の外という世界」)。しかし、このことについてはもう少し公平に考えておかねばならない。「好きなこと」や「やりたいこと」を必ずしも絶対視することはできないからだ。

■本当にそれが自分の「やりたいこと」?

そもそも、「これこそ自分のやりたいことだ」というのは何によってわかるのか? 

たとえば、こんなことはないのだろうか。誰かに勧められてやり始め、やっていくうちに結構面白くなって「これこそ自分のやりたいことだ」と思うようになる。が、そのうちつらい目に遭ったり苦しい思いをしたりして気持ちも冷めてきて、結局人にあおられてそう思い込んだだけだったと気づく、といったことである。

とするなら、いったん「これこそ自分のやりたいことだ」と思ったとしても、その気持ち自体、当てにならないということになる。「ひょっとして、そうじゃないかもしれない」という可能性につきまとわれることになる。

では、どうすればいいのだろうか? その気持ちが確かであることは、どうすればわかるのか?

■たえず問い続けるしかない

それをあらかじめ検証する方法などあるまい。あえて言うなら、「この気持ち、本当か?」と問い続けることだけが、唯一の確認方法であろう。なぜなら、それを客観的に定義することは誰にもできないからだ。

誰かが当人の外的な行動をつぶさに観察したとしても、それでその気持ちの本物度を証明することなどできはしない。せいぜい、個人的心証として「たぶん本物だ」と言えるにすぎない。あるいは当人の話をいろいろ聞いたとしても同じである。個人的に心証は得られても、客観的に証拠立てることはできはしない。いや、そもそも当人にしても、「やりたい」という力に捉えられているだけであって、それが客観的に定義可能な原因に基づいていると思っているわけではない。

人がどう言おうと、わたしを捉える力が湧き出してくる、それがすべてだ。否定されようと、肯定されようと、無視されようと、その力の湧出だけがすべてを決する。逆にいえば、どれだけ多くの人が勧めてくれようと、その力の湧出が欠如すれば、すべて無である。

力の湧出に依拠する。だから確かだとも言えるし、不確かだとも言える。だが、少なくともそれを確かだと感じ続けるためには、その力の湧出に対して問い続ける必要がある。この「やりたいこと」を本当に続けてもいいのか、後悔しないか、人生不利にならないか、気持ちは変わらないか、誰かにあおられているだけではないのか、等々。「やいたいこと」にとって反証となるようなあらゆる問いを投げかけてみるのである。で、それでもどうしても「やりたい」というのであれば、その限りでその気持ちに従う以外ない。文字通り、それ以外の選択肢がないからである。

こうしたことを繰り返し、その力を感じ続ける限り、「やりたいことをやる」ことは継続する。結局、そういうことであろう。

■そもそも「やりたいこと」がないときは?

この関連で、もう一つ重要なことがある。それは、そもそも「やりたいことがない」というケースである。以前から何度か言っているように、「やりたい」に理由がない以上、「やりたい」を引き起こす定義可能なメカニズムもなく、したがって、それを人為的に発生させることもできない。3か月間、あるマニュアルに沿って一定の手順を踏めば誰でも「やりたいこと」が出てきますというようなものではない。

わたしを捉える力が何も湧出しないというこの欠如は、さしあたってどうしようもない。しかし、「やりたいことがない」ということで悩んでいる人が多いのも事実ではないかと思う。どうすればいいのか。

わたしは、もっと間口を広げる必要があると思う。そもそも「やりたいこと」がもつ意味とは何なのか。それは、ある種のかけがえのなさだと思う。たとえば、どんな仕事でもいいというのではなく、この仕事でなければならないというかけがえのなさこそが「やりたい仕事」の本質を形成するのではないか。Aでも、Bでも、Cでも何でもいいというのではなく、これでなきゃだめなんだというとき、ひとはそこに何にも代えがたい価値を感じるのである。こういうかけがえのなさに意味を感じるからこそ、ひとは「やりたいことをやる」ということに固執するのである。

しかし、「かけがえのなさ」は何も「やりたいこと」だけにかかわるのではない。「かけがえのなさ」自体はもっと広い射程を持つ。これについてもう少し広く考えてみる必要がある。

2009年8月10日 (月)

アマチュアの時代

前のエントリー(「「仕事」の外という世界」)で、アマチュアについてあらためて考えてみるべきと書いた。確かに、仕事の中で危機やリスクに直面しながら苦労して成果を上げることの達成感や充実感はもちろんわかる。わたしもITを生業にしている者として、仕事に真剣に取り組むことの喜びは知っているつもりだ。わたしのIT関係のエントリーはそれを書きとめようとしたものだと言ってもいい。しかし、それだけが生きることを濃密にする唯一の方法かと言えば、そうではないと思うのである。

■プロとアマチュアの違い

仕事には、クライアント(顧客、ユーザー)が不可欠である。クライアントの要望に応えて「なんぼ」の世界である。自分が楽しむことは第一義ではない。このクライアントとの関係から危機もリスクも苦労も生じる。いくらがんばっても、クライアントが「ダメ」と言ったらそれまでだからだ。プロである以上、クライアントに「ダメ」と言われたら終わりなのである。逆に、クライアントから評価されれば、達成感や充実感が生まれる。それがプロというものだ。

それに対して、仕事の外部においては、クライアントは存在しない。まずは、自分が楽しむことが第一である。楽しむと言っても、チマチマした喜びを言っているのではない。クライアントがいない以上、自分の内から湧き上がってくるエネルギーに忠実に身をゆだねることができるということなのだ。思うがままに、思う存分打ち込む。ここに仕事外の土台がある。

確かにそこには、クライアントの要望に応えられた時のような達成感や充実感はないであろう。むしろ、そこから生まれる充実感は別種のものである。では、それはどのようなものなのか?

■無根拠こそが生きる「意味」を生み出す

何かに取りつかれるとき、そこに合理的理由などない。あるミュージカル俳優のように、小学校4年の時に「キャッツ」を見て、その虜になったというとき、合理的に説明できるような理由などない。気が付いたら虜になっていた、そういうことだ。あえて言えば、運命だとか、宿命だとかいうことになるのだろうが、それはつまり、合理的理由がないということの言い換えにすぎない。

この理由のなさ、根拠のなさ、無根拠さこそが、驚くべき力を生む。根拠のあることが強力で、無根拠なことは無力であるというのは嘘だ。むしろ、逆。根拠のあることは合理的に反論され、根拠をひっくり返されたらそれまでだ。理由や根拠に基づくことは、つねに反論され反証される危険にさらされている。

根拠の存在がこうした脆弱さをまとっているとするなら、根拠の不在こそが不倒の強さを持つことになる。なぜそれほどミュージカルがやりたいのかと訊かれて、なまじ特定の理由など言ったら、「そんなことでこんな無謀なことをしようとするのか。やめたほうがいい」などと説教されかねない。しかし、「とにかくやりたいものはやりたいのだ」と言い続けたなら、結局のところ、誰も彼を止められないだろう。

この無根拠こそが生きる「意味」を生み出す。「わけもなくやりたい」ことのもつ絶対性は誰も侵害しようない。「何と言われようが好きなのだ」という絶対的な力の噴出は、動揺や不安や空虚とは無縁なのである。こうしてはじめて、疑いようのない生きる意味が出現するのである。

■これからのアマチュア

ある人が仕事外で音楽をやっているとする。心の向くままに作りたい曲を作り、少数であるが熱心なリスナーもいる。音楽仲間もいる。仕事外だけに経済的利害は一切なく、ただ音楽について語り合い、一緒にプレイする。誰一人「なぜこんなことをやっているんだろう?」と問う者はいない。つまり理由を求める者はいない。理由などない。みんな、わけもなく楽しく、自由で、充足しているのである。

このようなおのずとあふれ出てくる力は、仕事という領域に限定することはできない。仕事の外部、仕事との亀裂からも、止めようもなく噴出してくるのである。このような可能性を低く見積もってはならないと思う。確かに、これまで、一定の納得のいく水準に達するのはプロで、アマチュアは所詮下手の横好きだと思われてきたであろう。いくら好きだの何だのと言っても、レベルが低ければつまらないじゃないか、やっぱり高いレベルへの到達感、充実感を得ようと思えば、プロしかない、というのが大方の考え方かもしれない。しかし、そうした常識を覆すような人たちもすでにいるであろうし、今後ますますそなっていくであろう。

70年代以降、人々の欲望を生み出すのはメディアであり情報であるという事態がますます顕著になってきた。人々に欲望を植え付け、欲望させ、消費させる、そうしたメカニズムがはっきり見てとれるようになってきたのである。ボードリヤール的な消費社会は、腹が減ったから食べ物を買うといった素朴な欲求充足から、人為的に形成された欲望が消費を生み、消費がさらに欲望を肥大化させるという仮想的な無限ループへの転換を前提としている。そこには欲望の無反省な画一化と際限のない差異化、多様化の奇妙な同居がある。

音楽で言えば、青山テルマが売れれば、同じような歌い方や曲調が市場に広まるというトレンドの画一化と、CDショップでは到底手に入らないようなニッチな曲がネットで手に入るというマニアックな細分化とが同居しているのである。実際、ロングテール化したネットは、細かく差異化した好みにも応えてくれるし、SNSなどによってリアル社会では到底出会えないような同好の士を見つけることもできる。

こうした時代おいて、メジャーとはいったい何なのか。おそらく、メジャーは画一的トレンドの生産にひたすら従事するしかないであろう。しかし、音楽好きは自らの感性と好みでどんどん多様化していくに違いない。とすれば、トレンド化された音楽を思う通りに消費してくれる人々の数は減らざるを得ず、そのため、現在すでに構造不況業種となっている音楽業界は今後ますます苦戦を強いられていくに違いない。

つまり、音楽のプロはその存在価値を低下させていかざるを得ないのである。逆に、少数の人によって支えられる多様化した領域は、むしろアマチュアの活躍の場になり得る。多様化し細分化した領域ではもちろん採算がとれず、食えない。そこはプロの世界ではない。つまりアマチュア固有の領域である。しかし、それは音楽のレベルが低いことを必ずしも意味しない。なぜなら、差異化した領域であるがゆえに、その世界でのリスナーの耳は肥えているであろうし、常に濃密な批評が繰り広げられるであろうからだ。

とすれば、アマチュアの中からこそ、とんでもない才能が生まれるかもしれない。その才能はトレンドとは相容れないためにメジャーにはなれないであろう。しかし、聴く人が聴けばその水準は抜群に高い、そうしたことがあり得るのである。

以上は、音楽を例にとったが、それは他の領域でも当てはまるのではないだろうか。

これが、わたしの考えこれからの時代のアマチュア像だ。村上龍の言う「真の達成感や充実感」(「本当に「無趣味」はおすすめか?」)はプロだけのものではなくなるであろう。

2009年8月 2日 (日)

「仕事」の外という世界

人間は機械ではない。とはありふれた言い方だが、ついそう言いたくもなろう。自己の情報化とマネジメント化。自分自身に関する情報を参照し、成長と変化のための計画を立て、自己をマネジメントすべし。(「仕事はなぜキツいのか」)。しかし、そのシステマチックなマネジメントサイクルにどうしても自らを組み込みきれない自分がいる。その運動に入り込めず、外へ投げ出される自分。いわば企業との、仕事との亀裂。

■仕事との亀裂

この亀裂が一定以上になるとき、村上龍が「仕事」について言うような、リスクや危機感の中で成果を出し達成感や充実感を味わうといったことは、望むべくもないということになる。

自分のやっている仕事は「本当にやりたいこと」なのだろうか? 「好きな仕事」なのだろうか? 「本当にやりたいこと」だ、「好きな仕事」だとなぜ言えるのか? そう思い込もうとしているだけではないのか? もしそうなら、思い込みを続けるというのも大変なことだ。そんなふうに自分をモチベートし続けるのも並大抵ではない。なぜなら、そうモチベートし続けなければならない理由が、実は、ないからだ。

思えば、「やりたいことをやる」というのは現代の憧れである。今日、人もうらやむ特権階級は、「やりたいこと」をやっている人たちであろう。生きる意味は、社会システムが供給してくれない以上、自分で調達する以外ない。それに成功した人たちが「やりたいこと」をやっている人たちである。なせなら、「やりたいこと」「好きなこと」は、かろうじて生きる意味といったものを供給してくれる数少ないものの一つだからである。

しかし、それに成功する人はむしろ少数派であろう。多くは自分を鼓舞し、動機づけ、これこそ「やりたいこと」だと思い込もうとするが、成功しない。それでも仕事で高いパフォーマンスを出すために自分をマネジメントし続けねばならない。疲れるのである。鬱にもなろうと言うものだ。これが仕事との亀裂となるのである。

■理由などない「やりたいこと」

しかし、考えてもみよう。この亀裂はそんなにダメなことなのか? あってはならないことなのか? むしろ、この亀裂の中からこそ、何かが生まれてくるのではないか?

そもそも、一つ大きな疑問がある。なぜ、「やりたいこと」を仕事に見出さねばならないのか? 仕事以外でもいいではいか。そこで、村上龍が「老人のものだ」と言い切る「趣味」に注目する必要が出てくるのである。

もともと「やりたいこと」の本質は自明性にある。なぜそれをやりたいのか、結局理由などない。やりたいものはやりたいのだ、としか言いようがない。つまりそれがやりたいということは自明なのだ。

それゆえ、「やりたいこと」との出会いは、いわば理由もなく現れる。あるミュージカル俳優の話を聞いたことがある。彼は小学校4年の時に、親に連れられて「キャッツ」を見た。そのとき、「これだ! これしかない!」と思ったのだそうだ。小学校4年である。何か合理的理由があったわけではない。突然捉えられたのだ。まるで憑依のようなものである。

理由がないがゆえに、それを人為的に起こすことはできない。しかし、確かにそういうことは起こり得る。突然出現するがゆえにコントロールはできないが、止めることもできないのである。出現するときは、やはり出現すのだ。

■「好きなこと」は仕事だけではない

そこで、この出現ということについてさらに考えてみよう。すると、それを仕事にだけ限定することは不可能であることがわかるであろう。なぜなら、出現に理由がない以上、仕事にだけ現れて、それ以外では現れないと断ずる理由もないからだ。それは、仕事の外部、仕事からの亀裂においても出現しうるのである。

その大きな理由の一つは、プロになることは幸運と偶然に大きく左右されるからだ。村上龍は趣味は老人のものだと断じた後で、「好きで好きでたまらない何かに没頭する子供や若者は、いずれ自然にプロを目指すだろう」という。確かにそうかもしれない。しかし、目指したとしても、実際にプロになれるのは一握りだ。特に芸能、芸術、スポーツといった分野は宝くじ的確率であろう。「好きで好きでたまらない」ことは、プロになることの保証にはならない。

では、プロになれなかったらどうするのか? 知り合いの息子が音楽でメジャーデビューを目指していて、30歳までやらしてくれと言っているのだそうだ。30歳になったらキッパリ音楽をやめると。え?と思って聞き返したが、やっぱり音楽自体をやめて就職すると言う。なんで、音楽をやめるの? メジャーデビューだけが音楽を続ける方法か? 好きでやっているんだろう? どんな形でも続ければいいではないか? とわたしは思うのである。

■仕事の外部に噴出する「好きなこと」

何かよくわからない勘違いがあるように思える。どうしてプロにならなきゃ続けられないのか。mF247というサイトがある。アーチスト登録すればだれでも自分の曲を配信できる。もちろん、100万ダウンロードというわけにはいかない。100ダウンロード、500ダウンロードといった調子である。しかし、たとえ、500人でも自分の曲をダウンロードしてiPodとかで聴いてくれるなら、それだけでも曲を作り続けるには十分ではないだろうか。曲を通して500人の人とつながれるのだ。

実際、本当に音楽が「好きで好きでたまらない」なら、プロになれなかったという程度の理由でやめられるはずがない。音楽がこのわたしに憑依し、否応なくわたしを突き動かすとするなら、どうしてその力を抑え込むことができるだろうか。

かくてその人は音楽を「趣味」にすることになる。もちろん、彼は老人ではない。たとえ仕事ではなくとも、真剣に音楽をやっている。なぜなら、何百人かの人たちが彼の音楽を聴いてくれるから、そして音楽仲間たちがいるからだ。仕事は別にある。プロではない。しかし、仲間と一緒に音楽をやり、何百人かの人がそれを聞いてくれるとき、確かに彼の人生の一時一時は満たされるのである。

仕事は、現代の巨大な機能システムへの不断の同化を要求してくる。この同化の力との間に亀裂が走るのも不思議ではない。が、この亀裂の中から、機能システムの力とは異質な力が噴出してくるということは、あり得ることなのだ。それを「趣味」と呼ぶなら呼んでもいいが、実際にはそんなかわいいものとは限っていない。それは仕事内部よりもはるかに強烈な力であることもあり得るのである。機能システム的なマネジメントのタガがはまっていないだけに、とんでもない噴出をすることもあり得るのだ。もちろんその噴出は広く一般に理解されるようなものではないかもしれない。所詮数百人にしかわからないかもしれない。しかし、はっきりしていることは、その噴出はだれにも止められないということなのだ。

もしそうであるなら、そもそもアマチュアというものの定義を変える必要があろう。

2009年7月26日 (日)

仕事はなぜキツいのか

仕事においては、常に一定の機能を果たすように要求される。そして、そのためには自分をマネジメントしなければならない。(「なぜ「好きなことを仕事にしよう」と言われるのか?」)。では、自分自身をマネジメントするとはどういうことか。

■自己情報のデータベース化

自分をマネジメントする際にも必要なものは情報である。自分をマネジメントするための情報? それはどんなものか。

たとえば個人特性分析というものがある。コンピテンシー分析と言ってもいい。筆記検査等により各人の仕事上の成果に対する能力適性を分析するのである。あるいは人事考課の能力評価において上司が職務上必要とされる能力レベルを評価する。こうした情報はたいていの場合データベース化され、本人もいつでも参照することができる。こうした情報に基づいて、自分の特性と現状の能力レベルを認識し、どこをどのように成長させていけばいいか、そのためにはどのような研修を受け、自己啓発をすればいいか、自分で計画を立て、実施するのである。

さらには、自分のモチベーション状態を日々チェックするといったことも、企業によっては行われる。いくつかの項目について毎日の心理状態や意識レベルなどを記録していき、その変化によって自分の内的状況を認識し、常に高いモチベーション状態を維持できるように自己コントロールするのである。これらの情報も、コンピューターを使ってやる場合には、当然データベース化されることになる。

日々の業務の進捗なども、日報等の形で記録し、チェック・アクションしていくことなどは、いまさら言うまでもない。

このように、自分自身についてのさまざまな情報が記録され、データベース化される。各人は、必要な時にそれを参照して、自分自身をマネジメントしていくことになるのである。それはすべて、常に高いパフォーマンスを要求されるからなのである。

■データベースによる監視と求められる高パフォーマンス

しかし、いまひとつ考えておくべきことがある。データベース化された自分自身の情報は当然会社側も見ることができる。人事部であったり、上司であったり、経営層であったり。日頃から、あるいは何かあったとき、さらには昇進や昇給に際して、常に参照され得る。つまり、不断に会社側から監視されているということなのである。高いパフォーマンスを出し続けるためにデータベースから自分の情報を参照するが、同時に同じデータベースを通してそうした自分の行動は常に会社側から監視されているわけである。

そんなことは当たり前だ、と考えることもできる。特に現実に高いパフォーマンスが出せる人であれば、それにかかわる自分の情報が会社側から常に参照可能であるとしても、別段問題ないかもしれない。

いや、優秀であればあるほど、むしろ参照してもらったほうが好都合であろう。わたしは、村上龍が言うような、リスクや危機感の中で成果を出し達成感や充実感を味わえる人間というのは、まさしく、こうした高いパフォーマンスを出せる人だと思う。

確かに高いパフォーマンスを出せる人も、常にリスクに囲まれているであろう。いや、高いパフォーマンスを目指すがゆえに、多くのリスクを負うことになろう。そのため、時に絶望したり失望したりすることもあろう。しかし、その中で高度な成果を出し、大きな達成感と喜びを味わうことができるなら、それはそれでOKである。そういう人は自己の情報化とマネジメントという現代的状況の中でも立派にやっていけるのである。

しかし、わたしが問題にするのは、お世辞にも高いパフォーマンスを出せるなどとは言えない多くの人たちである。自分自身をうまくマネジメントできず、そのためなかなか成果があげられない。その状況の中で、同時にそれが会社側にも監視され、評価されている。そのことがもたらす精神的プレッシャーはそれ相応のものである。その中で滅入ってしまえばさらに成果が出せないから、自らをモチベートしようと躍起になる。が、そうすればするほどうまくいかず減り込んでいく。

そして、こうした悪循環の中で思うのである。「これは自分が本当にやりたかった仕事だろうか?」と。「自分にはほかにもっと合った仕事があるはずだ」と。そして、会社を辞め、フリーターになって、「本当にやりたい仕事」を探すことになる、というわけである。

こうした事態をいったいどう考えればいいのであろうか。

2009年7月18日 (土)

なぜ「好きなことを仕事にしよう」と言われるのか?

「好きなことを仕事にする」。そこには2つのタイプがあろう。1つは、本当に好きなことを仕事にしている人。いま1つは、「好きなことを仕事にする」という脅迫観念に追い立てられている人。この2つのタイプを区別しないと話がややこしくなる。

■「好きな仕事」という強迫観念

本当に好きなことを仕事にしている人。アーチストや芸能人、起業家、ある種の職人さん、等々。そこまでいかなくても、例えばわたしなんかも、結構好きでITをやっているので、そのレベルぐらいまでは入れてもいいのかもしれない。

そういう人はそれでいい。そうしたタイプは村上龍が言うように「多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中」で、「真の達成感や充実感」を得ることができるのであろう。しかし、こうした人たちがあるべき規準型のように言われるとき、話がややこしくなってくる。どう見積もってもそれは少数派だからだ。

「やりたいことを見つける」というのは、事の本質上、コントロールできない。マニュアル通りやれば半年で見つかる、といったものではない。いつ見つかるとも知れぬものを延々と待ち続ける。結局、いつまでたっても見つからないというのが大半であろう。

では、「好きなことを仕事にする」など、やめればいいではないか。そう年長者は思うであろう。しかし、この強迫観念はそう簡単には止められないのである。

「本当に「無趣味」はおすすめか?」ですでに書いたように、現在、就職は共同体的意味を失いつつある。70年代ぐらいまでは、就職は結婚し、家庭を持ち、豊かな人生を形成していく基盤として、社会的共同体全体への参与を意味していた。ところが、特に90年代以降、年功序列と終身雇用の崩壊に伴い、就職してもいつ職を失うかもわからず、低賃金で結婚もできず、将来の見通しもたたず、就職の共同体的意味は解体していった。そして、就職は個人的問題に集約されてしまうことになったのである。それが、「好きなことを仕事にする」なのである。

たとえ辛くとも、家族のために、将来の豊かな生活のためにがんばるんだ、といった動機付けは今や困難である。がんばって働いたって、結婚もできない、子どもをまともに学校にもやれない。まして老後なんてどうなるかもわからない。じゃ、それでもがんばって働くとしたらなぜなのか? 好きな仕事だから、というわけである。

したがって、納得して働き続けるためには、何としても好きな仕事を見つけねばならない。でなければ、こんな大変なこと到底続けられない。しかし、話は元へ戻るが、好きな仕事を見つけることは、思うようにコントロールできることではないのだ。

■仕事における共同体機能の消失

しかし、そもそも考えてみよう。なんでそんなに働くことはつらいのか? 確かにいま職場で鬱などメンヘルになる人が増えているという。働くことは昔から辛かったのではないか。それとも今に特有な問題でもあるのだろうか。

この点も共同体的なものの希薄化と関連している。70年代ぐらいまでなら、企業に就職することは、ある種ベルトコンベアーに乗ることを意味した。新卒はみな横並び。受ける研修はもとより、昇給のタイミングも同じ。昇格も係長ぐらいまでは同じ年齢。管理職以上はある程度の差は出るものの、しかし、みなそこそこ豊かな生活ができるぐらいの給料はもらえる。要するに会社の方針に沿って無難に務めあげれば、定年まで保証されたのである。企業は一種の共同体的機能を持っていたのだ。

しかし、90年代以降、企業はこうした共同体的機能を失っていった。市場の流動化とグローバル化の中で、企業も絶えず変化しなければならない。市場ニーズの変化に対応して常に新たなアイデア、新たな商品が求められ、またグローバルな労働市場との競争の中で人件費の圧縮が避けられなくなる。非正規雇用の増大とともに、社員といえども安定性を失っていく。常に変化を求められ、また、高度な機能を要求される。誰でもできるようなことは非正規雇用で十分。社員は高度な専門性と柔軟さが不可欠となる。それが果たせなければ、明日はない。そんな切迫感に日々さらされることになるのである。

企業共同体に覆い包まれ、安心して働ける。そんな時代はとうに過ぎた。むしろ、各人それぞれが要求される機能を必死になって果たし続けなければならない。入社したての社員でも、セルフマネジメントを求められる。要求される機能を果たすために自分自身をマネジメントしなければならないのである。

しかし、自分をマネジメントしていくとはどのようなことなのだろう?

2009年7月17日 (金)

本当に「無趣味」はおすすめか?

村上龍氏の「無趣味のすすめ」が話題になった。広告にも出ていた有名なくだりがある。

だから趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。・・・略・・・。真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。つまり、それらはわたしたちの「仕事」の中にしかない。

■そんな「仕事」にどれだけの人が就けるのか?

力のある言葉だ。そこには人生の意味を感じさせる何かが示されている。自分を脅かすものに直面しながらも、人生を揺るがす何かと出会う。リスクに身を曝しながらも、真の達成と充実を得る。リスクを取らなければ生きるに値する人生は手に入らない。そして、それは仕事の中だけにある。

だから、趣味はいらない。「無趣味のすすめ」というわけである。

だが、ひとつ、どうしても感じる疑問がある。そんな風な「仕事」に就けている人がどれだけいるのか? 

2対6対2の法則を思い出す。組織論などで言われることで、簡単に言えば、組織を引っ張っていく層が上位の2割、そのリーダーについていく平均的な層が真ん中の6割、後の2割は組織のお荷物という法則である。

村上龍が言うような人は、どう考えても上位2割の人々であろう。いや、その2割の中でもさらに上位かもしれない。なにせ、「仕事」を通して「人生を揺るがすような出会いや発見」を得るというのだ。相当なレベルである。

企業にいるとヒシヒシと感じるが、巷間称揚されるような、自らビジョンを描き、自分のキャリアパスを自分で切り開いていくようなタイプの人間は、そうごろごろいるわけではない。そうした人間は上位の2割に集中する。真ん中の6割は笛を吹かれればようやく踊るといった状態で、笛を吹かれても踊りもしないとなると下の2割になる。

しかし、「人生を揺るがすような出会いや発見」を得られる「仕事」をしているとなると、上位の2割の中でもさらに経営層など一握りに限られるのではないだろうか。あとはフリーで仕事をしているような人たちで、やはり小さいながらも「経営者」である。いずれにせよ、一般的なことではない。

■「やりたいこと」という袋小路

村上龍がこのおおよそ一般的とは言いがたい1タイプを特に「すすめ」るのはなぜだろうか。わたしの印象で言えば、「小説家だから」ということになる。小説家は何と言っても特殊な職業だ。彼が「限りなく透明に近いブルー」で華々しくデビューしたときのことを今でも思い出すが、あのような特異な仕方で社会との関係を取り結んだ人が、こうした1タイプをまるで誰もが目指すべき基準パターンのように思っているとしても、確かに不思議はない。

実際、「13歳のハローワーク」で村上龍は「好きなことを仕事にする」ということを称揚していた。本当に好きなことを仕事にできたなら、確かに「人生を揺るがすような出会いや発見」を得ることも難しくはないであろう。その意味で彼の主張は一貫しているとも言える。しかし、「好きなことを仕事にする」という幸運に恵まれる人間が、そもそもそう多くはない。むしろ、こうした「あおり」を受けて、多くの若者が空回りしてうまく社会に入っていけないという事象が発生しているようにも見える。

非正規雇用問題を解説するつもりはないが、フリーター問題で「やりたいこと」に固執する若者がよく取り上げられる。「やりたいこと」をするためにフリーターをしている、のではない。「やりたいこと」を”探すため”にフリーターをしているというのである。しかし、「やりたいこと」を確実に見つける方法論などない。よって、それはいつ見つかるかもわからず、実際はほとんどの場合見つからない。しかし、「やりたいこと」を探すことは肯定されるべきこととして事の全体を正当化する。で、いつまでもフリーターから抜け出られない、というわけである。

■「やりたいことを仕事に」という思い込み

これは、若者の責任といった話ではない。わたしが学生であったころ、70年代ぐらいまでは、まだ就職は単に個人の問題ではなかった。当時は終身雇用で、就職は一生ものであった。だから、結婚し、子をなし、家族を形成し、両親にも孫の顔を見せ、社会の中に自らを組み込む、その第一歩だったのである。それは社会という共同体に組み込まれることそのことなのであって、個人だけの問題にはならなかった。むしろ、「やりたいこと」を願う「個人」を捨てて就職したのである。

80年代以降、特に90年代に入って、こうした産業共同体とでも言うべきありかたは急速に希薄化した。終身雇用は崩壊し、年功序列も骨抜きにされていった。そのため、いつ雇用を失うかわからず、雇用を維持したとしても、年収は一向に上がらず、結婚も家庭形成も思うように望めなくなった。子どもができても、まともに学校にやるお金もないなら結婚などできないのである。かくして、就職の持っていた共同体的意味は崩れていく。

残るのは? 個人である。「やりたいこと」を仕事にする。自分のやりたいこと、自分に向いていること、それだけが就職へ向けた唯一の頼み綱になる。

しかし、そうそう「やりたいこと」などうまく出てこない。大体、企業の内情などろくに知らないのに、そこで何がやりたいかなどと言われても、わからないだろう。しかし、面接のときには聞かれる。「あなたは当社でどのようなことがしたいですか?」と。

そこで、あとは適当にでっちあげるしかない。いや、でっち上げとわかっていてでっち上げる若者はまだしも見どころがある。多くの若者は、無理に自分でこれがやりたいと思いこもうとする。

こうした状況の中で、村上龍のような人が「好きなことを仕事にしよう」と言い、仕事の中にこそ「人生を揺るがすような出会いや発見」があると言うのである。

とすれば、そういう言葉にあおられた者はどうなるのだろう?

2009年5月19日 (火)

近代における自由と秩序の変遷⑲~思想的枠組みの再確認~

ここまで現在のあり得る政策について見てきたが、最後に思想的な枠組みを再度確認しておこう。

■近代の3つの価値と3つの体制

前近代の特徴は自生的な共同体性にある。近代はそうした共同体性からの解放として始まる。したがって、近代において最も重視されるべき価値は自由であり、リベラリズムである。

また、単に自由を最も重視すべき価値とみなすだけでなく、自由を原理的に徹底させるべきだとする考えが生まれる。リバタリアニズム(自由至上主義)である。

こうした自由と合理性を重んじる立場に対し、理性的であることの限界とその秩序破壊的な側面を指摘し、むしろ受け継いできた伝統や知恵を重視するのが保守主義である。

この、リバタリアニズム、リベラリズム、保守主義が、価値という側面から見たときの近代の三大思潮と言えると思う。

これとは別に、体制という視点から見たときも大きく分けて3つの考え方が指摘できる。

一つは、前近代的な共同体性からの解放ということから帰結される、個人主義である。

二つ目は、個人主義が「万人の万人に対する闘争状態」を生むがゆえに、秩序の担保のために統治権力(近代国民国家)による統制が何より重要とする考え方、つまり国家主義である。

三つ目は、個人と国家の中間となるような共同体によって自由と秩序のバランスを取ろうとする考え方、つまり中間集団主義(コミュニタリアニズム、アナーキズム)である。

個人主義、中間集団主義、国家主義が体制という視点から見た近代の三大思潮と考えられる。そして、これに近年のグローバル化が付け加わる。

■ファシズム、社民主義、社会主義

さて、価値視点と体制視点から見たそれぞれ3つの主義は、相互に絡みながら進展していく。

体制的にいえば、前近代的な共同体性の衰退に伴い、国民国家をいかに形成していくかが重大な課題となる。この国民国家形成がおおむね現実化してくるのが1870年前後、すなわちフランスが第三共和制に入り、ドイツがビスマルクによって統一され、日本が明治維新によって近代化を開始するころである。このころから20世紀にかけて国民国家が強大な力を持つようになり、国家主義が顕著となる。リベラリズムも保守主義もこの国家主義と結びつくことになる。

リベラリズムと国家主義の結びつきから2つの思潮が生まれる。一つは社民主義である。特に1929年の世界恐慌以降、リベラリズムは、単に市場原理に任せるのではなく、国家が主導して貧困や福祉に対処することが不可欠と考えるようになったのである。いま一つは、社会主義である。プロレタリアート階級を搾取から解放するための革命を、徹底した中央集権的国家主義によって実現しようとした。その意味で社会主義もリベラリズムが国家主義と結びついた結果といえる。

保守主義と国家主義の結びつきからは全体主義が生まれる。この場合、狭義にはファシズムと言っていい。具体的には世界恐慌以降顕在化したドイツ、イタリア、日本、つまり枢軸国の体制である。日本における天皇制のように、民族の伝統とみなされるものを国家の秩序根拠とすることにより、徹底的な国家統制を行った。

こうして20世紀においてファシズム、社民主義、社会主義の3つの体制が生まれた。このうちファシズムが第2次世界大戦をもって消滅した。残った社民主義と社会主義のうち、社会主義はベルリンの壁崩壊とソ連の解体をもって消滅した。社民主義は70年代以降の資本主義の成熟化に伴い次第に衰退していった。

また、この資本主義の成熟化に伴い、古い共同体性の残滓や産業資本主義による疑似共同体化がいよいよ衰退した。

その状況で現れたのがネオリベラリズムとネオコンサーバティズムである。一応、ネオリベが社民主義にとって代わり、ネオコンが保守主義の新たな形として現れた、と言っておこう。

■ネオリベとネオコン、その衰退

ここで注意しなければならないのは、国家主義の変質である。衰退ではない。ネオリベとネオコンにおいては、決して国家は衰退していない。ネオリベにおいて小さな政府が主張されるが、それを主導するのはあくまで国家である。言い換えれば、統治権力を構成するエスタブリッシュメントである。特にそれはアメリカに当てはまる。経済的・政治的エスタブリッシュメントこそが国家の中核にいてネオリベさらにはネオコン路線を推進したのである。

その意味で、ネオリベはリバタリアニズムと国家主義が結び付いた形態と言えるかもしれない。また、ネオコンは保守主義と国家主義の結びつきの新たな形といえるかもしれない。

しかし、ネオコンはイラク戦争の失敗で、ネオリベは世界金融危機で衰退した。それでは、これからの体制はどのように整理されるべきであろうか。

まず、ネオコンとネオリベの衰退で、国家主義がいよいよ見直されなければならないであろう。その場合、前提としなければならないのはグローバル化である。金融危機で露わになったのは、国家がグローバル経済をもはやコントロールできないという点である。これまでアメリカが中心となって、国家がグローバル化を推進してきたという外観があった。しかし、その過程でグローバル化はたとえ超大国でももはや国家の手に負えないものとなった。いま、グローバル化を、特に金融システムと国際紛争をいかにコントロールしていくかという課題がはっきり出てきている。G20はそのための新たな枠組みといえるかもしれないが、いまだ展望が開けているとは言い難い。国民国家という枠を超えてグローバル化自体の秩序を確保することは、おそらく人類が初めて直面する全く新たな課題だと言えよう。20世紀を主導してきた国家主義がいよいよ見直されねばならないのである。

次にそれとは逆のローカリティの問題がある。グローバル化の進展の中で各国のドメスティックな領域の衰退が進んでいる。日本においても、地方の衰退が言われている。日本的文脈でいえば、地方自治の推進ということになるが、要するに新たな中間集団主義が必要となっているのである。グローバル化にさらされた国家と個人。この二項だけではもはや社会は回っていかない。その中間に自律的な共同体があって、生活基盤を構成するとともに、自由と秩序のバランスを取っていく必要がある。

さらに、保守主義は国家と結びつくのではなく、健全な仕方でこうした中間的共同体と結びつくべきである。一定の伝統や共同価値は共同体には必要である。それが国家主義と結びつくことによる惨禍は経験済みだが、地方や地域のような中間的共同体であれば、むしろ、活性化や人々の結びつきの強化という点で有効な機能を果たすと考えられる。

■国家の役割の再定義と他者の受容

こうして、グローバル化、中間集団主義、保守主義、いずれも国家主義を縮減させる方向で進む必要があろう。とすれば、重要となるのが、国家の役割の再定義である。国家はどこまでの力を持つべきか、どこまでの力を持っていいか、それがあらためて検討される必要がある。20世紀的な国家主義は何ら自明ではないのである。

最後に、グローバル化、国家の役割、中間的共同体の働き等は、すべて「健全な仕方」でなされねばならない。「健全な仕方」とは、異なる立場を受け入れるということである。これこそがリベラリズムの根本である。グローバル化がどのように進展しようと、国家がどのような動きをしようと、中間的共同体がどのような共同価値を持とうと、自分たちの立場を他者に押しつけ、支配的になろうとすることは自由と秩序の破壊を招くであろう。さまざまな対立があっても、全体最適を目指して自由と秩序を堅持し続けねばならない。つまり、結局、リベラリズムこそが近代のもっとも根本的な価値あのであり、最終的なよりどころなのである。

2009年5月17日 (日)

近代における自由と秩序の変遷⑱~新たな再配分と財源問題~

グローバル化への新たな対応と地域・地方共同体の再構築を見てきたが(「近代における自由と秩序の変遷⑰~秩序あるグローバル化と地方の活性化~」)、まだ重要な課題が論じられていない。社会的弱者や敗者への対応である。

■新たな再配分の仕組みへ

それは新たな再配分主義と言える。リベラリズムの戦後的形態としての再配分主義は高度経済成長の減速とともに影を潜めていった。そして、社会福祉コストの削減など、ネオリベ的発想のもと社会的弱者への再配分は大きく減少した。老人医療、介護、失業対策、年金、どれをとっても不十分であることは、現在ほぼ国民全体のコンセンサスとなっている。

とすれば、ネオリベ的政策が行き詰った今、新たな再配分システムが構築されねばならない。日本の場合、戦後の再配分主義は自民党主導であったため、建設・土木を中心とした利権がらみの再配分となっていった経緯があり、リベラリズム本来の再配分が必ずしも確立されていたわけではなかった。その意味でも、本来のリベラリズム的な再配分主義が確立されねばならない。

実際、いかにグローバル化に対応しようと、地方産業を育てようと、社会的弱者や敗者はなくなりはしないであろう。もとよりこうした人々を生み出していしまうということ自体が問題であるが、先に見たように、いつ自分自身が同じ立場になるかもしれない点や、こうした層が社会的秩序に与えるアンバランスを考慮すれば、それがすべての国民の切実な課題であることは言をまたない。新たな再配分システムの構築はある意味でもっとも重要な問題であろう。

いや、そもそも経済の活性化にとって、こうした弱者や敗者を消費の担い手へと転換し、経済活動のプレイヤーにすることは、大きな意味を持つ。また、よく言われるように、若者を単純労働的な非正規雇用状態に放置しておくことは、技術立国であるはずの日本の産業にとって大きなダメージとなる。当面のコスト合理性や効率性に目を奪われて社会的弱者や敗者を生み出すことは、到底全体最適を真剣に考えているとはいえない。全体かつ長期的見通しのもとに新たな再配分を行うことは日本の経済活性化にとって積極的意味を持つのである。

このような新たな再配分に対して全体かつ長期的なビジョンを持っているのは自民党か民主党か、あるいはその他の政治勢力か、真剣に考える必要があろう。

■財源と官僚問題

さて、最後に、何よりも重要な課題がある。財源である。ここまで見てきたあらゆる課題にとって、財源は大前提となる。ありていにいえば、お金がなければ何もできないし、逆に政策遂行の真剣さは財源をいかに手当てするかによって証明されると言っていい。地方の活性化に重点的に資源を配分するにせよ、失業問題や医療問題、介護問題、年金問題などの福祉的課題に効果的な資源の手当てをするにしろ、膨大な財源が必要となるのである。

で、赤字国債の発行か? 消費税の値上げか? 結局国民にすべてのつけを回すのか? それも一定はやむを得ないだろう。しかし、そのまえに絶対するべきことがある。無駄遣いをなくすことである。そのカギを握っているのは官僚である。

天下りを中心とした官僚システムは、それ自体、利権の巣窟である。官僚と言うのは何とも奇妙な職業なのだそうだ。すべて税金で賄われるので、コスト意識がない。顧客がいないので(国民を顧客としてとらえることはあり得ない)、CS観点がない。ビジネスマンが普通に身につけているような礼儀もなく、コミュニケーションもままならない。よって、40歳になるころにはまったくつぶしがきかなくなっているらしい。しかも、50歳ぐらいで一定以上の地位につけなければ辞めざるを得なくなる。やめてどうするのか? 天下りである。

こうしたつぶしのきかない人材が役立つとは思えないから、天下り先が喜んで雇い入れるとは考えにくい。とすれば、雇わざるをえないようにもっていくしかない。それが、許認可権や財源などの利権である。官庁のおおぼえがよろしくなければ、許認可が得られず、事業もできないので、官庁とのパイプは必須だ。そこで、天下り官僚を受け入れてパイプを作る。たとえ実際上の役には立たなくても、ともかく官僚だったというだけで十分なのである。

だから、許認可権は重要である。それを手放したら天下り先がなくなる。逆に言うと許認可権を振るえる先を増やすことが重要である。特殊法人や独立行政法人などを作り、天下り先とするのである。

■官僚のための政治から国民のための政治へ

しかし、どうしてそんなことが可能になるのか? 日本は民主主義国家で、国会議員が国会で審議して法案を通して政策を決定する。官僚が特殊法人や独立行政法人を作りたくとも、多くの場合審議を通らねばならないだろう。それがどうして官僚の思うままになるのか。簡単だ。法案を作っているのが官僚だからだ。

官僚は自分の権益(つまり、天下り先を増やすことに行きつく)の拡大のために法案を作る。もちろん、表向き気づかれないように大義名分を盛り込む。政治家はその大義名分に騙されて法案を通す。結果、官僚の利権ばかりが拡大され、国民の利益はまあそこそこ(場合によっては損なわれる)ということになる。

特殊法人等が本当に必要かどうかは問題ではない。大義名分はいくらでも作れる。で、いったんできたら財源を回さなければならない(特に特殊法人は)。一般会計がダメなら、特別会計からつぎ込む。本来必要ではない(かもしれない)団体に財源をつぎ込むのである。これがすなわち無駄遣いである。

こうして、官僚が天下り先を確保するために、多額の財源が使われる。で、国の財源が足りなくなる。福祉が削られる。消費税が上がる。国債という名の借金が増える(もちろん、最終的に国民がつけを払うことになる)。

思い切ってデフォルメして言うなら、官僚の天下りを助けるために(官僚の退職後の生活を保障するために)、国民は福祉の低下、消費税値上げ等々に耐えていかねばならないという構造が見え隠れするわけである。

そんなバカな、と思うのなら、この循環を断ち切ることを考えねばなるまい。つまり、官僚が自分の天下り先作りのために法案を作り、政治家は簡単にそれに踊らされるという関係を断ち切り、政治家が国民のために政策を立案し、その下で官僚がそれに沿った法案を作成するという関係に転換するのである。そうすれば財源はひたすら国民のために使われることになる。(したがって、官僚自体がダメだと言っているのではない。官僚が自分の天下り先のためではなく、国民のためにその能力を発揮すべきだと言っているのである)。

それでも財源が足りないというとき、そのときこそ消費税を上げる、国債を発行するといったことがはじめて検討の俎上に上ることになるのである。そして、少子高齢化等でこれから本当にお金が必要になるこの日本のおいて、国家による無駄遣いのないことを明確にし、国民の信頼を取り戻し、国民が真剣にお金を出し合う体制を作ることは急務なのである。

というわけで、官僚との癒着を断ち切り、政治主導を本当に実現し、財源の無駄遣いを止められるのは、自民党か民主党か、あるいはその他の政治勢力か、真剣に考える必要があろう。

2009年5月16日 (土)

近代における自由と秩序の変遷⑰~秩序あるグローバル化と地方の活性化~

わたしたちは自らの生存をめぐって他者と対立し、争い、闘う。その生存志向が偏狭であればあるほど闘争状態は深まる。そのとき必要となるのは、全体へのまなざしである。言い換えれば、全体最適への志向である。わたしたちは全体最適的に自分たちの生存志向を追求することによって新たな秩序を生み出すのである。では、その方向で考えたとき、具体的にネオリベ‐ネオコンに代わってどのような政治体制を志向すべきであろうか。

■秩序あるグローバル化へ

まず、グローバル化は避けようがないことはすでに述べたとおりである。しかし、アングロサクソンによるネオリベ的金融経済システムが疑念にさらされている現在、G20で検討されているように、世界レベルのルールが不可欠である。おそらく、これによってマネーの流れが相当程度に規定されるであろうし、その流れによって世界経済の動き(つまり、どの国が繁栄してどの国が衰退するか)が大きく影響を受けるであろう。

であれば、このルール作りに日本政府は積極的に関与すべきである。もちろん、それは単に日本の国益のことだけを考えろと言っているのではない。世界経済全体の繁栄が日本経済の繁栄でもある以上、日本の国益だけ考える思考は、むしろ国益を損なう可能性さえある。世界経済全体の利益を考えたルールについて日本がリーダーシップをとるべきであり、そのことを通して、日本が十分に外貨を稼げる仕組みを構築すべきなのである。

そのためには、世界経済をどの方向へリードすべきか見識が必要である。自民党にしろ民主党にしろ、G20のなかでリーダーシップを発揮できるだけの理念を示せるかどうかがカギとなる。もし、それができないなら、ひょっとして日本の国益に反するような決定がなされるかもしれない。そうすれば、十分に外貨が稼げないかもしれない。とすれば、日本経済は衰退するであろうし、わたしたちの生活も苦しくなろう。ここは極めて重要な課題なのである。

以上は、ネオリベに反して何らかの国際的仕組みによって秩序を担保しようという考え方である。いわば、社会契約論的な統治権力を世界レベルに広げていこうとする流れの中にある。その意味で、あくまでリベラリズムの範囲内にある。つまり、国際的な自由経済を確保するための統治であって、それを阻害することは慎重に避けられなければならない。ネオリベの背後にあるリバタリアニズム的発想から、自由のためには一定の秩序が必要とする本来のリベラリズムへの回帰と言えると思う。

■コミュニタリアニズムによる地方の活性化

こうしたグローバル化への対応という文脈では、既存のビジネスと並んで、環境ビジネスや代替エネルギー産業の育成などがカギを握ることになろう。しかしながら、このようなグローバル化への対応だけでは、実際には極めて不十分である。もう一つ重要な課題がある。それは、地方の疲弊化をどうするかという課題である。グローバル化への対応は不可欠であるが、2000年代に入ってからの景気浮揚に見られたように、結局外貨が入ってくるのはグローバル企業を通してである。つまり、儲かるのはグローバル企業ばかりで、純国内企業は疲弊する一方である。さらにグローバル化とは無縁の地方経済は衰退の一途をたどっている。

ここでカギを握るのは、コミュニタリアニズムであると思う。地方分権を政治的土台とする地方共同体の再形成が不可欠である。ネオコン的動員によって国民共通の志向を生み出そうとするのは、安部政権(憲法改正、教育基本法改正、云々)の失敗を見てもわかるように、そもそも国民の支持を得られない。つまり、国家全体に結びつこうとするような保守主義は誰からも相手にされないのだ。しかし、一定の秩序を生み出すためには何らかの共同体性を再構築することは不可欠であると思われる。もとより、自生的共同体はほぼ解体したと言わざるを得ない。そこで、人為的に共同体を再形成することが必要とされるのである。

コミュニタリアニズム自体は同じ志向を持つ者同士の集団という意味で、さまざまな種類のものがありうる。オタクも趣味の会もボランティアグループも、共同体でありうる。しかし、わたしたちの生存を基本的に支えるものとしては、生活基盤を形成する共同体の優先順位が高いはずである。それはやはり経済と行政を含むわたしたちの地域や地方としての共同体であろう。

このレベルで考えるとき、保守主義は健全な仕方でコミュニタリアニズムと連動できるのではないか。地域や地方において共同体を再形成するとき、やはり伝統や文化を再発掘し、そこに依拠しつつ共同性を再育成することが有効であろうと思う。単純なリベラル思考で個を重視するだけでなく、同じ地域・地方に住む者として、その地域・地方が受け継いできたものを活性化に役立つ範囲で共通地盤とするのである。保守主義の伝統や知恵に依拠するという本来の考え方を地方共同体の中で生かしていくわけである。

その中で、まず地域の伝統や環境に根ざした産業を育成し、雇用を確保することが重要である。そうした地方企業はグローバル化する必要は全くない。地域・地方の中で継続的な生産やサービス提供ができれば十分である。いわば地産地消的な経済循環が不可欠なのである。そして、そうした個性的な各地方産業の在り方が、地方同士の交流を生むなら、さらに大きな活性化が期待できると思う。

こうしたことのためには、いかに有効に地方行政に資源配分をするかが国政の役割となる。国のひも付きではなく、地方が自立した政策を独自に展開できること。そのための資源が、建築や土木に偏ることなく、各地方の環境や伝統に根付いた産業に合理的に配分されることが重要である。こうしたことが本当に実現できるのは、自民党か民主党か、あるいはその他の政治勢力か、慎重に見分ける必要がある。

さて、以上グローバル化とローカルの活性化について見てきた。が、それだけでは不十分である。さらに必要なのは、再配分の仕組みである。次にそれについて見ていこう。

2009年5月13日 (水)

近代における自由と秩序の変遷⑯~生存志向の徹底的な追求~

わたしたちの多くは、日々自分の生存を維持するだけで精いっぱいだ。働いて、生計を立てて、少しでも暮らしを良くする。それが中心だ。社会全体を見ても、またグローバル的視点でも、人々は、自らの生存志向のゆえに、争い、闘い、しのぎを削る。では、その中で、秩序はどのように形成されるというのか。

■生存志向のもつ矛盾1

そこでまず考えるべきことは、生存志向が本質的に自己矛盾的構造を持っているという点である。矛盾は二つある。まず一つ目は、生存志向が自分の依って立つ土台をうまく考慮できない傾向があるということである。まずは食べていくことで精いっぱいの人間にとって、今月の営業成績は焦眉の問題である。目標が達成できるか否かで収入の多寡が決まる以上、必死だ。そんな状況でたとえば新聞紙上に医療問題などと見出しが躍っていても、とりあえず「またあとで」といことになろう。それどころじゃないんだ、今月の売り上げが行っていなくて、というわけである。

しかし、考えてもみよう。そんな働き方をしていたらいつ倒れるかもしれない。倒れて救急車で病院に搬送されたが受け入れ拒否、次のところでも拒否、たらい回しの揚句、息絶えるかもしれない。営業成績も重要だが、死んだら元も子もない。医療問題は後回しなどと言っているが、そもそも他人ごとではないのだ。その火の粉はいつ自分に降りかかってくるかもしれない。医療費のひっ迫や医師の不足、さらに社会福祉費の削減など、社会一般の問題であると同時に、場合によったら自分の命にもかかわるかもしれない重要問題なのだ。

営業成績を心おきなく追求できるのも、依って立つ土台がしっかりしているからであろう。土台がぐらついてきたら、営業成績も何もなくなってしまう。医療制度、年金、介護、失業、等々、わたしたちの土台に属する問題は多々ある。そうしたものが崩れてくると、結局わたしたち一人一人の生活が瓦解してくるのである。プラットフォームがあっての生活だ。にもかかわらず、営業成績のためにプラットフォーム問題は後回しというのはやはり自己矛盾をきたしてると言わざるを得ない。倒壊しつつある家の中でドアの建てつけを懸命に直している愚かさと同じである。

■生存志向のもつ矛盾2

次に二つ目の矛盾。確かに、自分の生活を脅かすようなプラットフォーム問題については、知らん顔はできないであろう。しかし、どう考えても自分に関係ないものだならどうだろ。その場合には、そんな面倒なことにかかわらずともいいではないか。

たとえば、わたしが社会的にも経済的にも勝ち組だったとしよう。確かに負け組への転落可能性はゼロとは言わないが、しかし、さしあたってそんな心配は全くないとする。ならば、社会的敗者が敗退し、社会から排除され、周縁に追いやられ、ネットカフェ難民になったり、路上生活を強いられたりしたとしても、わたしには少なくとも切実な問題ではない。もちろん、できればそうした人たちのために何かしたいものだと思うが、自分だって毎日の生活に必死なのだ。そう簡単に手を出せはしない。というわけでわたしにかかわるプラットフォームには重大な関心を持たねばならないが、他者のそれについては切実な関心は持てないものなのだ。

しかし、考えてみよう。本当にわたしにはかかわらない問題であろうか。たとえば、排除された人々は、社会にとっては不安定要因になるかもしれない。生活保護や福祉費用で社会的コストがかかるし、場合によっては反社会的行動を助長することにもなる。とすれば、せっかくの勝ち組も、日常の安全を脅かされることになりかねない。ようやく勝者になったと思ったのに、足元の土台が脅威にさらされているというわけである。ここでもやはり、倒壊しつつある家の中でドアの建てつけを懸命に直している愚かさに比すべき矛盾があるのである。

こうして見てくると、生存志向は一人一人が部分的に追求すると、いわば合成の誤謬のごとく、全体性を損ない、それによって追求したはずの部分的生存志向さえも脅かされるという矛盾を抱えていると言える。懸命に自己の生存のために頑張ったのに、その結果知らぬうちに自己の生存が脅かされている、そうした矛盾があるのである。ならば、この矛盾を解消するにはどうすればいいか。生存志向を部分的に追求したために全体性が損なわれるなら、全体性としての生存志向を追求する以外ないということになろう。言いかえれば、常にプラットフォーム問題に重大な関心を持つと同時に、他者も含めた全体最適の生存志向を追求する必要があるのである。

■自己の利害の徹底追及としての合理性

で、気がつくのであるが、これは合理性の問題である。単に、自分一人の生存志向にこだわっていたのでは、こうした発想は出てこない。広い理性的視点が必要なのである。カントの言う通り、理性の公共的使用である。しかし、同じ理性の公共的使用でも、カントが言ったのとは、いささか異なっている。カントの場合、個人の利害を超えた普遍性に達することが眼目であった。しかし、全体最適の生存志向は、逆に完全に個人の利害そのものなのである。

つまり、個人の利害を徹底的に追求しようとすれば、きわめて目的合理的な理性使用が必要となる、ということなのである。利害の追求は、単に欲望に突き動かされるだけではできない。それでは目先の利益に目を奪われ、長期的に不利益をもたらす。最後の最後まで自分の利益になるよう行動しようとすれば、何手先をも読んでおかなければならない。そのような理性的で冷静な作業があってはじめて、最終的な利益を得ることができる。

ここで必要とされるのは、そうした理性使用である。一見、自分の利害に関係ないように見えるが、本当か? それを徹底的に問うていくことにより、実は、それらが自分の利害に関係していることが見えてくる。そうやって突き詰めていくと、結果的に全体最適を考慮せざるを得なくなるのである。

人は大抵、自分の利害を追求するのに不十分である。あるいは中途半端である。徹底的に追求すれば、人は合理的たらざるを得ない。それゆえ、全体最適を考慮せざるをえない。もちろん、結局またもや、そこまで合理的になれる人間は少なかろう、ということになってしまいそうだ。しかし、この方向こそが、討議において合意を得やすいと思う。個々の利害を超えようとする討議ではなく、それに徹する討議こそが、まだしも合意に、つまり秩序に接近する可能性が高いと思うのである。

いずれにせよ、わたしたち一人一人が政治に関心を持ち、それに関与していくことによって、プラットフォームが安定し、ひいては秩序が確保されるのである。そのためにはいきなり高い倫理を説くのではなく、まず、自らの生存にとって何が益になるのか、真剣に考える必要がある。実はわたしたちは、自分の生存の益についてさえ、徹底的には考えていないのだ。

概念的な話はこのくらいにして、では、具体的にどのような政治体制を志向すればいいのか?

2009年5月12日 (火)

近代における自由と秩序の変遷⑮~ネオリベ-ネオコンのあとに来るもの~

イラク派兵の失敗と金融危機で決定的なダメージを受けたネオリベとネオコンの後、これから自由と秩序の関係はどのように変化するのであろうか。その関係はいかに構築されるべきであろうか。

■変わることのない基本現実

まず、確認しておかねばならないことは、ネオリベやネオコンを単純に間違っていたと言って済ませられないということである。少なくとも、それらを生み出した状況は基本的に何ら変わっていない。70年代以降の共同体性の縮減を中心とした変化は現在ますます進行している。そのため、生存志向めぐる闘いが共同体的枠組みからはずれて剥き出しになっているという現実も変わりはしない。

したがって、グローバルな競争も今後激化こそすれ、緩和されることはないであろう。グローバル化の中で優勝劣敗は今後もわたしたちの現実を揺さぶるであろう。また、国内的には市場の成熟化に伴う税収の伸び悩みや少子化による年金等のひっ迫はこれからまずます深刻化するであろう。

そうした中でネオリベやネオコンのある種の部分は認めざるを得ない。まず、ネオリベという考え方がどうであれ、厳しい競争の中を生き抜かねばならないという点は受け入れざるを得ない。特に日本全体を考えたときに、グローバルな競争の中で外貨を稼ぐことは不可欠であろう。日本はこれまでも貿易で外貨を稼いでやってきた。この点を欠いては日本の国は成り立たないし、ひいてはわたしたちの生活も成り立たない。激しい競争の中で勝ち抜くということを軽視するようなきれいごとでは生きていけないであろう。

また、ネオコンをどうとらえるにしろ、すでに自生的な共同体性が一定レベルで縮減している以上、秩序を形成するための何らかの価値を人為的に形成していかざるを得ないであろう。互いに当たり前のように同一の価値を共有できいるといった前提はとうに消えている。何がしかでも秩序を得ようとすれば、何らかの価値を共有する必要があるが、それはネオコンでなくとも人為的になされねばならないのである。

かくて、これからの政治課題の基本的方向性が見えてくる。それは、こうした状況において、しかもネオリベ‐ネオコン的なものとは別の仕方で、新たな自由と秩序の関係性を築いていくことである。もう少し踏み込んで言うなら、厳しいグローバル競争を前提としつつも、ネオリベ的なものによって自由の方に振れすぎた振り子を、秩序のほうに適切に振り戻すことである。現在の日本の政治状況はこうした方向で考えることができる。いま少し具体的に考えてみよう。

■生存志向から生み出される秩序?

まず、共同体性が縮減してしまった状況において、秩序を保持するに足りる公共性をいかに生み出すかが出発点になろう。剥き出しの生存志向は、いわばホッブスの「万人の万人に対する闘争状態」の再来と言っていい。近代の始まりにおいて想定されていた「闘争状態」が紆余曲折を経て戻ってきた、そんな感じである。実際、自生的な共同価値が希薄化した以上、自己の生存追求を中心に互いに闘争状態に陥るのは当然とも言えるであろう。

では、その闘争状態において秩序を生み出すものは何であろう? ホッブスは統治権力との契約を持ち出した。しかし、すでにグローバル化した状況においては国民国家を正当化した理屈は単純には流用できない。実際わたしたちは、契約と呼ぼうと、何と呼ぼうと、国家との関係性を明確に意識できない傾向が強いのではないか。そもそも政治状況に失望しているせいか、昨今の投票率をみても、わたしたちの政治的関心は高いとは言えない。永田町の動きよりも今月の営業成績のほうがよほど重要であろう。わたしたちは放っておいたら、自分自身の状況に閉じこもり、自分の生存志向だけを追求するという状態に陥りがちである。

しかし、各人がそのように自分の生存志向だけに走るなら、結局ネオリベ的競争に陥り、反動でネオコン的動員にしてやられる羽目になる。そこで別の仕方で新たな秩序を生み出すことはいかにして可能であろうか。

ここでいきなり理想を説くこと、倫理を説くこと、あるべき姿を語ることはあまり有効ではないとわたしは思っている。近代人として自立し、理性的となり、自らの普遍的判断で政治にコミットするなどと言ってみても、自分も含めてそんな立派な「近代人」がどれだけいると言うのか。「永遠平和のために」でカントが説いた理想は、ハンナ・アーレントを待つまでもなく、さしあたってあまりにハードルが高いのである。

実際、人は自分の生存志向に走る。自分の生存を維持するだけで精いっぱいという人が多数であろう。生存の維持と拡大こそが日々の生活の中心なのである。とするならば、さしあたって理想や倫理はいったん脇において、生存志向を追求するというただそのことを通してだけで秩序が形成される可能性を模索するのでなければなるまい。生存志向というものの中に秩序を生み出す何らかの仕組みがあるのでなければならないのである。

理想や倫理が不要だと言っているわけではない。それはいきなり目標とするには高いゴールだと言っているのである。初手からそのゴールを目指せる人間は一握りだ。重要なことはそこに至る道筋を描くことであろう。

では、生存志向そのものの中に見出される秩序生成の仕組みとはいかなるものなのか?

2009年5月10日 (日)

近代における自由と秩序の変遷⑭~ネオリベ―ネオコンの失敗~

近代の成熟期において共同体性が縮減し、生存志向が剥き出しになる中で、ネオリベとネオコンの共犯関係が露わになったのであった。では、その事態はアメリカではどうであったのか?

■ネオコン‐ネオリベの失敗

アメリカにおいては、日本よりももっと早い段階で再配分主義が解体していた。そのためレーガン政権に見られたように、ネオリベ的な志向は80年代から顕著であり、経済格差は早い時期から広がっていった。それが9・11テロをきっかけに愛国的統合へと一挙に進んだのであり、子ブッシュは90%超える支持率を得、国民は一丸となって対テロ戦争へと向かった。言うまでもなくそこで主要勢力となったのがネオコンである。これにより、一時アメリカは一枚岩になったかのようであった。

しかし、そうした国民的支持で敢行されたイラク派兵も、大量破壊兵器も発見できず、アルカイダとの関係も証明できず、またマイノリティの若者中心で予想外の戦死者を出すに及んで急速に支持を失っていった。90%を超えたブッシュ政権の支持率も、末期には20%台にまで落ち込み、9・11に端を発する愛国派とそれを見直すべきと考える人々の間で、アメリカは分断の様相さえ呈した。ネオコン的政策は、結局一枚岩のアメリカを堅持することはできなかったのである。

日本における小泉政治も、継続性はなかった。後を継いだはずの安部政権は、年金問題や介護問題に重大な関心を持っているはずの国民に、教育基本法だの憲法改正だのとピントの外れた保守政策を打ち出すことにより、急速に支持を失った。そのあとの福田政権においては、すでに小泉政治の継続性は完全に不明瞭化し、麻生政権においては、鳩山総務相によるかんぽの宿譲渡問題(つまり、反郵政民営化)に現れているように、むしろ反小泉政治の勢力が台頭してきているのである。

こうして見ると、結局ネオリベとネオコンとの共犯関係は失敗に終わったと言えそうである。共同体性の縮減の中で、解き放たれたようにグローバル市場化によってネオリベがもたらした格差や貧困などの問題は、ネオコン的動員によってカバーするにはあまりに大きかったというべきであろう。年金問題や介護問題に切実な不満を持っている国民が、独自憲法制定などで熱狂するはずはなかったのである。

■決定的要因としての世界金融危機

こうしたネオコンと共闘したネオリベの失敗を決定的にしたのが、世界金融危機であった。米英が生み出した金融経済はグローバルなネオリベラリズムの中心であり、牽引役であった。マネーは規制なしに増殖可能なところに向かっていく。自由に利益を求めてマネーが世界を瞬時に動くようになったのである。しかし、いったんマネーが病みだすと、なまじ全地球上を駆け巡ったがゆえに、世界は一挙に病に感染した。いまやマネーの自由な動きは、規制されるべき放逸とみなされるようになったのである。

世界市場における自由の価値は下落した。自由より秩序だ。それがG20の結論である。しかもその秩序はブッシュ的ネオコンの秩序ではない。オバマ政権は一転して国際協調を前面に出している。各国が協調して構築する秩序なのである。

では、それでどうなるのであろうか?

2009年5月 8日 (金)

近代における自由と秩序の変遷⑬~ネオリベとネオコンの共犯関係~

ネオリベとネオコンについて見てきたが、では、それらを駆動している力は何なのか。それについて見てみよう。

■根底にある剥き出しの生存志向

ネオリベは、共同体性の縮減の中で剥き出しの欲望として露わとなった。それこそが際限のない競争を駆動しているのである。同様に、ネオコンにおいても共同体的価値の作為を駆動しているのは、欲望とでも言うべき何ものかだと思われる。しかし、そもそも欲望とは何なのか?

ここでいう欲望は心理学の対象ではない。むしろ人々を駆り立てる力であり、政治的なものである。いわば「万人の万人に対する闘争状態」を駆動する力である。では、この力は共同体性の手から離れて何を目指しているのか? 

この闘争が生き残りをかけた戦いであるとするなら、そこで目指されているのは、まさにその「生き残り」であろう。自らの生存を守り、拡張していくことである。それは「生存志向」とでも呼ぶべきものである。

人々を駆動している力を「生存志向」と呼ぶことは妥当か? 実際のところわからない。いずれにせよそれは議論すべき対象ではなく、むしろ、議論の前提であると考えてみよう。それを前提として議論することで一定の展開が見られるなら、そう前提してもいいだろう、ということである。

で、共同体性の縮減の結果、剥き出しの生存志向が露わになった、と考えてみる。ネオリベもネオコンも根底にあるのはこの剥き出しの生存志向である。共同体の自生的価値が低減して行くに伴って、水位が下がって湖底が露わになるように、剥き出しの生存志向が露わとなる。

■ネオリベとネオコンの共犯関係

個人も、企業も、国家も、剥き出しの生存志向に駆り立てられる。マネーゲームに狂奔し、少しでも安い人件費を求めて海外移転し、フリーターなどで労働分配率を下げて利益を得る。また、そうした非正規労働者たちを靖国参拝などのパフォーマンスで煽り、取り込み、政治的基盤とする。また、高い収入を得られるように、本を読み、セミナーに行き、自己価値を高める。生き残ること、より有利な立場を占めること、より一層利益を得ることに、皆が駆り立てられている。

ネオリベとネオコンはそれ自体として同じものではないし、もともとつながっているものでもない。しかし、両者は共犯関係にあったと言っていい。それは、エスタブリッシュメントの生存志向という次元において発生する。

再配分が見直され、市場で自由に利益を追求していいとなったとき、いち早く市場を牛耳ろうとするのは当然支配層である。市場競争においては大抵機会は均等ではない。すでに持てる者こそが優位なのだ。

自由に競争していいなら、もはや弱者に気を遣う必要もない。徹底的に利益を追求すればいい。強者は弱者を顧慮することもなく、ただ市場からの利益を最大化することだけに専念する。今日わたしたちが目にしている格差という問題もこうした文脈で生じる。弱者は正規雇用を得られず、低所得で、希望もなく、非正規の職さえも失えば路上生活があるのみである。

こうした層が増大していけば、当然社会の不安定要因となる。社会秩序が不安定化する。そこで安定化機能を果たそうとしたのがネオコンだったのである。何度か触れたが、小泉政権当時、靖国参拝などを中心とした小泉流ネオコン(ただし、ネオコンと呼ぶには自覚性が低かったと言えるが)が、フリーターなどの非正規労働者の支持を得たことはよく知られている。

所得が低いだけでなく、ほとんど単純作業に近い仕事をいつ果てるともなく続ける日々の中で自己肯定感が持てない若者たちが、自らのアイデンティテーと自己価値感情の源泉を靖国や国家の伝統に求めたのである。それにより、結果的に、彼らの自己肯定感と帰属感が担保される形となり、反秩序的行動の一定の抑制として機能することとなった。

支配層は一方で自らの利益を徹底追及することによって、若者たちを排除する。他方で排除された若者たちを靖国や国家の伝統で吸収し、安定化しようとする。こうした意味でネオリベとネオコンは共犯関係にある。ネオリベが文字通りに度を超えた自由を追求し、ネオコンがそれによってもたらさせる秩序の不安定を再秩序化する。残存した共同体性に依拠しつつ自由と秩序を両立させようとしてきた再配分主義が終焉して以降、特に2000年紀に入ってから、自由と秩序はネオリベとネオコンの共犯関係によって保持すべく目論まれたのである。

では、この共犯関係は、アメリカではどうだったのか?

2009年5月 6日 (水)

近代における自由と秩序の変遷⑫~作為的保守主義としてのネオコン~

ネオリベラリズムがもたらした矛盾は社会、ひいては世界の秩序に大きな打撃をもたらしたと言わねばならないであろう。とするなら、その秩序を担保するものは何か? それは保守主義ではないのか? 

■保守主義の弱体化

近代における共同体性の残存は、逆説的にリベラリズムの秩序源泉となったことはすでに見た。では、保守主義にとってはどうであったか? それは逆説でも何でもなく、端的に土台であった。

リベラリズムが理性や合理性に依拠するのに対し、保守主義は伝統や受け継がれてきた知恵に依拠する。リベラリズムを標榜する人々が理性的に現状を認識し、それに基づいて変革を行ったとしても、結局、事態を完全に見通せるはずもない。合理的にやったつもりが、思いもしなかった矛盾に見舞われることにもなる。結局、長い間受け継がれてきた伝統や知恵に従うほうが確実なのだ、というわけである。

伝統や知恵は、その本性上、共同体によって継承され伝えられてきた。それゆえ、保守主義は共同体性のうちに自らの存立基盤を見出すことになる。何らかの共同体性に根ざすことによってはじめて保守主義は伝統への依拠を現実化することができるのである。

では、その共同体性が縮減していくとき、保守主義はいったいどうなるのであろうか? 当然依拠すべき地盤を失う。とすれば、保守主義は消え去るのであろうか? 確かに、ある意味では衰退すると言っていいかもしれない。実際、保守主義は本来持っていたはずの懐の深い寛容さ(青年を諭す大人の態度)を失い、左翼顔負けに声高に伝統を主張しなければならないほど追い詰められているようにも見える。共同体性の縮減によって伝統や知恵の共有が断片化されてきて、地盤が崩れてきているのである。

■作為的に構築された保守主義としてのネオコン

しかし、それゆえにこそ、保守主義は、別の仕方で現れたと言える。たとえば、愛国心なるものは、国家を構成する人々が、同一の歴史や伝統、価値観を共有している限りにおいてはじめて成り立つ。しかし、その国民的共同性が希薄化するなら、愛国心なるものはせいぜい一部の人々の個別価値観として存続するのが関の山である。実際、日本のようにGHQの占領政策により歴史的連続性を断たれた経緯があり、さらに地域や地方などの生活共同体の衰退した現状では、愛国心など醸成されようがない。

しかし、思い出してみよう。小泉政権下で、靖国参拝に熱狂した若者たちがいたではないか。しかも、中国や韓国からの非難に対して、ネット上でも多くの反発が出たではないか。これは愛国心ではないのか?

よく言われたのは、熱狂した若者の多くがフリーターなど非正規雇用者で、自分の存在価値を感じられず、それを補うために「靖国」という大きな物語に自己同一化した、という分析である。日々単純作業の連続で、意味ある仕事を任されることもない。そんな中でそれでも自分の存在に意味があると感じるためには、「靖国」「国家」「愛国」といった大いなるものに自分を同化する以外ない、というわけである。

では、それを煽っている為政者の側はどうか? 愛国心に心底コミットしているのか。もとより内心などはかりようがないが、現象を見る限りそうは思えない。「靖国参拝」で断固とした態度をとり、人々の溜飲を下げることで人気を博するという小泉流のポピュリズムがあることもよく言われた。緻密さはともかく、こうした動員は一定の政治的意図を持ってなされていると考えるべきなのである。

とすれば、そこにあるのは、本来の愛国心の衰退の後に、政治的に作り上げられた作為的愛国心ということになろう。これが新保守主義、すなわちネオコンのもっとも本質的な点であると思われる。つまり、ネオコンとは、本来の自生的な保守主義とは異なり、あえて作為的に構築された保守主義であると考えられるのである。

(ネオコンという言葉はそもそも曖昧である。おそらく、この言葉を狭義でとれば、アメリカの子ブッシュ政権、特に9・11テロ以降に勢いを増した勢力を指す。が、広義ではサッチャー、レーガンもネオコンと捉える人もいるし、日本の小泉政権、さらには中曽根政権もネオコンと捉える人もいよう。わたしとしては、主に子ブッシュ政権と小泉政権に現れている傾向をネオコンと呼んでいる)。

■アメリカのネオコン

日本の状況では分かりにくい。アメリカの状況を考えてみよう。ブッシュ政権は当初ネオコンと目される人々を重要なメンバーとしていた。特にイラク問題では、ネオコンの意向が強かった。当時、中東に民主主義の基盤を築くという目的が掲げられ、それに対して石油利権の隠れ蓑ではないかとの批判もされたが、実は隠れ蓑などではなく、大真面目であったと考えられる。なぜなら、ネオコンにとってアメリカ型民主主義を世界中に広げることは、重要なミッションだったからである。

彼らは中東にイスラム教という伝統があることにあまり頓着していないようには見える。彼らからすれば、中東諸国のイスラム教政策自体が、政治的かつ人為的だということになろう。国家があえて国民にイスラム教的価値を繰り返しすりこんでいるのであり、それゆえ、イスラム教的なものは必ずしも自生的な価値を持っているわけでもない。国家が国民の間に秩序を浸透させるための政治的方法とも見える。ならば、それがイスラム教的なものである必然性もないであろう。これが、ネオコンが武力を使ってでもアメリカ型民主主義を広めようとする背景にある考え方ではないかと思われる。

近代成熟期では、もはや共同体において純粋に自生的に発する価値があるとは考えられない。むしろ、共同体的価値は、何らかの政治的目的と絡み合いながら、あえて構成されるものとなる。それゆえ、特定の価値が絶対視される理由は何もない。その中で、アメリカ型民主主義が特権的価値を持っているかどうかも問題である。少なくとも、世界中の人がその特権性を信奉しているわけではない。だからこそ、逆にアメリカは武力に訴えることが必要となるのだ。

とすれば、このようなアメリカのふるまいは、一種のエゴではないのか? もちろん、そうであろう。アメリカが独りよがりな理想を追求し、それによって世界におけるヘゲモニーを確立しようとするのはネオコン的には当然なのであろが、それがために、イラクはいま混乱の淵に落ちようとしている。フセインがよかったわけでもないだろうが、だからと言ってシーア派が実権を握り、イランと結びつき、テロの温床となり、治安が崩壊するとするなら、あまりである。

近代成熟期となり、共同体性が希薄化し、自生的な価値が衰退してくると、共同体的価値は政治的なものによって作為的に増幅され、変形され、浸透化されることになる。では、その政治的なものとは何なのか? 言い換えれば、そうした作為を駆動しているものは何なのか。それは先にネオリベにおいて剥き出しの欲望と呼んだものと同じものではないのか。

次にそれを見ていこう。

2009年5月 5日 (火)

近代における自由と秩序の変遷⑪~ネオリベの進展と秩序の解体~

80年代に入り、資本主義の成熟はまずアメリカとイギリスの製造業を衰退させ、財政を圧迫したのであり、そのためレーガンとサッチャーが大きな政府による手厚い再配分主義からネオリベラリズムへと舵を切ったのであった。

■再配分主義からネオリベラリズムへ

いわゆる小さな政府を標榜し、再分配は圧縮して、可能な限り市場の競争に任せる。政府からの再配分は減少するが、その代わり市場から規制を撤廃し、誰もが市場に参加し、自己責任で富を追求できるというわけである。

日本は70年代から80年代にかけて製造業が絶好調であった。いわゆる「ジャパン・アズ・NO.1」の時代である。しかし、90年代になってバブルの崩壊とともにいわゆる「失われた10年」を迎える。そして、レーガン・サッチャーに遅れること20年、日本もネオリベラリズムの変革を行うことになる。小泉改革である。

こうした変化にはグローバル化も大きな要因となっている。そもそも、70年代から80年代にかけて、今日いうところのグローバル化はいまだ本格化していなかったが、それでもアメリカの製造業衰退は日本など後発国の追い上げが一因だったのである。

90年代に入るとグローバル化が本格化する。つまり、国民国家間の関係性という意味での国際化ではなく、国民国家間の境界の無意味化としてのグローバル化が始まる。要因は主には共産圏崩壊などによる低コスト労働力の大量の流入、インターネット商用化による情報のボーダレス化、それをもとにした地球規模の輸送網の発達、などだが、すでに書いたので再説はしない(「近代における自由と秩序の変遷⑧~グローバル化とローカリティの解体~」)。

■アメリカ中心のグローバル競争と小泉改革

この環境を巧みに利用したのが製造業衰退に見舞われたアメリカであったことは言うまでもない。IT・インターネットの覇権とそれを基盤とした金融経済システムの展開によって、市場をグローバル化し、世界中のマネーがアメリカに集まる仕組みにしたのである。また、製造などの労働集約的な分野は労働コストが低い新興国へ移転し、知的財に富の源泉を求めた。知的財と高度な消費をアメリカが担当し、生産はもっぱら新興国が担当するというグローバルな分担が成立したと言ってもいい。

90年代以降日本が苦境に立たされたのは、もちろんバブルの処理に手間取ったからだが、同時にアメリカがお膳立てしたこのグローバルな競争の波に飲み込まれたからでもある。1995年に経団連が「新時代の日本的経営」において労働者を3つのグループに分け、雇用柔軟型グループと称して、フリーターや派遣などの非正規雇用を明確に経済活動に位置づけたのも、労働分配率を徹底的に下げなければ新興国の労働コストに到底太刀打ちできないとの判断があったからだろう。金融も製造も激しいグローバル競争に巻き込まれざるを得なかったのである。

小泉改革が登場したのはこうした避けようのない流れがあったからで、小泉改革がこの流れを生み出したのではない。小泉政権は民営化などにより政府機能を縮小し、支出を減らし、規制を緩和して市場競争を活性化することを目指したのである。

こうして2000年紀に入って日本もネオリベラリズムの洗礼を受けることになる。もはや社民主義の時代がもっていた多少なりとも相互扶助的な共同体性は目に見えて衰退していった。

■ネオリベによる秩序の解体

ひとたび非正規雇用に陥れば、這い上がることは極めて難しい。政府支出の切り詰めのため、生活保護もままらない。医療費の削減により、入院患者が途中で追い出され、救急病棟に医師はおらずたらい回しで命を落とす。介護士には十分な給料が出ず、人手不足でまともな介護も受けられない。

他方、いっときIT長者とかヒルズ族などと言われ、億単位の収入を得た者もいる。そこまでいかなくとも、フリーターで年収100万円台の若者を尻目に、相変わらずベンツなどの高級車やその他高級ブランド品はよく売れている。追い出される入院患者がいる一方で、一泊何万円もする個室でゆとりの入院生活を送れる人たちもいる。順番待ちで特別老後老人ホームにも入れない多くの老人がいる一方、入居に何千万円も必要な高級老人ホームにキャッシュで入る老人もいる。

競争とはそういうものなのかもしれない。勝ち組みがいれば負け組もいる。競争社会である以上仕方がないと言う人もいよう。少なくともネオリベ信奉者からすればそういうことになろう。自由をとことん追求すれば、結果こうなるのかもしれない。

確かに、自由とはつまるところ欲望の追求である。それは無理もない。そもそも近代の発端にあったのは、利益を追求する自由であり、財をなすことができることの自由であったはずだからである。教会や貴族から不当に富を収奪されることなく、正当に利益を追求し富を得ることができる自由。それが近代を生み出してきた一つの原動力であったはずである。当時、欲望を追求することさえ許されなかった人々にとって、その自由な追求の保証は切実な願いであったであろう。

だが、近代初頭において十分に正当化され得た欲望追求の自由は、いまや共同体性の最終的な縮減の中で、巨大な矛盾を生み出している。共同体性という防御服をはぎとられていまや剥き出しとなった欲望。この剥き出しの欲望が世界中を駆け巡っている。

そこには、秩序というものが欠落しているのではないか? すべての人間が人間らしい生活を送ることができなければならないということを秩序の前提とするならば、そこにあるのはやはり秩序の解体であろう。アダム・スミスが説いた自由競争とはこうしたものではなかったはずである。道徳感情論で言われた共感は、こうした格差を許さないはずであろう。自由のあまり秩序が大きく後退しているのである。

では、その秩序はどのようにして担保されるのか? 従来、自由主義の行きすぎに対して秩序を重んじてきたのは保守主義のはずである。では、保守主義はどうなったのか? 次にそれについて見ていきたい。

2009年5月 4日 (月)

近代における自由と秩序の変遷⑩~再配分主義からネオリベへ~

ポストモダンとは近代の後ではない。近代の最終形である。そもそも近代は共同体性からの離脱を本質としていた。それが最終的に誰の目にも明らかになる時、それがポストモダンなのである。その意味では、近代は意外に長い間共同体性を維持し続けてきたとも言える。実際、保守主義は当然だが、リベラリズムも暗々裏に共同体性を前提にしていたと言ってもいいぐらいである。

■共同体性に依拠してきたリベラリズム

リベラリズムは、近代の申し子として、確かに共同体性からの離脱を本質としているはずであった。しかし、自由は単純に追求すれば秩序の後退につながる。自由の尊重は、他方で秩序が担保されない限り、「万人の万人に対する闘争状態」を招くだけであろう。では、何によって秩序が担保されるのか? リベラリズムは結局古い共同体性に依存することによってはじめて秩序を確保できたとも考えられるのである。

アダムスミスの道徳感情論は、一方で市場による自由競争を勧める彼が、他方で競争が暴走しないために設けた装置概念であったと言える。それは、「共感」という人と人との基本的結びつき、つまり共同性によって、「闘争」に歯止めをかけるという機能を持っていたのである。

実際、人と人との共同体的な結びつきは、ほしいままな自由の暴走に歯止めをかける。戦後の日本は復興と高度経済成長を通して、いわば国民が一丸となることができた。この時期はある意味では自由主義の時代であったと言っていいが、社会が好き勝手な方向に暴走しなかったのは、国民みんなが同じ方向へ向かって走ろうとする強い動機づけがあったからである。それは成長期の資本主義が生み出した疑似共同体であった。

しかし、疑似共同体であっても、人々は多くの場合互いに同じ価値観を持っていると信じることができたし、同じ船に乗っているという感覚を持つこともできた。同じ船に乗っている者同士なら助け合いもできたであろう。今から思えば、自由競争の中で傷つく者が出たとしても、まだ受け入れ、勇気づけ合う共同体が残っていたのである。

この時期のリベラリズムが社民主義と同義であったのも、これが理由である。つまり、再配分によって地方や社会的弱者に財を回していく仕組みがうまく機能したのも、共同体的なものが基盤として残存していたからとも思えるのである。

こうして自由なふるまいを奨励するリベラリズムも、各人の好き勝手に堕することなく、社会秩序を一定は担保できたわけである。

■再配分主義の限界

一見古き共同体性に反旗を翻すように見えるリベラリズムが、残存する共同体性に依拠して秩序を担保してきたというのは興味深い。しかし、70年代以降、共同体性が縮減していく過程で、このような再配分的なリベラリズムは衰退していくいことになる。代わって現れたのが、ネオリベラリズムである。

何が起こったのか? 共同体性縮減の要因についていろいろ書いたが(「近代における自由と秩序の変遷⑥~70年代以降の経済的変容~」)、端的に指摘しておくべきことは、資本主義の成熟である。これこそがリベラリズム(社民主義)を衰退させ、ネオリベラリズムを登場させた第一の要因であろう。

先進国は大筋70年代に資本主義の成熟期に入ったと言われる。つまり、市場が飽和状態となり、モノを作っても売れなくなり、経済成長が頭打ちとなって、お金が潤沢に回らなくなる状態になったのである。

社民主義は経済規模の拡大を前提にしていた。再配分は国がする。が、それをしようと思えば潤沢な財政が不可欠である。財政は主に税金によって賄われるが、経済成長が止まれば、当然税収も頭打ちとなる。しかし、再配分を続ける限り支出はとどまることがない。そこで財政がもたなくなる。とすれば、手厚い再配分をやめるしかなくなるのである。

この傾向は、先進国の中でも先発国、たとえばアメリカとイギリスでまず現れた。両国(特にアメリカ)は70年代すでに製造業において後発国(たとえば日本)に追い上げられ、80年代には競争に敗れて、経済的に停滞して行った。しかし、手厚い再配分はすぐには止められない。勢い国家財政は悪化して行く。そこで80年前後に現れたのが、レーガンとサッチャーである。

ここでとられる政策が一般にネオリベラリズムと呼ばれる。近代においてリベラリズムとともにリバタリアニズム(自由至上主義)と呼ばれる考え方が生まれたことはすでに述べたが、ネオリベラリズムはある意味でそれと近い方向性を持つ。少なくとも自由に対する制約を嫌う点では同一である。いわば、経済を支配するエスタブリッシュメントが自分たちの利益のためにリバタリアニズム思想を利用するとき、それがネオリベラリズムだと言っていいかもしれない。

次は、80年代以降のネオリベラリズムにいて見ていきたい。

2009年4月30日 (木)

近代における自由と秩序の変遷⑨~共同体性の衰退状況における政治体制~

70年代以降の社会と政治体制の根本的な変動は、結局のところ経済、文化、社会全般における共同体性の衰退と捉えることができた。しかし、そもそも共同体性の衰退とは近代そのものの本質である。近代それ自体が、前近代的な共同体性からの離脱として始まったのであった。では、なぜ今、あらためて共同体性の衰退を語らねばならないのか?

■近代の本質の最終的な顕在化としてのポストモダン

考えてみれば、近代の本質が共同体性からの離脱だとしても、それは根本的な潜在構造上の問題なのであって、直ちにそれが現実化するわけではない。実際、伝統的なものや継承されてきたものがそう簡単に消失するわけではない。フランス革命だけ取って見ても、王制復古があり、帝政への回帰があり、約80年の歳月をかけてようやく共和制が定着した。旧体制はそう簡単に死にはしない。

われわれは話を叙任権闘争から始めたが、そこから数えれば約900年。近代は行きつ戻りつ紆余曲折を経て進展してきたと言える。共同体性はその間盛り返し、反攻を試みつつも、次第に縮減してきたのである。そして、この70年代以降現在まで至る共同体性の目に見えた衰退は、いわばその最終局面と捉えることができるのではないか。近代という構造の奥底に潜んでいた本性がようやく誰の目にも明らかになってきたのではないか。

ニーチェが神の死と言ったとき、言うまでもなく、単にキリスト教の神の無効を宣言しただけではない。哲学の歴史が、そしてそれを背景としたヨーロッパの歴史そのものが持っていた、唯一の価値があるはずだ、絶対の真理があるはずだ、だらからみんな本来一枚岩のはずだという信念の虚妄を暴いたのである。それはおそらく近代の最終的な帰結であったのだ。

19世紀末においてさえニーチェのような鋭敏な感性を必要としたこうした認識は、いまやありふれたものとなっている。唯一の価値がない? 絶対の真理がない? 立ち位置によってみんな考えることが違う? そんなこと当たり前じゃないか。別に取り立てて言うほどのことでもない。ニーチェのような深みにまで到達することはできないとしても、その程度の認識はわれわれ庶民でさえ、誰でも持っている。

力への意志や永劫回帰について何も知らなくとも、みんな同じ価値を共有しているという感覚がどうしようもなく解体して行っていることは、誰もが感じ取っているであろう。いまや近代の隠れた本性は、そこまで露わになっているのである。いよいよ、近代はその本性をあからさまに示し始めた。われわれはそういう時代に生きている。ポストモダンとは「近代の後」ではない。近代が深く蔵していた「共同体性の消失」という本性がようやくにして明々白々になる近代の最終局面を指しているのである。

■近代の最終局面における政治体制

では、その近代の最終局面において、政治体制はどのように変貌するのであろうか。戦後、60年代までは戦後復興や物質的繁栄といった国家的目標を中心に疑似的共同体が残存していた。それゆえ、自由主義圏においては、国家の積極的関与によって再配分を行う社民主義的な意味での自由主義が主流となった。もちろん、保守主義は常に底流にあって、日本においては戦前的な価値としての保守主義が自民党の中に確実に流れ込んでいた。

そのため、自民党的な再配分主義は、古い共同体性の残る地方への利益誘導を中心に推進された。それに対して社会党的な再配分主義は、どちらかと言えば都市における疑似共同体的公平性を根拠に福祉政策的なものを中心に主張された。しかし、いずれにせよ、社会党と自民党が社民主義と保守主義を標榜しつつも、「大きな政府」による再配分主義という意味で共通していわゆる55年体制を維持してきた。そして、いずれも共同体的なものの残余に依拠しつつ、国民が一丸となって高度経済成長をひた走るという背景のもとで可能となったのである。

しかし、70年代以降、疑似共同体的な統合が衰退して行った。経済的にも、文化的にも、社会的にも共同体性は急速に失われていった。そこで自由主義も保守主義も大きく変容する。簡単にいえば、自由主義は新自由主義、すなわちネオリベにとって代わられる。保守主義は新保守主義、すなわちネオコンにとって代わられる。ここのところを次にもう少し踏み込んでみていきたい。

2009年4月28日 (火)

近代における自由と秩序の変遷⑧~グローバル化とローカリティの解体~

70年代以降の社会と政治体制の変動に関し、最後にグローバル化について考えてみよう。

■グローバル化による共同体性の解体

グローバル化とは言うまでもなく、人、もの、かね、情報が自由に国境を越え、移動する事態を指している。したがって、ここまで見てきた経済的な見地も文化的な見地もグローバル化と深くかかわる。経済のおけるニーズの多様化、生活への資本浸透、情報による現実形成、異質な人間同士の共存、理論化による自明性の消失など、何をとってもグローバル化と無縁なものなどない。むしろ、グローバル化は、70年代以降の共同体性解体の中心的な駆動装置であったし、その基本的枠組みであったと言えるであろう。

それだけに、それについてここで十分な議論を展開することはとても無理であり、おいおい考えていきたい。ただ、ひとつだけごく一般的な点だけを指摘するとするなら、グローバル化は本質的にローカルなもの、リージョナルなものを破壊する、ということである。そもそも本格的なグローバル化が始まる以前、国際的な貿易体制が基本であった時代(80年代ぐらいまで)においても、IMFなどを中心に行われた融資で、途上国は市場の自由化を迫られた。そこで、それまで自給自足的に生活してきた農村が換金作物を生産せざるを得なくなり、農村共同体が崩壊し、人々は都市難民となっていった。国際貿易の自由化は途上国の共同体性を解体してきたのである。

90年代以降、共産圏の世界市場参入による人件費レベルの急激な低下に伴い、生産拠点が新興国に移転し、世界的な輸送網の整備に伴い物の移動が効率化され、さらにインターネットの出現により情報、特に金融情報の伝達スピードの飛躍的向上により、マネーゲームが加速した。とりわけ重要なのは米英による金融経済システムの確立であり、これによって世界のマネーはアメリカに集まり、そこから世界に流れる仕組みができ、このお金の流れを基本として物と人が国境を越えて動くこととなった。本格的なグローバル化である。(この金融システムが今回の金融危機で大きく退潮すると考えられていることは周知のことであろう)。

これがローカルに与えた影響は大きかった。もともと日本は80年代の日米構造協議において地方が打撃を受ける構造ができたと言える。たとえば、アメリカの圧力により大店法が導入され、地方の商店街は軒並みシャッターが降りることとなり、地域経済は壊滅的状態になったのである。それは、本格的なグローバル化に伴い、さらに固定化される。

たとえば、よく言われることであるが、2002年以降の好景気においてグローバル企業とドメスティックな企業との間に大きな格差があった。グローバル企業は中国をはじめとするBRICs諸国の急成長に乗ってバブル期以上と言われる巨大な利益を上げた。しかし国内に地盤を置くドメスティックな企業はほとんどカヤの外で、むしろ相対的には収益をさげていったと言われる。グローバルに見たときに、急成長している国・地域と縮小に入っている国・地域がマダラ模様で、言うまでもなく、BRICs諸国が急成長で、日本国内は縮小である。急成長に参画できた企業は巨額な利益を得、縮小市場に固定化された企業は利益を下げる。あたりまえだ。

こうして、日本国内に基盤を置く企業は衰退傾向にあり、ひいては日本ローカルはグローバル化の波の中で取り残されていく傾向にある。地域の共同体は言うまでもなく経済的基盤がなければ回らない。一定の産業があり、雇用があり、生計が立てられてはじめて地域として生きることができる。その地盤が衰退していくとき、当然共同体も衰退せざるを得ない。その意味でもグローバル化は共同体性の衰退に対し大きな影響力を持っていると言えるのである。

さて、70年代以降に社会と政治体制にどのような変動が生じたかを、概略見てきた。では、この変動が実際に政治体制にどのような影響を与えたのか? 次にそれを考えよう。

2009年4月27日 (月)

近代における自由と秩序の変遷⑦~70年代以降の社会的・文化的変容~

70年代以降の社会と政治体制の変容に関し、次に文化的・社会的変化について見てみよう。この観点で重要なのは、社会の公共化と理論化である。

■共同体性から公共性へ

まず、公共化であるが、これは都市化と郊外化にかかわる。近代以前の共同体性の典型は村落共同体であるが、これは都市化によって解体する。村落共同体は同質の人々によって構成されるものである。何代にもわたって熟知の仲であり、同じ生活価値を共有し、同じ掟を守り、同じ世界を生きている。それが村落共同体である。

それに対し、近代都市においては、そうした無数の村落共同体から出てきた出自の異なる人々が共に生活しなければならなくなる。出自が異なれば価値観も違う。物の見方も違う。そもそも見知らぬ人間同士だ。互いに何を考えているかもわからない。こうした人間たちが同じ地域で暮らすことを余儀なくされる。そこで必要となるのは、価値共同的な掟ではなく、公共的ルールである。そのもとで様々な価値観の人々が共存することになる。都市においては、共同体性と共同価値が希薄になるのである。

こうした公共化は都市から始まるが、さらに郊外へと広がっていく。たとえばニュータウンである。ニュータウンでは自治会があり、一定の地域活動がおこなわれたりするが、あきらかに村落共同体の共同性とは異なる。村の寄り合いは慣習や言い伝えや伝統に従って決め事をするであろうが、ニュータウンの自治会は何ほどか民主的なルールに則って話し合いで物事を決める。ニュータウンにはさまざま異なる出自の人々が集まってきているがゆえに、そもそも共通の伝統も習慣もない。あるのは見知らぬ者同士が快適に暮らしていくための規則への志向だけである。そこに本来的な共同体性はない。

こうして郊外化が広がれば広がるほど、共同体的なものは解体して行く。もともと村落共同体であったところにも、新たに宅地ができ、元の住民と入り混じる。地の人たちにとって新興住宅街の人々は「よそ者」であるが、自治会などを通して交わらざるをえなくなり、結局、伝統や習慣の通用する領域は次第に縮減して行く。共同体性の希薄化は都市に始まり郊外へ向かって広がっていくこととなる。

■あらゆる領域への理論化の浸透

さて、文化面でもう一つ重要な観点は理論化である。マックス・ウエーバーの言うように、そもそも近代は脱呪術化を一つの本質としている。雷鳴はかみなりさまが雲の上で太鼓をたたいているから起こるという素朴な信念は、科学的な因果関係の解明によって、電気現象として理解される。超自然的な力によって引き起こされるさまざまな現象は、すべて自然内部の因果関係によって説明される。

自然現象だけではない。習俗や伝統的習慣も同様である。前近代的な村落共同体においては一定の年齢になれば結婚するのが当然であった。それは自明であって疑義の対象とは全くならなかった。結婚は共同体的な共通価値であって、個人に属するものではなかったからである。しかし、近代においてはこうした共通価値の希薄化、個人化とともに、結婚は疑義の対象となる。すなわち、「なぜ結婚しなければならないのか?」とその理由が問われるのである。各人が納得できる理由を見いだせてはじめて、結婚しようということになる。見出せなければ、結婚などしないということになる。結婚することの自明性は消失し、いちいち理由が必要となるのである。

これはさらに高度化される。たとえば子育ては、前近代においては共同体全体で行うもので、そのやり方は共同体内部で受け継がれ、疑問の余地がなかった。しかし、都市化や郊外化の状況においては核家族化が進み、そうした継承もなく、たとえば夜泣きへの対処一つとっても、母親はどうしていいか困ることになる。そこで母親教室に通い、マニュアル本を読み漁る。そこには夜泣きの原因が記され、それに基づく適切な対応方法が書かれている。実はその背後には幼児教育に関する医学的、心理学的、教育学的等々の膨大な理論があって、それが個々のノウハウを支えている。母親はようやく納得して対応を試みることになる。ここでも伝承の持つような疑いえない自明性は消失し、因果関係に基づく合理的方法が主となるのである。

こうした理論化は近代においてはありとあらゆる領野に及ぶことになる。恋愛にもマニュアルがあり、就職にも就職本があり、ビジネスにおいてはマーケティング理論や経営理論をはじめ、整理術や部下の叱り方に至るまで、因果関係分析とそれに基づくノウハウが行き渡っている。何をするにも理論があり、方法論がある。全く自明で、原因や理由を問う必要もないような共同体的伝統や伝承の地盤は、理論化とともに希薄化して行くのである。

され、次は、グローバル化について考えてみたい。

2009年4月26日 (日)

近代における自由と秩序の変遷⑥~70年代以降の経済的変容~

70年代以降生じた社会と政治体制のこの巨大な変化をとらえるには、おそらく3つぐらいの視点が必要であろう。一つは経済上の変化、2つ目は文化的・社会的変化、3つ目はそれらと不可分であるが、特にグローバル化。まず経済上の変化から見ていこう。

■大量生産から多品種少量生産へ

70年代以降経済的に生じたことのもっとも根本的な事態は、市場の飽和であり、大量生産型経済発展の限界化である。物は行き渡った。テレビも冷蔵庫も洗濯機も、もはや目新しい物はない。だから、それらを大量に生産しても、みな持っているのであまり売れない。かくて、資本主義に大きな変容が生じる。ひとつは、多様なニーズに応える多品種少量生産と商品の記号化。2つ目は物からサービスへのシフト。そして、それらに伴う情報化である。

どの家庭も冷蔵庫を持っているのに、同じような冷蔵庫を大量生産しても売れない。当たり前だ。そこでどうするか? まず、冷蔵庫といってもいろいろな用途が想定されるであろう。独身者、新婚家庭、育ち盛りの子供のいる家庭、大家族、みな必要とする冷蔵庫は違うであろう。それぞれのニーズに合わせて、最適な冷蔵庫を供給することで新たな需要を掘り起こせる。多品種少量生産である。

さらに、これまでないような冷蔵庫を作ることも考えられる。同じような冷蔵庫だから売れないのだ。新しい便利な機能を周期的に追加していくことで、人々は新しい機能を得るために冷蔵庫を買い替えるであろう。加えて言えば、機能でさえある必要はない。同じ冷蔵庫に森英恵の蝶々のデザインをつけるだけで差異化ができるのであり、それによって消費を喚起できるのである。単に物だけが商品価値を持つのではない。デザインやブランドが人々の購買の対象となるのである。

こうして人々の消費者としての欲求と意識は多様化し、分散化し、差異化する。それまで同じベクトル上で同じ物を欲していたのに、各人が自分だけの欲求に基づいて、あるいは特定の集団や世代の欲求に基づいて消費行動を行うようになる。こうして国民全体というレベルで共有されていたはずの方向性が解体して行くのである。

■モノからサービスへ

次に製造業からサービス業への資本の拡大が起こる。そもそも資本主義は生産、消費という順に資本化してきた。それまで職人が共同体的に生産に従事してきたところに、工場を建て、労働者を動員し、大量生産を行い、見知らぬ者同士で生産するようになった。次にそれまで近所の八百屋さんや肉屋さんで顔見知り同士懇意な関係の中で買い物していたところに、大資本がスーバーを展開し、人々は見知らぬ店員を相手に無言で買い物をするようになった。

そして、近年、相互扶助的な支え合いの最後の牙城とでも言うべき領域に資本が進出してきている。典型的なのが介護である。介護は良し悪しはともかく肉親間で行うのが当然とみなされてきた。しかし、いまやそれも介護サービスとして商品となり、値段がつき、売り買いされるようになったのである。良い悪いを言っているのではない。資本の必然的な拡大を言っているのである。

こうして人々が共同体的相互扶助によって行ってきたことが資本化され、希薄化していく。面識圏での親密な関係が、資本を介しての機能的な関係に変質していく。こうして共同体性が縮減していったのである。

■情報による社会と現実の構成

さらにこうした資本主義の変貌に伴って情報が中心的な役割を果たすようになる。国民が等しく豊かさを求めている時代には、ともかく何でもいいから冷蔵庫を作ってさえいれば売れた。疑似共同体性の中で、国民が同じ現実を共有していると信じられたから、現実は確かな基盤と捉えられたし、その認識も容易であった。しかし、そんな時代は終わった。

どの消費者がどんな冷蔵庫を必要としているかの情報がなければ、冷蔵庫一つ作ることができなくなったのである。ただプロダクトアウトで物を作っても、売れない。あくまで市場の実態を調査し、情報を通してマーケットの現実をつかむことが不可欠となる。言い換えれば、現実はもはや国民全体によって共有されている自明な基盤ではなく、情報によってその都度再構成されねばならないものへと変貌するのである。

古き共同体と物質的豊かさへの志向で支えられていた現実が、情報の流通によって形成されるようになる。マスコミが発達し、記号的なものやイメージがあふれ、その都度ブロードキャストされた情報が現実として立ち現れる。それが人々の欲望を喚起し、ニーズを生み出し、また新たな情報を生み出し、それが現実を構成する。さらにネットはブロードキャストとは逆に、局地的なネットワークを無数に形成し、そのそれぞれにおいて特有の現実を構成する。こうして、ブロードキャストとネットワークという2つのメディアによって、情報を核として社会と現実が成り立つようになるのである。

さて、次に文化的・社会的変化について見てみよう。

2009年4月25日 (土)

近代における自由と秩序の変遷⑤~戦後の疑似共同体による秩序~

社民主義と社会主義、戦後残ったのはこの2つの体制であった。いわゆる冷戦構造である。当時一般には自由主義圏と共産主義圏と言われた。しかし、注意しなければならないのは、自由主義圏といっても国家による一定の統制を前提としていたということである。20世紀は何と言っても国家が大きな力を持っていた。それは自由主義圏といえども例外ではない。

■戦後、共産圏への対抗と再配分主義

もともとリベラリズムはリバタリアニズム(自由至上主義)とは異なり、一定の秩序形成を重視する傾向にあった。それが世界恐慌をきっかけにいっそう強まり、国家による積極的な介入が不可欠とされた。この傾向は戦後も弱まることはなかった。

その理由は、一つには、やはり、共産圏に対する対抗という点があった。当時、ソ連を中心とした共産主義諸国は、西側諸国の左翼勢力からは不平等や貧困のない理想の国と考えられたいた。そのため対抗上、西側諸国も可能な限り不平等や貧困をなくして、自由主義が社会主義以上の政体であることを実証し続ける必要があった。西側の各国政府は市場に積極的に介入し、貧しい層や地方に富が行き渡るよう再配分をしたのである。「揺りかごから墓場まで」という福祉政策もこうした背景でなされた。こうして西側のリベラリズムは社民主義の形をとったのである。

日本の場合、当時自民党と社会党は一見対立した政策を主張していたように見えるが、再配分主義という意味では同類であった。自民党が地方への利益誘導で再配分をしたのに対し、社会党は庶民や貧困層への再配分を主張したという点が異なるだけで、政府主導の再配分を考えたという点では同じなのである。もちろん、自民党が一定の保守主義(戦前の保守主義は根強く残存していた)を背景として持っていたということは否定できないが、なにせ戦後焼け野原からの再出発だったのである。戦後民主主義という建前のもと、経済復興を最優先にする必要があり、国家による再配分は必須であった。

日本だけでなく、おおよそ60年代までは、先進各国は経済的な拡大が可能であった。戦後復興と飛躍的な経済成長を遂げた日本とドイツはもとより、その他の先進各国も経済的繁栄を加速したのである。背景には産業資本主義の最後の輝きとでも言うべき事態がある。テイラーシステムとフォーディズムによる大量生産効率化により出現した物質的な繁栄は最終局面に達していた。

たとえばアメリカは50年代にその繁栄を謳歌した。当時まだ貧しかった日本から見れば、それがどれだけ羨望の的であったかは想像に難くない。が、日本も東京オリンピックから大阪万博へ至る高度経済成長の中でその物質的豊かさにキャッチアップしていくことになる。

■資本主義的な疑似共同体による秩序

こうした大量生産型の産業構造においては、世界恐慌以来の国家主義は有効に働いた。戦後復興で護送船団方式が不可欠であった日本だけでなく、たとえばアメリカでも大きな政府こそが物質的な繁栄を達成するには有効だったのである。そのため、国家は一つの大きな疑似共同体となり得た。目標は一つである。日本やドイツでは戦後復興。その他の先進各国でも物質的繁栄。国民が多かれ少なかれ一つの方向性を共有することが可能であったのである。

同時に古き共同体性がまだまだ残っていたという面も指摘できよう。50年代のアメリカはいまだ公民権運動以前で、アングロサクソン主体の”古き良き”伝統をとどめていたであろうし、60年代の日本もいまだ相互扶助的な古き村落共同体的習慣を残していたであろう。こうした共同体性の残存を背景として、物質的繁栄という共通の目標へ向かって大量生産的な産業資本主義が駆動されたのである。

共産主義圏においては国家によって自由より秩序が重視されたのは言うまでもないが、自由主義圏においてもこうした共同体性によって秩序が担保されていた。言い換えれば共同価値が人々の間で共有されていた。共通した生活前提と同一ベクトルを持つ未来。さまざまな例外はあったとしても、今から見れば、大筋において秩序的に安定した時代であったと言えるであろう。

おそらく、長きに渡る近代化の過程の中で、この時代は最終局面前夜であった。わたしは叙任権闘争から始めて近代へ至る過程を見てきた。そして、それは共同体性からの離脱のプロセスであった。もちろん、前近代的な共同体性は、自由主義や保守主義や共同体主義などによって自覚的に取捨選択されたのであって、手つかずに残ったわけではない。しかし、それでも共同体的秩序は人々が意識しないところでその残余を保ってきたのである。だが、それも60年代までであったと言える。

70年代以降、共同体性からの離脱はいよいよその赤裸々な姿を露わにする。たとえ疑似的であったとしても命脈を保ってきた共同体性の希薄化のプロセスが加速するのである。近代の最終局面が始まるのはこのときからである。

わたしたちが今もその只中にいるこの巨大な変化は、おそらく3つの視点から見ることができる。次はそれについて見ていきたい。

2009年3月17日 (火)

近代における自由と秩序の変遷④~20世紀の国家主義~

近代の体制には、自由至上主義、自由主義、保守主義、共同体主義(アナーキズム)、社会主義があり、それぞれ、自由至上主義は17世紀、自由主義は18世紀、保守主義も18世紀、アナーキズムは19世紀、社会主義も19世紀という起源を持つのであった。(「近代における自由と秩序の変遷③~自由と秩序をめぐる5つの体制~」)。次のテーマは、これらが20世紀に入ってどのような変遷をたどっていくのかということである。

■近代の政治体制と国家

鈴木謙介氏によれば(「情報社会の倫理と民主主義の精神」)、20世紀において巨大な存在となるのが国家である。20世紀に入って帝国主義的な動きとあいまって、国家はそれまで以上に大きな存在感を持つようになる。

わたしなりに再整理をすれば、20世紀的国家と整合性をもっていたのは、自由主義と保守主義と社会主義である。自由至上主義はそもそも自由に対する統制を認めない以上、当初国家との整合性は低かった。また、アナーキズムは中間集団を中心に社会を構成することを信条としている以上、国家を容認するはずはなかった。20世紀になって国家との結びつきをもったのは、自由主義、保守主義、社会主義であった。

まず、社会主義(正確にはボルシェヴィキ)はそれ自体プロレタリアート独裁という形ですでに国家を志向していた。つまり、国家という形態をとらなければ、そもそも実体を持たないということになってしまうのであり、それゆえ国家という形態をとるのは必然であった。1917年レーニンによるロシア革命により社会主義国家が出現する。

次に自由主義と保守主義であるが、これについては、近代化先進国と後進国について確認しておく必要がある。後進国とあえて書いたが、これは現在の開発途上国のことではない。19世紀後半に遅れて近代化した国のことである。具体的にはドイツと日本である。

近代は国民国家の時代である。さまざまな部族や民族を「国民」として一つの国家に統合しなければならない。問題はこの統合をいかにして行なうかである。近代化先進国、すなわちイギリスやフランスは分厚い中産階級の台頭によって統合を実現していった。紆余曲折はあったものの、最終的には豊かな中産階級が国民国家の中核をなしていく。彼らの自由な経済活動と、それを維持する法的秩序こそが国民国家を形成したのである。その背景にあるのはリベラリズムと言える。

それに対し、近代化後進国、すなわちドイツや日本は、十分な中産階級が育っていなかった。したがって、彼らの経済活動とその秩序をもって国民国家を統合していくということがまったく望めなかった。そこで統合の要としたのが共同体的な共通価値だったのである。ドイツの場合はたとえば「ドイツ民族の崇高な精神」といったものであり、日本の場合は言うまでもなく天皇制である。

江戸末期の日本は、いわば諸藩の連合体であった。今で言えば都道府県単位で武装して対峙しているようなものである。一歩間違えば、泥沼の内戦状態になる可能性もあった。そこで持ち出されたのが天皇である。天皇を父とし、国民を子とする家父長制的な秩序を形成することにより、国民国家としての統合を生み出そうとしたのである。天皇が本来どのような存在であったにせよ、神武以来の皇統を日本固有の伝統と見なすことにより、国民の統合の源泉としたのである。

ドイツにしろ日本にしろ、国民国家形成の土台となったのは何らかの「伝統」である。その意味でその背景にあったのは一種の保守主義であったと言える。

こうして19世紀から20世紀にかけて、社会主義の国家、自由主義の国家、保守主義の国家が誕生する。だが、これらの国家が真に支配力を持つのは、何と言っても世界恐慌をきっかけにしてであったと言えるであろう。

■世界恐慌と国家主義

世界恐慌は、自由な経済活動がいかに大きな破綻をもたらすか、それゆえ、人為的な秩序構築がいかに不可欠かを露わにしたと言える。近代とは自由と秩序の相克なのであった(「近代における自由と秩序の変遷①~叙任権闘争からホッブスへ~」)。自由を絶対視する自由至上主義から秩序に大きく比重を置く保守主義までいくつかの立場があったが、世界恐慌ほど自由の欠陥と秩序の必要性をあからさまに示した事例はないであろう。この事態が自由主義と保守主義に決定的な作用を及ぼすのである。

保守主義の国家においては、世界恐慌はよりいっそう秩序の厳格化を加速した。経済の破綻を国家による統制と植民地獲得によって乗り越えようとしたのである。たとえば、ドイツにおいては1933年のナチスによる政権奪取に始まり、日本では1932年の満州建国、1933年の国際連盟脱退、1937年の日中戦争勃発と進展し、いずれも第二次大戦終結に至るまで続いたのである。厳密な定義は別として、一般にこうした極端な保守主義をファシズムまたは全体主義と呼ぶ。

自由主義の国家においても、世界恐慌は秩序重視の方向への動きを生み出した。典型的なのはアメリカのルーズベルトによるニューディール政策である。ケインズ経済学を背景に、市場の自由に単純にゆだねるのではなく、国家が積極的に介入し、公共投資を中心として市場にお金を注入しようとしたのである。国家が一定の統制の中で経済をコントロールして、必要なところにお金が回るようにすることによって経済的秩序、ひいては政治的秩序を生み出そうとした。こうした国家による再配分の体制を一般に社民主義と呼ぶ。

さて、こうして1945年の第二次世界大戦終結を迎える。それと共にファシズム国家は消滅する。残ったのは社民主義と、世界恐慌を厳格な計画経済とブロック化で乗り切った社会主義の2つの国家群であった。では、それらは戦後どのような変遷をたどったのであろうか?

2009年3月15日 (日)

近代における自由と秩序の変遷③~自由と秩序をめぐる5つの体制~

近代のもっとも基本的な枠組みは、自由と秩序である。古い共同体性から離脱し自由を原理的価値とすると同時に、古い共同体的価値の消失ゆえに新たな秩序の源泉が必要とされる。(「近代における自由と秩序の変遷②~共同体性から公共性へ~」)。自由と秩序の相克とバランス、それが近代のもっとも普遍的な課題である。

■自由と秩序をめぐる5つの体制

この点をもう少し具体化しよう。それに際し、鈴木謙介氏による社会思想史的区分を出発点にしたい。(「情報社会の倫理と民主主義の精神」)。それによれば、近代の体制として社会思想史的には、自由至上主義(リバタリアニズム)、自由主義(リベラリズム)、保守主義、共同体主義(アナーキズム)に分けられれる。これらは、近代という宗教的秩序源泉を前提できない状況において、いかにして秩序を生み出すのかという観点から説明できると思う。(以下、鈴木謙介氏の議論を参照しつつも、私見により議論を展開していることをお断りしておく)。

自由至上主義は、その名の通り自由に対しいかなる制約も加えるべきでないとする立場である。自由と秩序という枠組みで言えば、徹底的に自由の側に立つ。では、秩序はどうなるのか? 一言で言えば、みなが自由に振舞っても、自然に秩序は生まれていく、と考える。自由と秩序を相反するものとは捉えず、自由の徹底においてこそ、自然な秩序創出が可能と考えるのである。だから、事あらためて秩序を作るために自由を制約する必要はない。

それに対し自由主義は、自由を最大限重んじるが、それだけで秩序が完全に創出されるとは考えない。たとえば、アダム・スミスは、「国富論」において、市場の自由とそのメカニズム(神の見えざる手)を説いたが、同時に「感情道徳論」で人々の道徳的共感によって利己心が抑制されることが社会秩序の根幹であることも主張している。このように自由を可能な限り擁護しつつ、何らかの秩序創出の必要性をも語るのである。

保守主義は、そもそも自由主義が前提とする合理性自体を信頼しない立場である。人間の理性が見通せることなど高が知れている。これぞ合理的と称して実行に移しても、予測できないこと、予見できなかったことによって、事は思う通り行かないものである。結局、これまでずっと国家が受け継いできた実績ある伝統に基づくことこそが、最終的によい結果を生む。保守主義は自由よりも、歴史的に秩序を生み出してきた伝統に立脚するという意味で、秩序の側に立つと言える。

最後に共同体主義であるが、ここではアナーキズム、つまり中間集団主義を指す。たとえばプルードンは「所有とは盗みである」として共有の重要性を説き、人々の相互信頼に基づく小さなアソシエーションが連合して作り上げる中間集団に媒介された社会を構想する。これにより、無制限な自由が生み出す問題を中間集団のもつ抑止力によって統御できるわけである。その意味で、共同体主義は自由よりも秩序創出を重視すると言える。

さらにもうひとつ、同じく共有の思想に基づく体制として、社会主義がある。アナーキズムが中間集団によって共有と秩序を実現しようとしたのに対し、社会主義はプロレタリアートという階級をベースとし、国家(プロレタリアート独裁)によって共有と秩序を実現しようとしたと言えるであろう。国家が徹底的に社会を統制するという意味で、社会主義は秩序を重視する立場に立つ。

このように、自由至上主義以外は、何らかの形での秩序創出を構想するが、自由主義は各自の内発的な努力のうちに、保守主義は国家の伝統のうちに、共同体主義は中間集団の抑止力のうちに、社会主義は国家による政治・経済統制のうちに、それぞれ秩序の源泉を見るのである。

歴史的に見るならば、自由至上主義は(ロックにその源泉を求めるなら)17世紀、自由主義は18世紀、保守主義も18世紀、アナーキズムは19世紀、社会主義も19世紀という起源を持つ。では、これらは20世紀に入ってどのような変遷をたどっていくのであろうか。それが次のテーマとなる。

2009年3月 8日 (日)

近代における自由と秩序の変遷②~共同体性から公共性へ~

ホッブスの社会契約論の中に政治的近代の始まりをたどった(「近代における自由と秩序の変遷①~叙任権闘争からホッブスへ~」)。確かに、社会契約論は近代の基本的枠組みを示している。そこでその特徴についていま少し見ておきたい。

■共同体性からの離脱としての近代的な自由

近代における自由とはいかなるものであるのか? イメージとして思い浮かべるといいのは、商人資本主義であると思う。ヨーロッパでは12、3世紀ごろから商人資本主義が発達していったとはよく聞くことであるが、商人たちの活動にとって旧体制は大きな障害であった。旧体制とは教会と王侯貴族による国家・社会体制万般を指す。(ちなみに、後にフランス革命では前者が第一身分、後者が第二身分、そして商人たちは第三身分と呼ばれた)。

教会も王侯貴族もそれ自体が巨大な共同体であり、独自の価値観を持ち、固有の経済システムを有していた。たとえば、カトリック教会は、商業を物を右から左へ動かして利ザヤを稼ぐだけのものとして否定し、あくまで農耕を重視した。(ちなみに、プロテスタントは商人たちを積極的に支持した)。そのため、古い農耕中心の経済体制の中で、商業活動にはさまざまな制約があっただろうし、場合によっては教会や貴族による理不尽な収奪もあったと思われる。

そこで、商人たちは自由な商業活動を欲した。職業に対する価値観から通行権や租税に至るまで、古い体制が支配する教会と王侯貴族の共同体から解放され、利益と財産を追及するための基本的ルール以外には一切縛られることなく、自由に商業活動ができること。それこそが商人たちの願いであったと思われる。

社会契約論が前提とする自由とは、こうしたイメージで捉えられると思う。血縁・地縁による政治的・経済的縛りや特定の価値観を前提とする共同体的なものからの脱却すること、それが社会契約論的発想の根底には含まれていると考えられる。近代的自由の本質には共同体性からの離脱を含意しているのである。

■共同価値からの離脱と新たな秩序

共同体性においては特定の価値が支配している。教会だけでなく王侯貴族、村落に至るまで、独自の倫理観や人生観が支配的であった。そうした共同価値の下部には、それらの体制を支える政治的・経済的システムが動いており、その全体が共同体性を構成していた。そのため共同体性における秩序は共同価値を中心に担われており、それは基本的にいわば村的な掟によって統制されていた。それに違反するものは悪と見なされて、その存在を抹殺された。掟を破る者は共同価値を否定する者であるがゆえに、存在自体が悪であり、それを抹殺することは共同体にとって正当な権利と見なされた。(異端審問を想像すればいい)。

したがって、こうした共同体性から離脱することは、共同価値からの脱却を含んでいた。自由とは経済的価値を追求しつつ、いかなる制約も受けないことを意味している。(政治からの自由と政治への自由といった区別はここでは度外視しておく)。つまり、いかなる特定の共同価値も前提とされないし、またそれを強制されることもない。逆にどのような価値を信奉しようと互いに認められる。それゆえ、存在自体を悪と断ずるような掟も存在しない。

では、共同価値が前提とされないなら、秩序は何によって作り出されるのか。それは、自由を維持するための最低限の規則によってである。確かに共同価値も、そこから生まれる掟も存在しない。特定の共同価値を強いられることもない。各人はその意味で自由であり、思うままに経済的価値を追求することができる。しかし、そんなふうにすべての者が自己利益を追求したら、ホッブスの言う「万人の万人に対する闘争状態」が勃発するであろう。そうなれば自由自体が阻害されることになる。そこで自由を維持するために最低限守らねばならない規則が必要になる。掟は特定の価値ゆえに生まれるが、規則は特定の価値に縛られないがゆえに生まれる。この、規則によって統御される領域を、共同体性に対し、公共性と呼ぶ。

■共同体性から公共性へ、国家と社会の分離

ハンナ・アーレントは意見を異にする者の複数性のうちに公共性の本質を見ているが、それはまさに、いかなる特定の価値をも強要されず、異なる価値観(パースベクティブ)をもつ者たちの出会いと相互性によってのみ維持される空間なのである。公共性とはこうした自由の空間であり、そのような自由を維持するために全力が尽くされるべき場なのである。

価値観を同じくする者がその掟を守ることではなくて、むしろ、価値観を異にする者が共存するために最低限のルールを守ること。それが公共性であると思う。近代とは共同体性から脱却し、公共性に向かうプロセスであると言えるだろう。

それからもうひとつ。こうした近代的枠組みの中で初めて国家と社会の区別が生じる。近代以前においては、国家と社会は未分化であった。共同価値がそのまま国家の秩序の源泉となると同時に、社会の規範ともなったがゆえに、価値共同体がそのまま社会でもあり、国家でもあったのである。しかし、近代においては、共同価値からの離脱のゆえに、人々の自由な振る舞いの領域と規則による秩序形成の領域は区別されることになる。前者が市民の領域すなわち社会であり、後者は統治権力の領域すなわち国家である。こうして近代になって初めて、社会というものが国家とは区別されて独自のものとして成立してくるのである。

以上、社会契約論が持つ含意を取り出したつもりである。もちろん、特定の社会契約論を前提としたわけではないし、また、時代区分もバラバラなものを一つにして論じた感もある。ただ、現代の政治状況を理解するための基本的な枠組みを確認したかっただけである。次のエントリーでさらに踏み込んでみたい。

2009年3月 6日 (金)

近代における自由と秩序の変遷①~叙任権闘争からホッブスへ~

いま政治に必要なのは、国民を心底納得させられるような論理性である(「政治に必要な国民を納得させられる論理性」)。そこで一度、近代における政治体制の変遷をごく概略でもたどってみたいと思う。

■俗なる世界の誕生

ホッブスあたりから話を始めよう。有名な「万人に対する万人の闘争状態」は、やはり近代のもっとも基本的事態を言い当てていると思う。その背景にはたぶん叙任権闘争以来の流れがある。修道院長や司教の任命権をめぐる教皇と皇帝との争いである。カノッサの屈辱が有名であるが、最終的には1122年、ヴォルムス協定で決着を見る。これによって、それまで未分化だった聖なる世界と俗なる世界が分かたれ、前者の権利を教皇が、後者の権利を皇帝がもつこととなった。

これがなぜ「闘争状態」という思想の背景となったのか? それは俗なる世界というものが聖なる世界から原則的に切り離された形ではじめて誕生したからである。両者が未分化の間は、多かれ少なかれ宗教的権威が秩序の源泉となり得た。現実の秩序がどうであれ、最終的には教皇の権威、神の権威が秩序の根源として機能し得た。人々はこの世界に秩序があることを自明な前提とすることができた。

しかし、俗なる世界は、その教皇の権威、神の権威から原理的に切り離される形で誕生したのである。聖なる世界とは別ものとして生まれた以上、俗なる世界に宗教的権威は不在である。ならば、それまで自明であった秩序の源泉も不在である。原理的に言って、俗なる世界に秩序を保証してくれるものは何もない。

■自由と秩序

とすれば、どなるのか? 19世紀になってドストエフスキーが言ったように「神がいなければ、すべては許される」。それがキリスト教的思考の基本的枠組みである。それゆえ、俗なる世界に神的権威が不在ならば、「すべては許される」ことになる。それが、「万人に対する万人の闘争状態」という思想の背景と思われるのである。

聖なるものを当てにできなくなったヨーロッパ社会にとって、「万人に対する万人の闘争状態」という根源的無秩序にいかに対処していくかが、もっとも根本的問題として浮かび上がってきたのである。秩序はまったく自明ではない。放っておけば秩序は解体する。常に秩序を生み出すことに腐心しなければならない。それが、近代の一方の中心課題となる。

しかし、ホッブスを考えるとき、もう一方の課題も見落としてはならないだろう。神的権威の不在は同時に人間を拘束するものの消失をも意味する。神的権威は秩序の源泉であると同時に、人間を捕らえる呪縛でもある。それが消えるのである。「すべてが許される」とは、すなわち、何をするのも自由だ、ということだ。何をしてもいいのである。各人は自由である。ここに近代のもっとも基本的価値がある。自由を尊重し、自由を追い求めること、これが近代のもう一方の中心課題となる。

■自由と秩序のダイナミズムと社会契約論

こうして自由と秩序こそが近代のもっとも基本的な課題となる。この二つこそが、近代の政治体制を動かしていく基本的枠組みとなる。現代に至るまで、近代の政治の動きは自由と秩序のダイナミズムという視点で見ることができると思う。

実際、自由と秩序は相反するベクトルを持つ。近代人は自由を求める。しかし、そうであるからこそ、秩序は常に解体の危険に曝されている。が、だからと言って秩序を強めれば自由が死滅する。この自由と秩序をめぐる相克的運動こそが近代を形成してきたと言っていいのではないかと思う。

自由が自由であるためには、逆説的に秩序を必要とする。自由にとって秩序は常に危険なのものであるが、それでも自由を守るためには秩序は不可欠である。逆に自由に対する過度の抑圧は秩序の崩壊を孕むゆえに、秩序が秩序であるためには、一定の自由を保持しなければならない。秩序にとって自由は常に危険なものであるが、自由を無にするわけにはいかない。こうして、自由と秩序のバランスこそが近代の決定的な課題なのである。

社会契約論は、まさにこの自由と秩序のバランスを得んとする、近代のもっとも原型となる思考的枠組みと言っていい。それゆえ、社会契約論は近代の政治体制についての基本思想なのである。

ホッブスは、「万人に対する万人の闘争状態」を前にして、秩序を生み出すために統治権力への権力委託を語る。市民と統治権力との契約である。こうして、政治における近代的思考が始まったのである。

では、それはそのあとどのように展開していくのか?

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